第10話「やってみましょう!」
(3)
「天野独裁官に長谷部独裁官、思想もやり方も違いますが! 美しい未来のために努力しているということです!」
「はあ……」
「気の無い返事ですね! 宜しくお願い致しますよ平良さん!」
気の無い相槌を打つ良平に対して、三町はいつもの快活さを取り戻していた。
いや、明るい部分が「表」であるとは限らない。
歯切れ悪く冷たい、そちらこそが三町の正体である可能性もあるのだが、今の良平が考えていたのは……。
「いや、とても素敵なひとですね、長谷部さん」
「むむ? 色恋系ですか?」
「いえ、そういう訳じゃ……。なんというか……」
茶化されたことを真に受けて少し頬を赤らめながら、良平は続ける。
「僕と少し、考えが似ている気がしたんです。悪いことをするひとに必ずしも悪意がある訳ではない……そんな感じ、です」
「…………へぇ」
間を空けた三町の声音は、また一転して冷たいものに戻った。
眼鏡の奥、大きな瞳は細められて、良平の心中を見透かして嘲っているようでもある。
「それなら、平良独裁官。平良四等独裁官」
三町は良平を初めて役職で呼んだ。四等独裁官、独裁官の中でもっとも低い位を口にして、話を続ける。
「『砂獏』はご存知ですか?」
「テイパーズ……? 時々、ニュースで見ますけど……」
「そう、その『砂獏』です。捕まえても捕まえても現れる、ゴキブリのような連中です。奴らの目的はご存知ですか?」
「いえ……すみません、不勉強で」
はあっ、と三町はひとつ溜息を吐いた。
「『砂獏』。『罪を犯した全ての人間は更正できる』、そう唱える組織です。反して私達、独裁官の信条は『悪はすべからく封じ込めるべし』。お分かりいただけますか?」
「……まったく、逆ですね」
「そう!」
三町は人差し指を立てて、歌うように言葉を紡ぐ。
「故に、我々は『砂獏』を敵と見なします! 多様性を誇る、美しい未来の為に!」
「…………矛盾してませんか?」
間を空けて、おそるおそる良平は訊ねた。
「多様であることを認めるなら、『砂獏』の主張を否定するわけにはいかないような……」
「ふふん、それにははっきりとした答がございます!」
おお、と良平は声を上げた。自信に満ちた三町の表情に、思わず見とれてしまうほどだった。
喉をごくり、と鳴らして良平は三町の発言を待つ。
「気に入らないからです!」
「…………」
「気に入らないんですよどうにもこうにも! あいつらの言うことを鵜呑みにしたら私達は職を失いますよ! 我々は正義! 我々の邪魔をする者は悪!」
「はあ……」
「というのは、まあ、本音ですね」
でも建前もありますよもちろん──薄く微笑んで、三町は『砂獏』を敵と見なす「建前」について語り始めた。
「『切符』によって加害を見抜き、ユマホを遣って裁く。それが私達、独裁官の使命です。しかし『砂獏』、彼等は幾度となく我々の独裁を阻害してきました」
「阻害……? 邪魔されたんですか?」
「ええ。独裁官への糾弾や嫌がらせのみならず……ここ、超等裁判所に侵入されたことさえあります」
「ええっ!?」
「まあ、すぐに捕らえましたけどね。本当に、害虫のように湧いてくる連中です」
「……彼らの言い分に、正当性は無いんですか?」
全ての人間は更正できる、という考えが間違っているとは良平には思えなかった。
率直な良平の問いに、しかし三町は動じなかった。
「個人的にはアリです。しかし、『国家』がそれを認めません」
「『国家』……」
「そもそも、多様性云々とか被害者支援特例がどーのとか、そういったものは全て『国家』が決めたことですからね。我々はそれに従いつつ、その中でどうやって自らの意思を発するか……昭和、平成、天花と時代が進んでいる中での、それが我々『国民』の責務です」
捲し立てるように話されて、良平は応じる術を失った。
ただ、『砂獏』の主張を三町が否定しなかったことは記憶しておくべきだと思った。
「まあ、平良さん、あまり急ぐことはありませんよ。天野独裁官についても、長谷部独裁官についても。先は長いんですから」
一転して宥めるような三町の言い方に、良平はどうしていいのか分からなかった。
(この人は、何を言っているんだ……?)
