レインは、いきなり暴言を浴びる
※暴言、暴力の描写があります。ご注意ください。
初対面なのに換気と掃除をさせられた後
「汚いわね。あんたまず風呂入ってきなさいっ。歯も磨いて。話はそれからよ!!」
さらなる指示に従い、衛生状態を向上させたレインに、ソレはようやく向き合ってくれた。
「さてあんた、何を知りたいの?」
一部の幻獣や精霊などは、言葉や動作、テレパシーなどで、意思の疎通ができると聞いてはいたが、目にしたのは、初めてだ。
人と話すのが不得手で、特に初対面での会話が苦手なレインは、アワアワした。
「え、え、ええと、は、は、はじめまして。レインです。よ、よろしくお願いします。クダンさん」
吶りながらも自己紹介をしたのに、ため息をつかれてしまい、ますます焦る。
「あ、あのわたし、その……高位な存在、大悪魔とかをですね。召喚……したいん、です。その、幼馴染に認められたくて、か、彼を取り戻したいんです。あとむかつく奴に、思い知らせて……やりたいんです。で、ギャフンと。あの……それで……どうせなら、全力で、やりたくて……それで大悪魔を……ですね…………。だから、それを知ってそうな……、あなたをお喚び、してみました……」
頑張っても丁寧語を使っても、語る内容は最低だ。
「あっそ。あたしたちクダンは、予知と予言を司る儚い生き物よ。真実と先行きを教えるという、崇高なお仕事をしているわ。だけど、あたしらが喚ばれる先は、毎回あんたみたいなゴミクズの所ばっかりっ!!」
クダンからは、見下すような侮蔑的な視線が、送られてくる。
予知能力保持者が、力に溺れ、災厄をまき散らす行いをすると、死後は輪廻の輪から外されてしまう。大きすぎる力を正しく使えなかったことへの刑罰が下されるのだ。
彼女はそのようにして作られた。
人の顔に牛の身体という不気味な外見。生まれたその日に不吉な予言を遺して死ぬ。
それを何度も繰り返すだけの生。
救いようもない者と出会い、とんでもない場所にばかり、行かされてきた。
予言の結果を見届けることはないが、何も告げずに去ることもできない。
自分の言葉が、救いとなるのか、さらなる困難へと追い詰めるのか、知ることもないまま。
完全な言い逃げで、言い損で、言い死にである。
刑罰の筈が、これでは予言で災厄を撒き散らすという罪を重ねているだけではないか、とクダン自身は思うのだが、生の意味が分からずとも、この繰り返しは終わることはない。
魂が清められたと見做される、その時まで、このやり甲斐のない勤めを、果たさなくてはならない。
眼が開いた瞬間から、目の前の事象に限り、あらゆることを把握し、起こりうることを予言をするクダンだが、今回は既に目の前の存在を認知していた。
前の……、前の……、かなり前の生で、人間だった時に、読んだ漫画に出てきたキャラクター。
視力を得る前に、臭気に目がやられ、気が付かなかった。
「あんたレインね、レイン・インバルス。噛ませ犬のメンヘラ女!! 召喚に失敗して悪魔に乗っ取られるクソザコ。ふーん。漫画とは違って、あたしを喚んだのね。なら良かったわね。救いようもないビチグソ女のあんたでも、これで少しはマシな未来になりそうだもの!!」
◇◇◇◇
それからクダンが語った内容は、凄まじいものだった。
レインは、なぜだか体の自由を奪われ罵られるまま、彼女の言葉を浴び続けた。
クダンの力によるものか、ひたすらに暴言のような予言を聞き続けることしかできなかったのだ。
彼女の知っているマンガ……物語の世界では、レインは悪魔召喚するも、使役に失敗。
チンピラ三下悪魔に、乗っ取られてしまうらしい。
「……そうやって、あんたはヒロインのサニーちゃんとヒーローのクラウドくんに滅せられるの。安い恋のスパイスね。ざまぁないわ!!」
酷い言葉だ。
「何、そのダサいモン〇ターボールみたいなヤツ? キモッ。痰吐き出すとかありえない。きっしょっ! マジないわ。あぁっ!! サニーちゃんのプワゾンエッグの元ネタって、もしかしてコレ? うっわぁ、これはヒドイわぁ!!」
自慢のゲルスラエッグも馬鹿にされた。これはレインのだ。レインが作った自信作だ!!
「サニーちゃんは、その汚物を魔改造して、イスターエッグみたいな香水瓶のアイテムを作るの。しゅーって、カードに吹きかけて召喚してたわね!」
下敷きを霧状に? コーティングのように吹きかけるなんて方法、初めて聞いた。
おまけに召喚陣をカード化して、魔術スクロールよりも手軽に携帯する?
