1. 姉と弟
僕には姉が二人いる。
我が家の玄関の引き戸を開けると、グレーのタイルに狭い玄関。茶色の靴箱がある。
さらに廊下を挟んで両側に洋間の部屋があり、その隣は台所があり、ずっと廊下を奥まで行くと突き当りに階段がある。
「ミル姉、今日も頼みます! 二階に行って美成姉を起こしてきてください!」
廊下の突き当りを指さしお願いをする。
ミル姉は、静かな足取りで台所の向かい側の和室の前を通り、階段の下で一度立ち止まってから、一気に駆け上がる。
今日も元気である。
「くすぐったいよ」
遠くから美成姉の笑い声が聞こえてくる。
この案件は毎朝ミル姉にお願いをしている。きっちりとした仕事の速さに僕のフライパン攻撃よりも何よりも確かなものを感じていた。
「おはよう」
先に降りてきたのは、美成姉の方だった。
トレードマークのご自慢のストレートヘアは、鳥の巣みたいになっている。
パジャマ代わりのTシャツの首周りは、伸びてしまっていて、肩からずり落ちている。
「そろそろパジャマ捨てたら?」
「ふあい」
返事だけはいつもいい。
「ミル姉は?」
「まだ上じゃない?」
階段の方を見ると、ひょっこりミル姉のふわふわが見えた。
「見えていますよ。ミル姉、ご飯にしましょう」
朝六時に起きる。
それは僕の日課、ご飯担当になったのは、この姉二人のせいだった。
ご飯はいつもル・クルーゼで焚くという不思議な習慣に慣れてきた。
白ご飯とみそ汁を用意する。
それが僕に課せられた使命になっていた。
商店街の福引きで炊飯器を当てるのが僕のささやかな目標になっている。
中学生になったら、もっといい未来が待っているような気がしていたのにこんな現実はいらなかった。
「湊、納豆がない」
僕の背よりも小さな冷蔵庫が大きな音を立てて閉まる。
「美成姉、冷蔵庫に当たらないでください! まったく! ミル姉を見習ってください」
ミル姉はおとなしく淑やかにご飯を食べている。
「ミル姉には、鮭があるのに私のにはない!」
「鮭は夜ごはん用に出します。我慢してください」
「我慢できない!」
これが高野家の毎朝の風景となっていた。
ミル姉はおとなしく、美成姉は何かにつけ暴れ、僕はそれをなだめる。
二人とも対極的な性格で表裏、白と黒といった具合にすべてのことが極端なほどに反対側を向いている。
ミル姉は、三年前から一緒に暮らすようになった。
急に現れた。僕より小さくて力が弱い存在。それがミル姉だ。
二十八歳になるが、そんな年齢には見えない。
かわいらしい容姿がとても愛らしく、足が少し短足だが、そんなことは問題ない。
モデルのようにして、ゆっくりと歩く姿は、誰がミル姉を呼んだとしても変わりない。
「ミル姉は仕方ないでしょう。僕たちの姉なんですから」
「そうよね。ミル姉は特別よね」
美成姉は納得したらしく、おとなしく梅干しをおかずに食べ始めた。
確かに鮭ぐらいはつけた方がいいのかもしれない。
でも予算があるんだよなといろいろ考えて、美成姉のおやつ代を減らすことにした。
それを公表すると、またひと暴れきそうなので黙って実行することにした。