レインと悪魔は文化祭を楽しむ
芝居の幕が上がった。
レインたちのクラスは、『聖女物語』。
ヘルミーナ・プレディアヌ男爵令嬢演じる魔術師とペクーシス子爵令息演じる勇者のコンビが、放つ合体魔法や、アトミズ伯爵令息演じる聖騎士の剣技、コンヘラシオン伯爵令嬢聖女の適切な補助魔法も巧みで、大迫力であった。
ウェントン侯爵令息演じる魔王も圧巻の悪役っぷりである。
あの『フハハハハハッツ』にはレインも見習いたいものがあった。
雪降らし係として、パウダースノーを振りまいた。
さらにはクラッカー魔法をアレンジした単色の黒いゲルが飛び出し、その後短時間で消滅するという『消える魔球ゲルボール4号』も使用した。
闇魔法っぽいネチャネチャを浴びた四人が、阿鼻叫喚する演技には、非常に光るものがあった。
サニーたちのクラスは『宮廷聖女物語』。
聖女物語の第二幕と呼ばれる、王宮でのお仕事モノだ。
王子が権力志向の高位貴族の婚約者と婚約破棄して、国のために尽くす健気な聖女と真実の愛で結ばれるという恋愛話でもある。
宮廷の王子や側近たちと、様々な対立がありながらも、供に困難を乗り越える中で、やがて慕われるようになる。一途に国を思うひた向きなローズは、ワンマンな王子を改心させ、2人は結ばれるのだ。
聖女役のサニーは大好評だった。
オレンジ色のフワフワした髪の彼女は、親しみやすく前向きで元気いっぱい。
役柄にもぴったりだ。
クラウドや他の男子たちとも、前よりもさらに打ち解けているようで、校内で腕を組んで歩いているのを見かけた。聖女役になりきっているのだろうか。
聖女の衣装のまま、展示を見て回ることは、舞台の宣伝にも繋がりそうだ。
腕を組んでいる男子生徒に胸を押し付けてるようにしていたので、レインは少しだけイラっとした。
まるで押し付けるものがあることを、自慢しているようにも感じる……。
確かに中一のわりには、やや発達しているといえるが……。
はんっ、所詮、ヘルミーナ様には及ぶまい。魔術師のロープでも隠し切れない驚異の胸囲に勝てるものか!!
聖女としても、補助魔法とメイスで戦うアクア様のガチっぷりに、勝てるものか!!
レインは脳内で他人の力での勝負に挑み、勝った気分を味わった。
聖女の絵や刺繍の展示もたくさんあった。
歴代の王妃や国王をイメージした作品やレポートの展示もあるがローズに関連したものが一番多い。
これってもしかして、王家とプルヴィア家の力関係を表しているのだろうか……。
それともこれは、共同の情報改ざん作戦の成果なのか。
深く考えるといろいろと複雑だが、どうだっていいことだ。
どちらにしろ真の聖女は、ろくでなしなのだから。
この界をどうしたらいいのか。
ベルはどうにかできそうだけど……、一年後に結論を出せと言われた、つまりそれまでは何もしないのが、一番なのだ。
焦るあまりに安易な行動をして、ローズのようなやらかしをするわけにはいかない。
考えた末での行動にしろ、結果的に世界の寿命を縮めることになったら、どう責任を取るのだ。
崩壊はすぐではない。後二百年は平気らしい。
二百年後と言われてもぴんと来ないが、そんなに遠くもないのだ。
◇◇◇◇
「レインちゃん、高等科のお店に行こうよ」
中等科は、課題の展示と、舞台で講演だが、高等科は生徒が企画したお店である。
貴族の学生が主となる高等科では、クラスごとに、ひとつの店を出し、各領地の特産品の展示や販売を行う。経営能力や展示の見応えにより表彰されるこの限定出店は、貴重な品も多く生徒の家族にも人気が高い。
採掘される鉱石を使ったアクセサリーや、伝統の織物、領地のみで消費されている珍味や酒など、学生の祭とは言え、様々なものが扱われるのだ。
レインとベルのお目当ては、屋台である。
雇われた各地の領民が開く、たこ焼き、串焼き、一口ドーナツ、フランクフルト、たい焼き、ホットサンドにホットドッグ、パンケーキ、ホットワインや、レモネードの様々な屋台の出店もあるのだ。
どことなく、日本風味が混入されているのは、やはり少女漫画の世界だからである。
手を使わず食べられるものが多かったので『あーん』は受け入れた。
祭りの場ゆえ、これぐらいの無作法は許されるであろう。
