レインは悪魔と怪しい契約を結ぶ
「まったく、なにがお世話係だっ! こんなエナジードリンクと、固形栄養食のみで生きてる子、全然お世話が足りてないじゃないか!!」
「えと……」
「たしか彼は、幼馴染なんだろう。なってないなぁ。仮にも幼馴染という属性を自称する者ならば、もっと責任感を持った、しっかりとしたお世話をするべきだよ」
「幼馴染のお世話ってナンデスカ?」
「毎朝、起こしに来ては、朝食や弁当を作り、全自動給餌器のように『あーん』してくれなかったのかい?それが幼馴染としての最低限のお世話だろう?」
「いいえ、この辺りではそういう習慣はないかと……」
「じゃあ、毎食ともに、付き添うだけなの? せめて『ひとくちあげるね』っていいながら、メインを半分以上分け与え己のデザートを貢ぐ程度? これならば友達としての、一般的なお世話だろう?」
「ここでは、少し違うような……」
「はぁー、ならば日々の飲み物の定期的な差し入れや、季節毎に行う旬の味覚と、それを使用した菓子の贈答は? これは職場の同僚や近隣住人とのお付き合いにおける、ごく平均的なお世話だよ」
「そんなのするわけない……、です」
「じゃあ、何がお世話だっていうのさ。嘆かわしいっ。基礎の基礎も、なってやしない。その様でお世話係気取りとは。まったく彼は、これまで、何をやっていたと言うんだい?」
それは、レインの頭からそれまでネガティブな意味を持っていたお世話の概念が、崩壊した瞬間でもあった。
◇◇◇◇
やって来た悪魔と、レインはお話をした。
せっかく、遠くから来てくれたのだから。
最初は悪魔と言われて、びっくりもした。
帰ってもらおうとさえした。
そりゃお友達は欲しいけど、悪魔を呼んだりしたら、大変なことになるから。
だか、名刺を渡されたのだ。
「そんな半端なやくざ者の破落戸とは一緒にしないでくれないか。僕は、暴食業関係の評論や勧誘の仕事をしている、まっとうな紳士だよ!美食家として、アドバイザーやレシピ開発、グルメ媒体でのコラム執筆などを主にしているんだ。深夜の糖分摂取、マシマシやデカ盛に関する相談は、随時受け付けているよ!!」
彼の言う肩書や、仕事内容は不明だが、なんだ、ちゃんとしてる人なんだと、納得した。
名刺自体見るのも初めてだけど、もう明らかに、出来る人っぽいもの。
その名刺は、名前の部分だけは、なぜだか良く読めない文字で書かれていた。
「『界』を挟んで存在する僕らは、契約を結ばないと、お互いの正しい名前を認識出来ないんだ。種族名で呼び合うならば、『人間さん』『悪魔さん』だろうけど、それではあまりにも、味気ないだろう。『あなた』じゃ、少し距離もあるし、ここは、親しみやすく『君』と、呼ばせてくれないか。さぁ。僕と、素敵なティータイムを、過ごそうじゃないか!!」
艶やかな銀灰色の髪に、ルベライトのような赤い瞳、知性とを感じる物腰、優雅な佇まい。
そうか。クダンというのはあの牛の種族名だったのか。
思い返せば、ずっと『あんた』と呼ばれていた。
対して、この『君』という呼び方には、彼の気遣いの心が込められている。
この方は、三下チンピラなどではない。
しっかりとした紳士だ。
一緒にしては失礼である!!
