第3話 その1
「休暇を与えようと思う」
「はぁ」
所属してもう二週間になる部署の局長、河清志郎さんは急に僕を呼び出したと思うとそんなことを言い出した。
「何ぜ急に?」
「いやなに、君はあの日から入院という設定があるせいで家に帰っていないだろう?」
「この2週間ずっとスペック測定や体術の訓練」
「情報共有や彼女の持っていたルールブックの確認」
「君の体の解析や新兵器の適性訓練などなど」
「こちらの事情で忙しく外にすら出れてないね?」
「契約書にて自由を保証すると書いたのにこれではまるで契約を意図せず破っているのでは?と、昨日ふと思ってしまってな」
「そして何より……」
彼は僕の横で光を反射する鏡を指差す。
「その格好はよろしくない」
「……そうですか?」
僕は姿見を向く。
研究所入室用の剥けない白いズボンと肌の上からそのまま着ている白衣。
ずぼらではあるがやせた僕では色気も変態感も無い……と、僕は思うけれど。
「君、ずっとその格好と初日の服を循環してるね?」
「はい」
ここにはまだ洗濯機が納入されていない。
なので洗濯物は全て自分達の手洗いだ。
もちろん乾燥機なんて物は無いので、
着てた制服と支給された2セットの内の片方をずっとローテーションで使っていた。
おかげで僕のYシャツはもうよれよれだ。
おかげでこの間アルにだらしないと怒られたし……
なるほどそういうことか。
研究者って身なりとか気にしないイメージが有ったがそうでもないらしい。
この人自身もピシッとした服に白衣を纏い、
その長くて白い髭と髪は綺麗にまとめられている。
杖をつきながらもピシッとした背中は年齢不詳を生み出す要因だろう。
「今日の内にいろいろ買い揃えてきなさい」
「服、シャンプー、しっかりとした歯磨き粉」
「あと、暇つぶしになる本とかもな」
「はぁ、了解しました」
「料金はこのカードで支払ってくれ経費で落とす」
「まあ、今や240万を持つ君には不要かもしれんが」
「……怖くて使えませんよあんなの」
この間正式にこの局の契約書にサインし、
みごと局員の仲間入りをした。
その役職は特殊生物対応特務隊員(仮)らしい、
無論、研究員と言えど会社員なのでしっかりとお給料は出る。
他研究員とほぼ同額の時給2100円残業代無し
(そもそもエブリディほぼ全員がここに留まっているので残業という概念が無く常に時給で上乗せされる)
さらに特務隊員としての危険手当、
そして怪物討伐ごとの特別給与……
なお、特務隊員になってからはまだ怪物と戦っていないので危険手当は無いし。
新入局員なので給料は来月からだ。
しかし、僕のために作られた口座にはすでに高額のお金が振り込まれている。
「正当な報酬だよ、倒しさえすれば民間人だって貰えるお金だ」
「……まあ、その場合は口止め料になるが」
はははと笑う彼の声に僕は苦笑いする。
「あの、私もこの街を見て回りたいんですが」
隣にいたアルが手を挙げ発言する。
「かまわんよ、君も……ああ、君は服がいらないのか」
「でもまあ、本でも買うといい」
「はい!」
「ああそれと小木」
「念のためだ彼らについて行ってくれ」
「……了解」
入り口のソファに座る2人の内片方に
「そして神座市、その他はいつでも出動できるようにしておくようにしておいてくれ」
「了解しました」
もう一方、神座市さんも頭を下げる。
「というわけで安心して行ってきたまえ」
笑顔で彼は僕らに言った。
「というわけでやってきました第7区!」
本部目の前から乗った電車を降りた瞬間、
アルは心の底から嬉しそうにそう言った。
「何区に何があるか覚えたの?」
「もちろん!」
「立法、司法、行政、三権の1区」
「いまいち境目のわからない2区3区」
「生活の4~9区」
「生産の10~11地区」
「無法の12区」
「監獄の13区」
「貿易の第14区」
「生成の第15区」
「これで全部ですね」
「よく覚えれたね……僕は今だに曖昧だよ」
「ふふ、覚えるのは得意なので!」
今日のアルは明らかにテンションが高い。
暇さえあれば本や資料を読みあさる彼女だ、
知らない街は知識欲が大いに刺激されるのだろう。
「おい、さっさと行くぞ」
「そんなに急がなくても……」
「……本気で言ってるのか?」