ちなみに「不思議少女サニー☆サンシャイン」では、この日の舞台で聖女と王子役を務めた二人が、大喝采を浴び、後夜祭で打ち上げ花火をみて抱擁を交わす。
そして漲る愛の力によって、文化祭を襲撃して来たモンスターを倒すはずなのだが……。
◇◇◇◇
サニーが抱擁以上のことをしていたのを、レインは中庭で見てしまった。
花火が見えやすいスポットとして屋上などもこの日は解放されているのだが、校舎と校舎の谷間で、上空を遮ることなく視界が確保できる中庭も、実は穴場なのだ。
クラスの文化祭の打ち上げに参加したレインだったが、程々の所で切り上げた。
ラム酒の入ったパウンドケーキを食べ過ぎてしまい…、気持ち悪くなってしまったのだ。
まっすぐ飛んで帰っても良かったのだが、頭痛く、フワフワする。
瞬間移動の際、危険があってはいけないので、涼みながらゆっくり花火を見て帰ろうと、ベルに誘われて中庭に出たら、思わぬものを目にしてしまった……。
「ウップッ……吐きそうだ…。少女マンガって、少女向けの物語ではないのか?……こんな大人みたいなことしていいのか?というか相手は、クラウドじゃなかったのか?さっき二人で、校内一緒に回ってなかったか?」
「あの害虫、いろんな人に粉かけていたでしょう?乗り換えたのか、二股か。いや今二人に同時に股開いているから三股……?どちらにしろ、あの聖女と一緒でお盛んだね」
レインがドン引きしているが、ベルは平然としている。
「聖女って、そういうふうにできているんだよ。そういうふうに、作り変えられたんだ。ローズの影響で」
聖女は五人の男たちと奔放に楽しみ、それに腹を立てた男たちで彼女の乱闘になったが、魔王は、ローズがそのような女だと聞かされた時に、ショックのあまりこう口走ったそうな。
『ローズが、誰とでも寝る、誰の子孕むか分からん女なんて、信じられない!!絶対に違う。信じない。……信じるものか。……・たとえもしそうだとしても、それはローズが悪いのではなく、そういう血筋が悪いのだ!あるいは聖女とはそういうものなのだ!!』
その苦し紛れの責任転嫁の妄言が、後から呪を生むことになってしまったようでね……、その後ローズが王子一人だけを選んでいれば、回避できたものだったんだけど……、宮廷でも全く同じことが、繰り返されたんだ。
今度は王子以外にも、宰相子息、宮廷音楽家、文官、近衛などと、仲良くなってしまったのだ。
そうして複数人、メインはその五人と楽しんだ影響で……、その妄言が嘘からでた『真実』として、確定されてしまったんだ。それからは、聖女とはそういうものになってしまったんだよ。
『少なくとも、五人の男がいないと、胎めない』というように。
「さっきの芝居は史実をもとにしたのさ。以来、聖女の作り方って、他の人族と違って独特になったんだ。五人以上の相手がいないと、子が授かれないという生き物に。いや聖女じゃなくて『乙女』だね。プルヴィアの男たちの共有物の家畜。レインちゃんの母上はこれが嫌で、逃げ出した。幸い聖力も弱く、彼女の警備も洗脳も薄かったからね。結界に関する儀式を始めたら、聖女と見なされてローズの呪いが始まるから、若いうちにうまく脱走できてよかったね」
「五人以上…。深く考えたくもないが、それは逃げるな……」
「あの害虫の母親は元乙女だ。次代の乙女の母になる前に逃げたのか、途中で廃棄されたのかは知らないけど、外で裕福なパン屋と結婚したみたいだね。レインちゃんの母上と同じ父親か、その兄弟か、どれかが父親だから、あれは、レインちゃんの従姉妹か又従従妹、みたいなものだね。儀式をしなくても、ああいう生活していたから、胎から聖女化していったのかもね」
親戚だと?母上とサニーの母の父親不明の詳細については深く考えてはいけない。
サニーの父親についても深く考えてはいけない。
「母が元乙女。あいつが、従姉妹……。わたしもあのビッチの一族……。そして潜在ビッチ……」
身の危険を回避するため、呪いの詳細を知りたいような……、絶対に知りたくないような……。
「うっぷっ…。都会怖い、もうおうち帰る……」
「そうしようか。レインちゃんにはまだ早いね」
気持ち悪さは増したが、酔いは冷めたようなので、レインはベルに捉まって屋敷へと帰っていった。