種族差別は良くない。
彼の纏う、細身で美しいジャケットは仕立ても質も良さそうだ。
見たことがない宝石のボタンが付いている。
クラバットも、サンダースの叔父様の誕生日プレゼントのために、王都の有名な紳士服店を覗き、値段の高さに慄き挫折した時に見た、どの品よりも洒落ている。
ぴかぴかの黒の皮靴は、先が尖がった不思議デザイン。
きっと奇抜なデザイナーによる一点物だろう。
「パンケーキの香りに、誘われて来たんだ。ご相伴に与っていいかい?」
そう語る彼は、レインの作った苺ゲルを、大絶賛。
喜びのあまり追加を焼き、作り置きのヨーグルトゲルと、果物のゲルを添えて、お出しした。
レインの作るヨーグルトやジャムはもれなくゲル化するので、見た目に抵抗を感じないか心配していたのだが、こんなにも喜んでくれるなんて。
彼は分かっている。違いの分かる男だ。
こういう話の分かる紳士には、きちんとしたおもてなしをするべきだ。
異界の客人は、すっかり、気に入ったようで、美しい所作でぺろりと平らげる。
普段は人見知りなレインも、話し上手で聞き上手な彼とは、うまく話せた。
亡くなった魔術伯の娘で辺境伯の家にお世話になっていて、貴族籍はあるものの爵位も継げない、そんな自分の微妙な立場を語ると、彼も似たような複雑な境遇なのだと深く頷いてくれた。
都会の権力者に嵌められて御家騒動に権力争い。
苦労の果てに、今では美食家をしているという。
そんな彼の人生にも、すっかり共感してしまった。
彼にならば何でも話したいと、これまでの自分の事を口にした。
先ほどのクダンの話、サンダースさん一家のこと、辺境領の事。
そして幼馴染のクラウドとのことに話題が移ったら、こうなったのだ……。
思わぬ所で、食いついてきた。
彼は、レインと彼との間にあった葛藤よりも、お世話という単語に引っかかったのだ。
何やら、強いこだわりがあるようだ。
さすがは異『界』の人だ。感性が……、だいぶ違う。
これまでのレインにとってお《・》世話というワードは、思わず身構えてしまうものだったが、『界』が違えばこんなにも常識が違うとは。
思いもよらなかった。
彼にとってそれは、ネガティブな意味を持つ言葉ではないのだ。
目からうろこが落ちた。
◇◇◇◇
「えと……、クラウドは『ちゃんと食べなよ』とか『友達作りなよ』とか、『無茶するな』みたくいろいろ言ってくれます」
「独居老人への生存確認の声掛け以下だな。地域ボランティアへの謝罪案件だよ。まったく、お世話係を何だと思っているんだっ!!」
彼の言う『お世話』とは、なんなんだろう……。
「でも小さい頃はいつも一緒で、近くで本を読んでくれてて……」
「図書館の朗読ボランティアや、病院の介護人にも及ばぬ働きだな。しかし彼はもう君の幼馴染にしてお世話係という尊い役目を、放棄したいんだろう?」
役目……。
クラウドにとってレインは友達ではなくて、お役目の感覚で『お世話』をしていたのか。
クダンも言っていたな。
頼まれたから『世話』してたんだって。
「そうですね……。彼はそんな役目は、もう嫌みたいです。わたしも彼からは離れた方がいいと思ってます」
クラウドはレインにも辺境にも、これ以上縛られたくないんだ。
婚約とかそんな話、耳にしたことも無いけれど、そう思わせるような圧力を感じていたのかもしれない。彼との繋がりはスッキリと諦めたが、これまでを思うと、まだ胸が痛む。
「ならちょうどいい! 僕を友達件お世話係にしないか?」
「え…? それって、兼任できるものなんですか?」
レインは驚愕した。
こんなにこだわりのある人が、自分のお世話をしたいだなんて……。
どういうこと?!
「もちろんだよ。僕はね、君みたいな子すごくタイプなんだ!!」
「ええっ?」
告げられた言葉には思わず、耳を疑う。
「折れそうなほどガリガリのひょろひょろの腕。不健康そうな艶のない青白い肌。ケアを知らないバサバサで栄養不足の髪。何より夏にも長袖しか着れなさそうで、薬の過剰摂取をしていそうな、メンタルがヘラヘラしてそうな所。本当にたまらないよ! 君は最高だ! まさに原石。君こそが僕の理想。夢の化身!! ぜひ僕に、君のお世話をさせて貰いたい!!」
