一寸法師
蚊取り線香でも出すかな
「一寸法師」
目が覚めた。
俺が夜半に起きるのは珍しい。
暗闇に包まれた室内を何かが動く気配がしている。
それにしても左足が痒い。先程からヒリヒリしている。原因を探し目を足に転じた時、暗順応した眼球にそれが映った。
最初は鼠かと思ったそれは、奇妙な姿をしていた。握り拳二つ分程の体に不釣合いな巨大な頭部、全身は濃い体毛で覆われている。生理的な嫌悪感。何よりおぞましかったのはその顔面である。丸々と膨れ上がった顔面は中年男性のものであった。
それは喜々として動き回っていた。観察を続けているとおもむろに杭のような物を俺の足に打ちつけた。不思議と痛みはないが痒みが増した。やがて少し血がたれてくるとストローと思しき用途の筒を持ち上げ血を吸い始める。
左足をよく見ると、今できたのと同様の小さい穴が幾つか開いていた。このふざけた吸血行為が俺の睡眠を妨げたことは間違いないようだ。
十二分に堪能したのだろう、そいつは栗鼠なんかのように頬をぱんぱんに膨らませてご満悦の様子だ。
その唇からつと血が垂れた。
(ふざけるなよ)
嫌悪が全身から湧き出る。
(その血は)
小指、薬指、中指、人差し指、そして親指の順に指を折り曲げ拳を形作る。
(俺の血だ)
気付かれないように慎重に腕を引く。
(一滴だって)
赤黒く充血したその顔が不快だ。
(やるものか)
振り下ろす。
完璧に仕留められると思った。完全に入ると。だがそれは素早い動きで寸前に振り向いた。
インパクトがずらされる。頭部を打ち抜くと思った打撃は頬を掠めるに終わる。だが小動物程度の大きさしかないそれにはある程度は効いたらしい。口中に溜めた血液を噴出しながら転がっていった。そのまま乱雑に置かれた荷物の陰に隠れこみ、その姿は見えなくなる。あの素早さでああも散らかった場所に逃げられては捕まえようがない。
(詰まれたな)
布団を掛け直し寝ることにする。今のはきっと夢だ。寝る前にアルコールを取りすぎたせいで変わった夢をみたのだ。それでいい。俺はそれでいい。そうやって自分を納得させる。
「おやすみなさい」
小さく呟くと睡魔が襲って来た。
[完]
こんな風に適当な話する人がいるから都市伝説が流行るんですよ。