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レインは、雑召喚で悪魔を喚ぶ

 レインに話をさせておいて、クダンは怠そうに欠伸をする。


 この内面を垂れ流させる術は、酷く時間がかかる。


 自分の内面や抱える問題を、自らの言葉で強制的に言語化することで、全てを冷静に受け入れ、柵や執着から解放される。そして前向きな意欲が湧いてくる。


 この洗脳染みた強制カウンセリング術は、必要な感情の棚卸し作業だ。

 つまり、すごく()()()()する。


 ちなみに立ち会っているクダンが、耳を傾ける必要はない。


 予言を告げられる対象は、既に困難な状況にある者か、これから陥る者。


 訪問販売をしてるのだ。セールス中に死なれては困る。直後もだ。

 予言を受けたせいでの絶望死など、悪質な迷惑行為だ。

 クレームもクーリングオフも、一切受け付けていない!!


 内容の一部を軽く(煽りながら)説明した後、感情を爆発させてスッキリさせることで、スムーズに残りの予言も有無を言わさず、受け入れさせる。

 

 返品は不可だ。絶対に!!


 つまり受け取りさえすれば、後は勝手にしろという方針なのである。


 予言を受け取ったことで、彼らの運命は変わっていくだろう。

 直後の困難ぐらいは阻止できるかもしれないし、それさえもできないかもしれない。

 

 運命に打ち勝とうと、抗いきれずとも知ったことではないが、絶対に今視たものだけは受け入れさせる。いわば予言の押し売りこそがクダンの仕事。


 このクダン、仕事は雑だが、完璧に熟すのだ。


◇◇◇◇


「フーン。自業自得だけど、同情したくなるタイプの悪役というか、めんどくさいほうのメンヘラだったのね。あーた。はいはい。じゃあ、なんか書くものない?漫画の内容も含めて、あたしが今視たこと書き残しておいてやるから。ホイ。予言の書。サービス付き、大事にしなさいよ!!」


 相変わらず言葉尻は鋭いが、急にテキパキし始めた姿にレインは呆気にとられながらもノートと万年筆を持ってきた。


 牛は器用に舌で受け取った。


「あの2人のことは()()()()割り切って、残りの被弾しそうなフラグ回避を頑張んなさいよ。まだ若いんだし、友達でも作って、もっと新しいこと、楽しいことしなさい。それと困ったことはちゃんとした大人に相談すんのよ。サンダースさん一家とかね。クソみたいな意地張ってないで、まずは、あんたがまともになってから、恩返しを考えなさいよ。クラウドくんに、察してチラチラするのは、見っともないからおよしなさい。あいつは、あんたなんかに召喚できる相手じゃねーんだよ。後は、変な奴に騙されないように、気を付けなさい。以上終わり!!……ほら、さっさと呼び出し料と、予言代払いなさい!」


 完全に巻きだ。急に巻きに入った? 何だこれ?!


 スッキリしたところで、クダンの舌がシュルシュルっと伸びてきて、べろりと顔を舐められた。


 レインはそのまま気を失い、床に付した。

 牛のよだれは、なんだかベタベタしていて、とても臭かった。



◇◇◇◇



 目が覚めると、ノートと鼻輪が落ちていた。

 時計を見るとあれから5分とたっていない。


 強烈な印象だったが、あの牛が来てから去るまで、一時間も過ぎていない。


 換気や風呂で三十分。

 罵られ泣かされること十分。

 喋らされること十分。


 そして、レインが気を失っている間に、帰ってしまった。

 本当に予言だけを残して。



 万年筆とクラウドにこれまでの誕生日に貰った本が、全て無くなっていた。


 牛の前足で、どうやって書いたのだろう。

 こうして書き残してくれたのが、サービスなのか。


 蹄のマークが刻印されたノートには、物語の流れと、レインが辿る運命の予言が、びっしりと書いてある。

 五分やそこらでは書ききれない分量だ。

 原理は分からないがこれも能力の一つなのだろう。

 