瞳を煌めかせ、うっとりと見つめられても、あまり褒められている気がしない……。
どうにも彼の表現は、理解しがたい。独特だ。
「いつか君みたいな子と出会って、ふっくふくのピッカピカのテッカテカに育て上げることを、僕はずっとずっと、夢見てたんだっ!」
瞳を潤ませながら彼は甘い声でそう紡ぐ。
「ぜひ僕に、君をプロデュースさせてくれ。君の『お世話』をさせて貰えるならば、責任をもって育て上げると誓う。僕と契約してくれないか? そして友達になろう!」
熱烈に口説かれているようではあるが、それは勘違いだ。
悪魔が語るは、勧誘。
甘く愛を囁いているのではなく、堕落して、肥え太らせてやるというふざけた内容の『契約』を誘っているだけだ。
理解力の乏しいレインでさえ、さすがに何か怪しいとは感じた。
何か契約とか言ってきた……。
悪魔と契約するのは、絶対にダメ。
「あの、友達は一方的に『お世話』とか……、しないと思います。わたし迷惑をかけて、誰かの『お荷物』になるような関係とかは……、もう嫌なんです。だから、あの……」
『お断り』の一言が、うまく言えない。
レインは、押しが弱いのだ。
彼は善人そうな紳士。
異界の感性はよく分からないが、褒めてはくれているのだ。
契約、契約さえしなければ、大丈夫。
「ありがとう。君は気遣いのできる本当に良い子だね。大丈夫だよ。『迷惑』や『お荷物』なんて思うわけがない。これは僕がそうしたいだけなんだよ。君みたいな素敵な子を、甘やかしたい。ただそれだけ。だから安心して僕にお世話させて。ねぇ、そういう関係もあっていいんじゃないかな?」
「だから、なんでわたしなんかに? 絶対になんかおかしいですっ」
ほら、どうにも話がうますぎる。
そんな事、あるわけがない。
こんなのいくらなんでも怪しすぎる。
やっぱり悪魔なんて、信用ならないのかも……。
契約なんてするものか。絶対に。
レインはもう、騙されるのは、うんざりなのだ。
◇◇◇◇
「なんかなんて、寂しいこと言わないで……。香ばしいパンケーキの薫りに、僕の美食家の血が騒いでここまでやって来たんだ。そうしたら、君みたいな素敵な子に出会えた。そりゃ友達になりたくなるって決まってる!」
両腕を広げ立ち上がり、大げさな身振り手振りをする。
全身を使ってまで、レインと会えた喜びを示す。
「君は、今まで周りにいた奴らと、たまたま合わなかっただけさ。そんなことで諦めて己の価値を下げないで! もっと自信をもつべきだよ。君はもっと評価されるべき存在だ!! こんな素敵なソースを作れるという、特別な才能がある。まさに至高の味わい。この能力を充分に発揮してもらうためにも、僕は友達件『お世話係』として協力させて貰いたいんだ!」
皿に残った苺ゲルを人差し指ですくうと赤い舌を伸ばし、見せつける様に口に含んでは、甘く微笑む。
「暴食も今や、量より質が尊ばれる、冬の時代。だからこそ、僕は挑戦心を持ち続けたい。君のような子にも、立派なあんこ型へと成長してほしい。その後押しをしたいと願うのは、純粋な欲求であり、いわば職業使命だ。理解しがたい感覚かも知れないが……、これは、僕のような存在にとっては本能なのだよ!!」
そう語る彼が赤い瞳に熱を込め見つめてきたので、レインは応えることにした。
「実は、秘蔵のマロンゲル、ハニーレモンゲル、それにとっておきのエネルギードリンクゲルもあるんです!」
この美食家…、分かっている! 分かっているではないか!!
もしかして異界の方がわたしの理解者、多いのでは?
『特別な才能』『評価されるべき』というワードに、すっかりメロメロになってしまったのだ。
なるほど。
彼の言う『お世話係』とは、パトロンみたいなものかと、スルッと納得してしまった。
音楽家の友達が、その支援者でもあるなんて、ごくごく有り触れた話だ。
『界』が違う人との会話は、どうにも難しくも聞こえる。
けれど、一番重要なことは伝わった。
彼が、彼こそが、レインの真の理解者で、そして友達になってくれる人だ!
