偵察カートリッジ
狭いコクピットに、既に五時間。
戦闘用のオムツに糞尿がたれ続けている。コクピットはその匂いで臭くなっていた。
四m弱の人型歩行兵器が軍兵器の主力となってもう何年になるのか。
その人型歩行兵器の中で、俺は敵の様子を確認する。
機体名『カバネ』。どういう意味かは分からないが、日本語から取ったものらしい。
カバネは偵察用途特化型の機体だ。頭頂部の大型レーダーユニットなど、その最たる例であると言えるだろう。
そんな機体に乗って、前方一〇km先にある敵陣を眺め、帰還した後に陣容を報告する。それが自分に与えられた任務であると同時に、『奉仕活動』だった。
くだらない喧嘩から発展した殺しの罪で終身刑をくらった俺だったが、服役中に戦争が起きた。
その戦争の長期化で導入されるようになったのが俺たちのような囚人だ。
ただ牢屋で繋いでおくだけなのはもったいなから兵士として採用し、そして無事に任務という名の奉仕活動を果たせれば、戦争終結後に司法取引で罪をなかったことにしてもらえる。そういう約束だ。
魅力的な取引だから従うやつは多いが、配備されるのは尽くが生還率の極めて低い最前線だ。俺もそんな一人である。
今のところは運良く生き延びているが、いつ死ぬかわかったものじゃない。
それに、反乱なり脱走なりしようものなら、頭に手術の末に取り付けられた指向性の爆薬で脳みそを吹っ飛ばされる。
たまに、監獄にいるのとどっちが幸福なのかと、感じることがあるくらいだ。
同時に、この状態で敵と遭遇するとなると厄介だ。
カバネに装備された武装はマシンガン一丁のみ。レーダー波吸収剤は機体に散布されているため、敵に見つかる心配こそ滅多にないが、しかし戦場に絶対など存在しない。
実際、妙な違和感を俺は覚えた。
一向に交代要員が来ない。到着予定時間から既に三分経過している。
何かあったか。
そう思った直後、コクピットに警報が鳴り響いた。
「敵か!」
俺はいつの間にか叫んでいた。
左から敵機接近。機数は三機だ。
カバネを後退させつつ、敵の装備を見る。
軽装備だ。恐らく相手も、偵察中に遭遇したのだろう。
しかし、こちらは単独行動。増援の見込みもない。
早めにずらかれればいいが。
そう思っていた俺だったが、レーダーに示された敵の表示が近くなっていく。
気付かれたとしか思えなかった。
「接敵までは……このままだと四五秒か。やべぇな」
ここで死ぬのは御免被りたい。第一何のために司法取引したのかわかったものじゃない。
そう思った直後だった。
『敵接近中。よってカバネはこれより緊急戦闘モードを起動。パイロットの生存可能性をこれより無視』
突然、AIが喋りだした。
我が耳は何を聞いた。
パイロットの生存を無視する? 緊急戦闘モードを起動?
