5. ミル姉のこと
「ミル姉はかわいいんだからさ。他の奴らに見せる訳にはいかないさ」
ミル姉が挨拶をしたがっているのがわかる。
彼女の鼻に自分の鼻を近づけると、ぺろりと舐めてくれた。
満足そうに僕は笑う。
「そうだよ。今日も家にいてね。僕と一緒に外に出たいと言ってはダメだよ」
「何言ってんのよ。まったく! ラブシーンじゃないんだからさ」
鞄で頭を叩かれて、我に返る。
「こんなにかわいい子は他にいないよ。野良で歩いていたら大変なことになるよ!」
「そう思っているのは飼い主だけよ」
そうだよと言うようにミル姉は「にゃお」と短く鳴いた。
箱入り娘ならぬ、箱入り猫の彼女は、外に出歩くのはもってのほかということで、玄関までしか許されていない。
「美成姉、知ってる? 僕が出て行った後にミル姉は耳を澄ませて、ずっと玄関に座っているらしいよ。耳をぴくぴくさせながら、ずっと玄関でこの間は僕が帰ってくるのを待っていたという話を聞いちゃったら、出られないじゃないか」
「いいから出ろ。遅刻するだろ」
無理やり蹴りだされて、玄関から転げるようにして出た。
玄関の扉が閉まるまでの間、ミル姉の耳はイカ耳になっていた。
猫がイカ耳になるのは、不安があったり、かまってほしいときだと知っているだけに後ろ髪を引かれる思いで毎日学校へ行く。
ミル姉は、なぜお姉ちゃんという呼び名なのかというと、彼女は僕と美成姉を守ってあげなくてはいけないと判断しているらしいということがわかった。父がパーカーのフードを被って不審者になった状態でお風呂から出てきたときに低く鋭く威嚇のような声をあげた。
父を必要以上に追いかけまわした。
慌ててフードを脱いだが信じてもらえなくて、しばらく追いかけまわされた。
ミル姉はマンチカンで短足の手足が非常にかわいらしいが、勇敢でもあるということがこれで証明された。
守ってあげなくてはいけない存在が近くにいるときは、小さくても精一杯のことをしてくれようとしてくれる。
「僕はミルを守ってあげたいんだ」
「うちの家族はみんなそうだろ。冬に父という侵入者から守ってくれたからさ」
まだみんなの記憶に新しい。この家族を最大限に僕は守っていきたい。
父も母も。姉もどんなにぐうたらしていても家族だ。
ミル姉に限っては昼間全部お昼寝していたとしてもぐうたらしていてもそれは彼女のお仕事だ。かわいさという癒しを振りまくだけで、家族はみんな疲れが取れる。
生まれてきてくれてありがとうと帰ってきたら言おう。
そう思いながら、笑っていたら
「気持ち悪いよ。恋でもしているのかと勘違いされるぞ。しっかりしろ中学生」
「美成姉も笑っていたよ。帰ってきたときのことを想像していただろ。どういう風にもふってやろうとか考えていたよね?」
しまったという顔をして僕を見る。
家族揃って似た者同士か。
今日も猫好きなのはやめられない。
中学校から直行で寄り道せずに帰る。
美成姉が帰ってくる前にモフモフを堪能しておこうと誓った。
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