「ありがとう。どれも素晴らしい出来だね。特にこれ、これが良いね。このサワードリンク」
「あ……、それ! カビ落としゲルでしたっ!! ご、ごめんなさい!!」
「これも酸味が効いていて、癖になるのど越しだよ」
「ええ?! だ、だだ……大丈夫なんですか?」
舞い上がり過ぎて、相手の命に関わるウッカリをしてしまった。
飛沫が眼に入ってもいけないし、素手で触れてもいけないタイプのゲルなのに。
なのに、彼は全ておいしくいただいた。
それも洗練された、美しいマナーで。
プティングを食すように。クリームを味わうように。スープを飲み干すように。シャンパンを楽しむように。色、香り、のど越しも含め、丁寧に楽しむ。
錆落としゲルも、油落としゲルも、除菌ゲルも、衣類漂白ゲルも。
レインは圧倒された。
どうやら異界人は、体がかなり丈夫なようだ。
味覚も感性もだいぶ違う、………かけ離れているといってもいいほどに。
理解者に出会えた喜びも、この美食家の評価と思うと、有難みが段々と薄れてくる。
引け目も怪しさも無くなったけれど、異界人って、やっぱりすっごく変わってる。
良い人だけれども……、こんなにも違ってて、上手く友達になれるのかな…………。
◇◇◇◇
「本当に素晴らしい品々だったよ。存分に堪能できた。この新たな体験を、僕のコラムで紹介させてくれないか? それから是非特許や販売許可をあちらで取得しよう。これは間違いなく大ヒットだ、空前の人気商品になる!」
「本当にっ?!」
レインは金の匂いに飛びついた。
思っていたのとは、違う評価であろうと何だろうと、とにかく儲かりそうなのだ。
「まぁ諸々調整もいるし、すぐにとはいかないものさ。焦ってトラブルを招いては君への負担となる。制作環境の向上のためにも、正式契約をしないか? もちろん権利絡みの契約は、個別改めて適切に行いたいけど、サポート体制だけでも、しっかりと整えさせてほしい」
「はい。喜んで。でも悪魔との契約って大変なんですよね? それにすっごくお高いんでしょう? 喚び出しと作業代の贄や他にもいろいろと……。総額でお幾らぐらい掛かるんです?」
金の匂いに釣られたものの、レインは至って冷静だ。
危なかった……。
著名な職人や歌手の仕事への支払いが高額なのは当然だが、彼らのマネジメントや会計、法律など相談を受ける専門家への支払いも高額と聞いたことがある。
彼のような立派な紳士に仕事を頼むのならば、高額な対価がいるのだろう。
親切そうな人だけど、それとこれは話が、別。
きっとびっくりするような高額な請求をされるに、決まっている。
世の中とはそういうもの。そんなうまい話、あるわけない。
「そうだね。僕は美食家だ。だから、まずは先ほどのもてなしに正当な評価をさせてほしい。まずパンケーキが喚び出し代、素晴らしいアラカルトの品々は、契約金だね。そして今後はここに君の『お世話係』として滞在させて貰いつつ、その日に君が食べるのと同じ量の食事とゲルの提供を希望しよう。言っておくが僕は自分の職業倫理にかけて、これが適切な対価だと思うよ。他に君からの支払いは、不要さ。もちろん、このゲルという珍味は最高だから、常に口にしていたいものだけれども、あくまでも君の経済的負担にならない範囲で、お願いしたいかな」
彼が甘く微笑む、釣られてレインもぎこちない笑みを浮かべた。
『夢じゃありませんように。夢じゃありませんように』と何度も心の中で唱え、体中のあちこちを抓くり回す。
食事付の住み込みだけ?
こんなにいいお話が?
そんなにも、お手軽に!!
なお、成人の異性にしか見えない相手を、自分の屋敷に住まわせることへの危機感などは、全くない。
なにしろ彼は真の理解者で、友達で、お金までくれる、掛け替えのない紳士なのだから。
人を疑う機能が低すぎるレインには、疑問すら発生しない。
「ゲル、そんなに気に入ってくれたんですか。ならたっくさん作りますよ。えっへへっ。わたしゲルには、自信があるんです。任せてください。けど、ごはんの量、本当にそれだけで足りますか? さっきもかなり食べてましたよね?」
「あぁ、この『界』で君たちが摂取している食べ物は、僕にはとっていわば嗜好品なんだよ。だから、別に生命活動の維持には必要がないんだ。そちらの方は自分で調達するし、特に気にしないでいいよ」
「嗜好品ですか?」