まったくそんな機能があったなんて聞かされていない。
そう俺が思った直後、首筋に痛みが迸った。
脊髄に、何か注射をされた。それも一気に複数本。そんな感覚だった。
心臓が唸っていく。
血圧、脈拍、脳内麻薬、その他諸々様々な物資が身体に注入されたことを、AIが知らせた。
目が飛び出そうなほどに痛い。血管が唸っている。
気付けば、自分の視界は完全に真っ赤に染まっている。
ああ、俺血だらけなんだと、何故か俺は人ごとのように感じた。
「「措置完了したことをパイロット確認。これより、最優先命令事項を実行する。前方敵機殲滅後速やかに帰投。データの回収を最優先とす」」
俺は、いつの間にかAIと同じ事を言っていた。
考えることなどない。
ただ、目の前の敵は、殺す。
そう考えた瞬間、カバネはマシンガンを捨て、一気に前方に加速した。
敵機がマシンガンを撃ってくる。
それをカバネはまるでスケートでも滑っているかのように走りながら避け続ける。
接敵した。零距離。
カバネの拳が、敵機のコクピットを貫通した。
敵パイロットの血と内臓が、マニピュレーターにこびりつく。
ああ、そういえば喧嘩からの殺しのときも、こんな風にして相手を殺したんだったな。
残り二機。
二機がこちらを囲むように左右に展開した。
右の機体へカバネは向かっていく。
今度は蹴り飛ばした。当然コクピットを、である。
敵機の胴体がひしゃけ、バウンドしながら地面に叩きつけられた敵機は、ピクリとも動かなくなった。
あ、これも殺した時の動きに似てるな。
直後、銃声。後方からだ。
横に避けた後反転して、敵機に向かって疾駆する。
相手が後退しながら銃撃を続けている。
だが、後退する速度よりも、カバネの疾駆する速度が上だ。
そのまま、敵機の頭部を掴んで、地面に叩きつけた。
轟音を立てて倒れた敵機の持っていたマシンガンを奪い取り、コクピットへ零距離で叩き込んだ。
敵機が穴だらけになったのを確認した瞬間、コクピットに、血の花が咲いた。
俺が血を吐いたのだと分かった。それが何回も立て続けに起こる。
自分はこんな状態なのに、カバネは、基地の方へと帰投する方角に向かって、疾駆を始めた。
動きが今までの自分の動きより、更に速い。
速度計は振り切れている。
俺の身体がどんどんGに押しつぶされて崩壊しているのが、なんとなく分かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「データパックは無事なんだろうな?」
整備兵に私は確認をする。
「無事です。ですが、相変わらずカバネのコクピットの中は臭いですね。今日もミンチが出来上がってます。『偵察カートリッジ』はまた生き残れませんでした」
整備兵の一言で状況としては問題がないことを、私は認識した。
「データを吸い出した後、そのままコクピットブロックは破棄しろ」
「了解であります」
これを使いこなせるものはまたいないかと、少し残念がる気持ちもないわけではないが、当たり前かとも思う。
カバネ、いや、屍。屍を築き上げるもの。それがこの機体の真の意味だ。
偵察に特化させたのは事実だが、それ以外にあるシステムを組み込んだ。
偵察任務で敵と遭遇したその瞬間に、パイロットの生存性を一切無視し、その戦闘に耐えうるだけの大量の薬剤をパイロットに自動投与。AIとパイロットの脳を一体化させ、戦闘能力の大幅な強化を行う。
そして敵を殲滅した後すぐさま戦域を離脱し、この基地に帰投してデータを届ける。
ただし、帰投する時の速度はリミッターをすべて外した速度で、である。中の人間はだいたいそれでとどめを刺される。
今までこの機体を操縦し、生き残ったものは誰もいない。
これは体の良い死刑執行なのだ。
司法取引などこちらの都合のいいようになんとでもなるのに、それにつられて自ら死刑執行書に、囚人たちはサインしていくも同然だ。
故に、囚人たちの影の呼び名が偵察カートリッジだ。死んだらカートリッジのように変えればいい。それだけのことだ。
死刑はこちら側で勝手に死んでいくのでやる必要はない。死刑を執行するための刑務官の税金対策やメンタルケアにもなる。効力としては十分だ。
「悪趣味だと笑うか、副官?」
「いえ。偵察は重要な任務です。それを死ぬとは言え我が軍の正規兵の代わりにやってくれるのですから、十分に彼らも満足するでしょう」
「そう願いたいものだな」
それだけ私は言って、屍の頭部を見た。
血のように赤く染まったバイザー型のカメラが、じっと私を見つめていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから数ヶ月の後。我が国は滅んだ。
敗戦国となった我が国に待ち構えていたのは勝利した国による一方的な裁判だ。
私はカバネの開発に対する人道的責任を取らされ、死刑が言い渡された。
司法取引すら嘘だったということまで暴かれ、私は自ら死刑執行書にサインをせざるを得なかった。
因果応報、都合のいいようにやってきたことが今になって君に回ってきただけだ。
そう裁判官に言われたのを思い出しながら、死刑台へと私は脚を一歩ずつ動かしていた。
(了)