新しすぎる概念だ、思考が追い付かない。
そんな斬新で高度で画期的な発明を、あの女が……。
「しゅーしてキラキラが宿ったカードに、キスして唱えるの。『つんよーいグリフォンちゃん☆お願い! おいしいごはんをあげるから、あいつをやっつけちゃってー!!』って感じで。あっさり召喚。さっくり討伐。事件は解決。ニューフェイスの召喚獣ちゃんと一緒に、手作りごはんを食べて仲良しこよし。それでめでたしめでたしよ!! ……単純で、分っかりやすいわよね。さすが、少女漫画!! はぁー、なつかしい。いろんなのが、喚ばれてたっけ。かわいかったわぁ」
クダンは、楽しそうにケタケタと笑う。
携帯可能で汎用性の高い召喚陣?
しかもなんてお手軽な供物、安すぎるっ。
そんなにホイホイ召喚ができるのか?
ないない。ありえない。
疑問を抱いても口は挟めぬまま、一方的に詰られる。
「フフ、ウフフッ。あんたはがり勉のくせに、召喚のこと、なーんも知らないもんね!センスの塊で、本当の大天才なサニーちゃんとは違って、駄目駄目だもんねぇ!!」
尚も、クダンは高笑いをする。
「知ってるのよ。あんたさっきまで、悪魔喚ぶ時に自分の全部を担保にするつもりだったでしょう! ウフフ。そんなんじゃ駄目に決まってるわよ! 報酬は終了時の一括払いでもいいけど、贄はただの喚び出し代、……交通費よ。 よそ様を喚びつけて、お仕事してもらうのには、他にもオゼゼがかかるのよ。 最低でも、作業代は別途で不可欠よね。なのに全部を先に支払ってたら、他に払うもんが、なーんもない素寒貧の丸裸じゃないの。馬っ鹿よねぇー!!」
この牛の愛らしい顔に反し、紡ぐ言葉の辛らつさに心折れそうになるが、惑わされてはいけない。
落ち着いて頭を整理するのだ。
罵りながら語るのは、召喚に関しての重要で不可欠な知識。
腹立たしい上、理解しにくい言葉を選んでいるが、聞き逃せない。
悔しいことに、この牛は分かった上で、レインを弄んでいるのだ。
「それに『彼の心を取り戻したい』だの『あの女に思い知らせたい』みたいな馬鹿で陳腐で、あいまいな依頼ってのは、最っ悪なの!! ブラック臭ぷんぷんの地雷案件。マトモな子は、鼻にもかけないわ!! つまり、あんたみたいな『高額交通費支給ただし給料はゼロ、仕事内容はゴミ』ときたら、最期は決まってるの。チンピラ悪魔どもに弄ばれるだけっ。騙されて、詐欺られて、取り憑かれて、そして最期は、骨までしゃぶられるってねっ!!」
いちいち、コケにする言葉を選ぶ牛に、心が乱される。
だが、少しでも正確に覚えるのだ。理解は後でも良い。
「それに対して、サニーちゃんは、適切な種族指定に、明白な依頼内容、必要戦力や達成難易度も簡潔。だから、短時間業務なら多少報酬が安くても、手隙の子が引き受けてくれる。……つまりは依頼上手、おねだり上手なのよ! 独りよがりなコミュ症でメンヘラのあんたとは、大違い!フフフ、惨めよねぇ!!」
様々な召喚に関する原則は、既存の論文にもない、全く新しいもの。
覚えるために、冷静に集中しようしても、サニーへの負の感情にも飲まれそうになる。
あの女が、あっさり使い熟すってどういうこと?
なんなの、なんなの、ありえない!!
わたしの今までの努力って何だったの!!!
駄目だ。冷静にならなきゃ。
レインは学校の成績だって、サニーよりも、ずっと良い。
母の残した資料から薬学の勉強もした。
父の残した資料から魔術の勉強もした。
開発した商品の製品化だって成し遂げた。
……騙されて、盗られてしまったけれども。
新たに始めた召喚術だって、たくさんの論文を読んで、特製の下敷きまで開発したし、こうして召喚だって成し遂げた。
努力家にも、召喚に関心があるようにも、全く見えないサニーが、圧倒的な才能の持ち主だなんて信じたくもない。
感性だけで、うまくいく、そんなの、なんなの。なんでなの!!
絶対に、認めたくない! 許せない!