そんな良平の心中を見透かしたように、三町は一度大きく息を吐いた。
「ああ、そう、そうですね……。よし! こうしましょう!」
急に何かを思い付いて大声を出した三町に、良平はびくっと身体を震わせた。
丸渕眼鏡の奥、大きな瞳を見開いた三町は薄く笑みを浮かべていて、良平にはそれがとても気持ちの悪いものに思えた。
「今日この日! この超裁にお越しいただいて二つの独裁をご覧いただきました! 良かった良かった本当に良かった! では平良さん!」
「……なんでしょうか?」
不安げに応える良平に、三町は明るい声音で、
「早速ですが! やってみましょう! 『はじめての独裁』を!」
(2)
原告は柳美園、被告は畦田安吾という名前だった。
「第五法廷」のプレートが掲げられた室内は、それまでに見た二つの部屋をまるまるコピーしたかのようだ。
二つの質素な椅子とひとつの豪奢な椅子が正三角形の頂点を示すように並んでいる。
ただ、出入り口の正面奥にある豪奢な椅子は、質素な二脚よりも一段高いところに置かれている。
その椅子こそが、良平たち独裁官に与えられた裁きの席だ。
「何かあれば指示は出しますから、安心してくださいね!」
良平の鼓膜に、三町の声が響く。
イヤホンを着けているわけではなく、どうやらこれも三町のユマホ──ジェイの能力のようだった。
扉の前で待機している三町に手で示されて、良平は緊張を隠せない表情のまま席に着く。
原告と被告は既に着席していた。
綺麗な姿勢で座っている原告──柳に対して、被告である畦田は脚を大きく開き、良平を半ば睨むような視線を送っている。
「『開廷します!』」
耳元で鳴る三町の声を、良平はそのまま口にする。
「か、開廷します……!」
良平の言葉に、畦田の動じる様子は無かった。柳は脚の上に揃えた手をきゅっと軽く握る。
しかし、そんな二人の様子を感じ取れるほどの余裕は良平には無かった。
「うーん、もう少し元気な方が良いですよ! まあ、いいでしょう。それじゃあ、ユマホを出してください」
(ユマホ、ユマホ……)
耳元で鳴る三町の指示に応えて、良平は左胸を二回タップする。
「はい~。ご入り用です~?」
間の抜けた声と共にノコは現れた。
それでも良平の緊張は解ける様子が無いが、
「んん? あ~、独裁ですね~」
得心したようで、ノコは首肯するように身体を縦に揺らした。
「ええと……」
何をすれば良いのか、良平は扉の前の三町に視線を送る。
見学した裁判のことなど、焦燥感でとっくに吹き飛んでいた。
「はあ……宜しい。私の言うことを復唱して下さい」
呆れたような溜息の後、三町はそう指示を出す。
(迷惑を掛けてばっかりだ……)
良平はそう思いながら、更に鼓膜に意識を寄せた。
(独裁……。初めてだけれど、他人の人生を左右する重要なことだ。ちゃんとしなくちゃ……!)
「いきますよ……。『ノコ、柳美園と畦田安吾の事案について説明して!』」
「……ノコ、柳美園と畦田安吾の事案について説明して」
「……了解です~」
ノコに問い掛けた良平の声は、スピーカーから発せられたかのように法廷内に響いた。
名を呼ばれた原告と被告も、良平と同じようにノコの言葉を待つ。
「被告、畦田安吾は原告である柳美園に対し金銭の授受を巡る恐喝を働いた。柳が勤務する飲食店内での事案だ。更にその店舗内での器物損壊、原告に対する暴行──」
立て板に水、といった感じでノコは言葉を並べる。
現れた時のゆるい感じとは真逆で、機械そのものの冷たさのようだと良平は思った。
「──拠って、被告を懲役七年とする」
七年、という言葉の重みに良平は息を呑んだ。
(七年……!? 入学した子供が小等部にいる期間よりも長いじゃないか……!)
良平がちら、と畦田に目を遣る。だらしない姿勢で不愉快な瞳を向けていた。
「……減刑? とかする余地は、無いの?」
おそるおそる訊ねる良平にノコは、
「無い。原告と被告は高等部時代に知り合い、互いに友人として過ごしていた。『友人』である、という事実があるが故に『恐喝』という罪で済んでいる。無関係な人間を傷付けていたならば、罪はより重く、罰もより重くなる。尚──」
つらつらと言葉を連ねるノコは、愛らしい間抜けなツチノコの姿はそのままに、冷たい台詞を吐き続ける。
「原告に改めるべき箇所はない。被告からの頼まれ事をたまたま断ったが故に発生した事案である。知人からの依頼を引き受けるかどうかを議論する必要は我々には無い。如何なる理由であれ、他者の身体や物品を欠損させることは『罪』である」
「…………」
ノコの「罪」という言葉に良平は震えた。しかし、その理由は自分では分からなかった。
(どこかで、誰かに言われたような……)
軽い頭痛を覚えて、良平は頭を押さえる。
「拠って、被告を懲役七年とする」
「っざけんなよオラぁ!!」
改めて懲役年数を唱えたノコに怒鳴り返したのは被告、畦田安吾だった。