 最後のページには召喚票というものが、張ってあった。


――――――――――――――――


【業務内容】  予言 ただし不吉なものに限る  


【報酬】    書物(特に物語)牧草

【勤務時間】  1日(但し24時間以内とする)終了後、直ちに撤収死亡。


    ※なお終了時刻の判断は当方が行うものとする。



――――――――――――――――


 鼻輪に向かって、レインは黙祷を捧げた。


◇◇◇◇◇◇


  空腹に気が付いたレインは、久々にキッチンに向かい、パンケーキを焼くことにした。


 ひたすらに、圧倒されたひと時だった。


 あんな風に言い逃げされたことへの、怒りも悲しみ戸惑いも、急に逝ってしまったことへの寂しさも、不思議と湧いてこない。


 クダンとは、予言を遺して逝く、そういう生き物。

 そういう定めなのだと、すんなり飲み込めた。

 そしてこの、()()()()とした前向きな気持ちをくれた。


 告げられなかった『ありがとう』の気持ちを込めて、ノートは大切にしよう。

 レインは、これからを生きなければならない。

 不吉なことがたくさん待っているのだ。

 負けてはいられない。


 パンケーキは、婆様が良く作ってくれた。

 暖炉の上に乗せたフライパンを双子と囲んで、ワクワクしながら、作ったこともある。

 クラウドともよく食べたおやつだ。


 彼をここに呼ぶことは、もうないだろう。

 クダンは召喚と言っていたが、彼に何を捧げても、もう駄目なのだ。

 ここまで道が外れてしまっては仕方がない。 


 少し寂しいことだけど、仕方がないことなのだ。

 なぜだか()()()()と諦めがついた。


 都会に馴染み垢ぬけて、恋人が出来た彼に、縋りたくて、出来なくて、取り残されたような気がしていたんだ。

 

 だってレインにとっても、彼は特別だったから。

 でも彼にとっては、そうではなかった。


 それだけだ。こだわっても仕方がないことには、もう執着しないのだ。


 そんなことより、予言の書をよく読んで、悪い未来を避けるのだ。

 辺境伯一家とも、もっと話そう。

 

 そして新しいこと、楽しいことして、友達を作って……、友達…………どうやって作ろう。


 レインは詐欺に合ってばかりの人間だ。

 

 クダンが来てしまうぐらいには、現状が既に困難なので、いくら頭がスッキリして前向きになろうとも、ぼっちを解消するまともな案が、あるわけない。そんなもの、最初から持ち合わせていない。


 物やお金や権利を、取ったりしない……。

 そういう良い人と、出会えたらいいな……。

 

 そういう素敵な人が……。わたしと友達になって……、くれるかな…………。


「新しいこと・、新しい出会い……、あはは、誰かわたしと友達になって。あはは!!!」


 なんの知恵も浮かばないが、気持ちだけは、前向きだ。

 甘味や乳製品の優しい甘さがあれば、もっと前向きになれる気がしてきたので、甘いミルクコーヒーを入れる。


 エネルギードリンクは切れてしまったが、ブレイク時にカフェイン補給は欠かせない。


 焼きたてのパンケーキには苺ゲルを落として、生クリーム……は、無かったので練乳を選んだ。


 レインが作った保存食は、何故だか、全てゲル状に変化するので、この手作りジャムも、苺ゲルと呼んでいる。

 


「オトモダチぃと~♬一緒にぃ……♪おいしいぃパンケーキを食べるのよぉ…♪あはは!!!」


 スッキリしたせいで、頭の中がハッピーになっているレインは、歌うように独り言を言い、踊るように練乳を回し絞る。


 婆様は、よく即興で歌っていた。


 レインにとって身近で、一番友達が多い存在は、いつでもどこでも井戸端会議が出来る、婆様なのだ。

 

 おやつを作ってくれた時にも、出来上がるまでの時間は、こうして歌っていた。


 ちなみにレインの音程は激しく外れているが、サンダース一家は皆大らかな感性をしていたので、誰からも指摘されることはなかった。

 今日も心の赴くままに、自由なビートを刻んでゆく。



◇◇◇◇◇◇



「パンケーキの練乳掛けっていいよね。僕も練乳派。分かってるねぇ」


「え?」


「やぁ。はじめまして。おいしそうな匂いだね。呼ばれてきたよ」


 いつのまにか正面のテーブルに、銀灰色の髪をした色白の美青年が座っていた。


「あ、あ、あ、あなたどなた?」


「こんにちは、僕は悪魔だよ」


「は?」


 レインは知らなかった。


 苺ゲルは高性能な下敷きの機能を持っていたのだ。


 下敷きとは、正しくは、召喚時に召喚対象を呼び込むための、び水の役目を果たすものであり、その役割さえ果たせれば、形状も配置も素材も特に不問なのだ。


 この苺ゲルはある()()()()()に対して、通常ありえない程の、強力な効力を発揮した。


 塗りたくられた練乳は、思いがけなく、陣を刻んでいた。

 パンケーキは紙、チューブ入りの練乳が墨と筆の役目を果たし、奇跡を起こしたのだ。


 ピカピカ煌めいて見える程に、おいしそうにできたと思っていたら、いつのまにかナニカを召喚をしていた。

 

 こだわりの筆も墨も紙も下敷きも使ってないのに。

 ただのパンケーキで……。


 きっとわたしとお友達になるため、来てくれたんだ。


 ぼっちで、想像力が貧困で、すぐ騙される。

 

 その割に超絶前向きになっていたレインは、この事態を大らかに受け入れた。


 そしてそんな雑召喚でやってきたのは、チンピラ三下悪魔より、はるかに質の悪い存在だった。

クダンちゃんは、表紙に蹄をポンっと押すだけで予言が書き記せます。

ポンして本を漁って即帰宅。

本は食料で待機中に暇つぶしで反芻が可能。牧草は母牛の分のメシ。

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