「そう。コーヒーや酒や煙草、チョコレイトのように摂取しようと思えばいくらでも入るんだけど、取らなくても平気なもの、だよ。わかるかな? だから量に関しては特に、気にしないで。あくまでも交流の手段として、君と一緒に取ることこそが、目的なのだから。もちろん美食家として、この『界』の存在だけは知っている珍しい食材や新しい料理を試してみたいものだけど、そういうのは仕事も含めて、自分でなんとかするから大丈夫さ。それよりも友達として、君の『お世話』をさせて貰えることこそが、僕にとっては、何よりの御馳走なんだよ」
なるほど。触れちゃダメな薬品が平気なぐらい、体の仕組みが違うから、食べる仕組みも、違うものなのか。
未成年の自分は、チョコレイト以外はよく知らないが、酒は『ザル』と言われるぐらいに、大酒を飲んでも問題がない人もいるらしい。
酒には、とても高価な品もあると聞く。
産地とか年代だとかこだわる者には重要らしく、評論家もいる。
彼の言う『美食家』というのも、そういう類の仕事なんだろう。
そんな人に、レインの自作ゲルが評価され、才能を褒められたのだ。
プロの人が、適切な対価というのだ。
きっとそれは、正しい。
趣味の世界とは、そういうものなのだ。
お掃除用を一緒に飲むのは遠慮したいが、普通のごはんならば、レインも誰かと食べるのは、大歓迎だ。
嗜好品を供に取る交流というのは、酒場やシガ―ルームのようなものだろう。
大人の社交場だ。
行ったことはないが、酒や煙草なんて一人でも飲めるのに、わざわざそこに行くのが、良いらしい。
夏祭で双子と一緒に食べた串焼き肉やパンケーキが、家で食べるのとはまた違っていておいしかったから、きっとそれに近い感じだろう。
◇◇◇◇
「うーん、じゃあ後は……、契約期間はどうします?せめて、あなたに無理がないようにしてください」
「雇用期間は、そうだな。とりあえず一年にしようか。そこでまた今後のことを考えたらいいよね。もちろんサービスで、さっき君が話していた、不吉な運命の回避の補助もつけちゃうよ」
レインは、サービスという言葉にも弱かった。
「本当にいいんですか……、大変有難いお話しですが、どうもわたしにばかり、都合が良すぎませんか。どこかで無理させてないですか?」
「君こそ無理をせずに、嫌なことは嫌って言っていいんだよ。君のお世話をさせてもらうことは、僕にとっては幸いなのだから。いい友達になっていこうじゃないか。君や辺境伯家、その領民たちもまとめて、不吉な予言から守るから、安心して。恩返しというか、立派な親孝行ができるように、一緒に頑張ろう!!」
レインは感激した。
この真の理解者である彼は、自分を支えるために、わざわざ『お世話係』になってくれるというのだ。
単純な後援者よりも、ずっと心のある支援者だ。
苦手な法律や契約にも何やら詳しそうだし、広報活動もしてくれるらしい。
これで金策も安心。領地も助かる。
辺境伯家や領民のみんなのことまで、考えてくれる。
こんなにも真摯に向き合ってくれる、申し訳ないくらいに、誠実な紳士。
彼こそが、真の友と言える『親友』なのではないか?
なんという奇跡的な出会い。
価値観が違おうがなんだ。
自分も彼を理解し、支えられる人になれば良い。
幼少期に両親と生き別れ、親戚の家で虐待を受けた後、善良な貴族に大切に育てされせいか、レインは非常に大らかなのだ。
『悪人』は大嫌いだが、一度『良い人』と思い込むとあまり疑わない。
辺境の双子だって、悪い言葉を使ったり、悪戯ばかりの悪ガキではあるが、悪人ではない善人だ。
難しくて分からない部分も多かったけど、この紳士は良い人なのだ。
都会に来て酷い目にあっていた分、孤独を抱えていた分、そう思い込んでしまった。
そうして、絶対にスルーしてはいけない所まで、スルーしてしまうほどに、極まった鈍感力を発揮した。
『よく分からないが、どうせ大したことは言ってない』の間違った活用法だ。
異『界』人なりの流儀に沿った、正しいコミュニケーション。
こんなも優しそうな人が柔らかい声で言うのだから、そういう反応に決まっていると、都合よく認識してしまった。
全肯定ヒロインでも、全力否定するようなことも肯定し、鈍感ヒロインよりも、トイレットペーパーよりも簡単に、流し流されてしまうほど、レインはチョロくて…………、実に大らかなのだ。
だからいつでも、こうして騙される……。
「分かりました。わたしたち、良いお友達になりましょう。そして、わたしの『お世話係』になってください。契約をお願いします」
「ありがとう。よろしくね、レインちゃん。僕のことはベルって呼んで」
先ほど渡された名刺に、名前が浮かび上がる。
蕩けるような笑顔を浮かべたベルが、差し出してくれた手を、レインも笑顔を浮かべて握り返した。
こうしてレインは、怪しい悪魔との契約を結んでしまった。
契約書も交わしていない、口約束で。