クダンの術は、言葉や身体を縛ることで、感情の増幅も図る、いやらしいものでもあった。
◇◇◇◇
「そもそもね、クラウドくんを取り戻すも何も、最初から『あんたの』じゃねーから! あんたは一度だってクラウドくん、手に入れてないからね! 本当痛いよ。その勘違い。はんッ」
あざ笑うかのように、クダンは鼻をならす。
「彼の中では、あんたは世話しなきゃいけないペットや、クソウザお荷物なの。飼い主の双子に頼まれたから、たまに世話してやってただけっ! いい? あんたは三下悪魔と一緒に退治されるだけのお邪魔虫。どーせ、この屋敷も、二人のものになるんだから。地下にあるパパの研究室もキモ卵も。全部二人ために、リフォームされちゃうの。ウフフッ。良かったわね! 死んだ後でなら、クラウドくんのお役に立てるわよ」
両親と暮らしていたこの屋敷には、幼かったレインの安全を配慮した魔術的セーフティロックが、あちこちに仕掛けられている。
地下の父の研究室もそのひとつだ。
家の中なのに、まだ入室出来ない、レインにとっては、特別な場所で憧れの空間だ。
退治されたら、自分は死んでしまうのか。
その上屋敷を好き勝手。
そんなのは、ただの泥棒じゃないか。
レインの頭はさらに混乱する。
「そうして、ラブラブのサニーちゃんとクラウドくんは、みんなに愛されて、ワクワクの冒険をして、ぜーんぶを手に入れるのよ! ウフフ、どんな気分? フフフッ」
今の話は、未来予知。
レインの辿るかも知れない不幸への道筋。
悪魔召喚は、破滅をも喚び込むのだと、痛感した。
「それに、これからはあんたの大事なサンダース辺境伯家も、さんざんな目に合うのよ。ウフフフッ! 辺境伯領は、何度もマンガの舞台になるぐらい不幸のてんこ盛りなのよ。ネクロマンサーが英雄たちの遺体を扱う時に、あんたのパパがリサイクルされる話もあったわね! キャハッ、亡くなってまで辱められるって、浮かばれないわねぇ……。あ、安心して! へっぽこ薬師のママの方は、ちゃんとスヤスヤ身体を腐らせているから。まぁグール回こそが、本当のお楽しみなんだけど、ね!」
あざ笑うかのように、ウシは笑い転げる。
堪え切れず涙をこぼし始めたレインの表情を、クダンはじっくりと味わうように眺める。
「そーんなふうに、泣いても無駄よ、無駄ぁ。あたしが知ってるマンガではそうなの。そーなってんの。どーしようもないの! むしろ『教えて頂きありがとうございます』って土下座で感謝しなさいよ! メンヘラ女の分際でっ!!」
◆◆◆◆
かなり前の人生で読んだ少女マンガなんて、クダンにとっては、どうだっていい。
母牛の腹の中では、これまで視た記憶の反芻をして時間を潰すので、細部まで覚えているだけ。
実のところ、どうだっていい。思い入れなんて、欠片もない。
よくある魔法少女モノの中の駄作。
一時は少し流行ったけど、好みじゃない。
買ってた雑誌に掲載されていた、お目当てじゃないほうの作品の一つだ。
そんなマンガの敵役レイン・インバルスで、ちょっと遊びたくなっただけ。
悪役令嬢やら噛ませモブと、こうやって遊べるのはクダンならではの特権なのだから。
クソ漫画の雑魚キャラとはいえ、ひさびさの獲物。
こうして嘲笑い踏みつけるのは、本当に痛快だ。
破滅フラグ持ちの頭の弱い女を虐めながら、予知を行うぐらいの楽しみは、あって当然の権利だ。
仕事に支障のない範囲での、お遊び。
この後の作業も、こういう刺激を事前に与えておいた方が、処理が早く進むのだから、むしろ必要な手順。
◇◇◇◇
術を解除されたのか、レインはようやく口を開けた。
「あ、あなたは、何なの、悪魔なの? この予言や知識に意味なんてあるの? わたしはどうしたらいいの?」
聞かなければよかった?いや聞いたから、踏みとどまれた。
この屋敷もエッグも、守れる。
でもサンダース家が不幸になって、両親の墓まで荒らされるなんて……。
レインの周辺は、呪われているのか。
なんてひどい物語で、なんて厳しい予言なのだ……。
世界を救うサニーとクラウドでさえ出来るのは、終わった後の後始末ばかり。
防ぎ切れない不幸ならば、この知識に、予言に、意味なんてないのでは……。
増幅された感情と情報量の多さに、飲まれそうになる。
「あたしはクダンよ……。儚い女の子の無邪気なお喋りに意味なんてないし、あんたがどうするかなんて、知らないわよ。フフフ…。 まぁ不幸フラグの乱立の中で、まともな死に方ができるといいわねっ!!」
むせび泣くレインを前に、クダンは高笑いをする。
「さっきのすんごい匂い、まだ残っているわね。最悪! 髪に付いちゃったかも。もぉ、このまま帰りたいんだけどぉー! まぁ、せっかくだからあんたの事情も、一応聞いてあげるわ。ほら、さっさと吐きなさいよっと!!」
クダンは蹄を向け、レインの頭を蹴り上げた。
こいつの頭、さっき洗わせおいてよかったなと思いながら。
【プワゾンエッグ】
サニーが作った、キラキラの宝石がいっぱいついた魔法少女が持ってそうな卵型アイテム。
召喚陣の描かれた特製カードに、吹き付けて使用するタイプの下敷き。
【ゲルスラエッグ】
レインの作った元祖。外観はもみがら付ピータン。大粒の籾殻がスイッチの多機能搭載型。
召喚の際下敷きの役目をする半熟の黄身のようなものも出せる。キモくて臭そう。