「下手したらここが地獄になるぞ?」
正児さんは人ごみを見ながら呟くように言った……が、急に首を左右に振り、
「……いや、すまん」
「別にこの買い物に反対ではないんだ」
「お前はあくまで一般人、しかも学生だ」
「休日の息抜きとかしないとな」
「今日まで何だかんだで息も詰まってただろうし」
「ああ、俺も息抜きした方がいいなこれは」
「本郷、アルドナープ、ゲーセン付き合ってくれ」
僕とアルは顔を見合わせ……
「「もちろんです」」
2人して頷いた。
「じゃあ行こうか」
「まってください早太」
僕が歩き出そうとするとアルがそれを止める。
「人は右側と書いてありました、そっちは左です」
「モールが左なんだよ」
僕がいうと彼女は腕で×を作り首を振る。
「ルールや約束は守るために有るんです」
「守らないといつか後悔することになりますよ!」
えらく真剣な顔で彼女は言った。
「…‥真面目だな」
「まあ良いじゃないですか別に」
「………あ、そうそう向かいのお店にも寄って良いですか?」
「ん?」
「かまわないぞ、あそこから渡り廊下で移動できるからな」
僕らは縦に並んで歩き出す。
「そもそも、実際怪物が現れる可能性ってどんぐらいだ?」
ふと思い出したように正児さんはアルに問いかける。
「というと?」
「いや一定周期で数枚ずつ一定範囲内にランダムで配置されるんだろ?」
「ええそうですね」
「今までに周期ってどんくらいだったんだ」
「え〜っと、そうですね……」
「早くて3週間……遅くて2、3ヶ月とかですかね?」
「一回に何枚ぐらいだ?」
「3枚もしくは4枚ですね、たぶんですけど」
「じゃあ残ってても1枚か?」
「さあ……どうでしょう」
「私が何周期目で分配されたのかもよくわからないですし……」
「一応ルールブックで脱落した怪物の数は分かりますけど……」
「まだ2体だもんな」
「……ん?でもさあいつらって他のプレートのエネルギーを感知してそれを狩ろうと行動するんじゃないの?」
「じゃあ脱落者が僕の倒したの以外にいないのは何でだ?」
僕は思い浮かんだ疑問を問う。
「私達の保有しているエネルギーにも限度が有りますからね」
「エネルギー節約のためにむやみやたらに能力を使わず」
「近くでエネルギーを感知するまでは仮眠みたいな状態で隠れているはずです」
「ふ〜ん」
「ん?」
「僕たちはこう出歩いてるけど大丈夫なの?」
「それにさ全員生まれた場所に留まってるなら怪物同士の遭遇できないじゃん」
「えっと、まず前者はたぶん大丈夫と思います」
「この体が維持できてる限りはあなたは自由に戦えるだけのエネルギーが有ると思って大丈夫かと」
「この体はどうやらエネルギーの塊みたいな物のようなので」
くるっとその場でターンしながら彼女は答えてくれる。
「二つ目ですけど……」
「それが私達が何百も戦うことになった原因ですね」
「狩人役ができるまでは本当に遭遇がなくって時間切れとか多かったんですよね」
「ふーん」
「何百って、お前達っていったい何年前からこんなことしてんだ?」
先頭を進む正児さんは立ち止まることなく尋ねる。
「う〜ん、人間が3回生まれ直すぐらい前からですかね」
……それはいったいどういう意味なんだろう?
転生的な?それとも……
「30年周期ってなると少なくとも300年以上前か……」
「いいえ?」
「こないだも言いましたけどこんな短い間隔で起こることなんて本来ありませんよ?」
「空っぽになったエネルギーをチャージしないといけないので」
「それこそ百とかそこらの間がありますから」
「気が遠くなりそうだな……」
やっぱり人類史的なのが3周なのか……
どうりでいろいろ大切なことも忘れているわけか、
さすがに僕も万年億年大事なことでも覚えてられる自信は無いな……
いやでもなんで戦ってるかぐらい覚えてても良いと思うけど。
「ついたぞ」
「おお〜、おっきいですねぇ」
見上げながら彼女は言った。
「中央総本部の方がはるかに高いだろ」
「ああ、そういえばそうでしたねぇ〜」
「で、こっちに何の用があるんだ?」
「まあそれはおいおい」
「とりあえず入りましょうよ」
最後尾だった僕は彼らを置いてくようにセレブ御用達の通称高級棟に入っていった。




