レインと悪魔は聖愛祭を楽しむ
聖愛祭は、聖女ローズを称え、愛と感謝を伝える日である。
家族や友人、日頃からお世話になっている人へは感謝の言葉をカードにして伝える。
恋人や夫婦ならば、男から女に薔薇、女から男にはチョコレイトを送り、愛を伝えあう。
そして誰かに新しく愛を乞うのならば『薔薇と、薔薇形で薔薇のシロップが入ったチョコレイト』を送るのだ。
少女漫画「不思議少女サニー☆サンシャイン」は日本の少女漫画の世界だ。
バレンタインの各国の風習に、乙女の喜びそうな要素が合わさって、こんな形になったのである。
サニーとクラウドは、レイン編の後、初めてのバレンタインで、お互いに『薔薇と、薔薇形で薔薇のシロップの入ったチョコレイト』を送り合い、ここで二人は初めての口付を交わしてようやく結ばれるのである。
サニーがチョコレイトを手作りしている時、クラウドがサニーを思いながらチョコを買い求める時、それぞれ二人は愛の祝福を授かる。
愛の力のよって、魔法剣と髪飾りには、更なる力が満たされる筈なのだが……。
◇◇◇◇
「ド腐れビッチなんか、誰が称えるものか!!」
祠で明らかになった話から、レインはすっかり聖女ローズ嫌いになっていた。
おまけに、日々のクラス内での芝居の練習で、『聖女物語』を意識せざるを得ない生活をしている。『中止だ即刻中止だ!!』と絶叫したいところだが、そんなことは絶対に口に出せず、鬱憤が溜まる一方なのである。
世界崩壊の危機だと言うのに、その元凶を称える気になど到底なれない。
『聖女物語』とは、ローズを主役に創作された物語だ。
実際の功績の伝聞は途絶えたものの、長く愛され慕われてきた。
特に恋愛談や冒険活劇談は好評で、今も語り継がれている。
そのように、授業でも学んできた。
まさか国家包みの歪曲された偽歴史だったなんて。
ちなみにC組の『聖女物語』は中等科一回生なので脚本は恋愛要素抜きの冒険譚となっている。
聖女と仲間たちが助け合い、魔王を倒す話だ。
最後は国に帰っての歓迎会。王子が彼らの健闘を称えて締めだ。
そんなわけで、演者たちは日々、アクションシーンの練習に励んでいる。
レインたちも雪山の背景を描いたり、勇者と魔術師が辺境からの旅立ちの場面の背景を描いた。
美術班の中で、分担をしたり、画材の融通したりと作業を供に行うなかで、たくさん会話も出来て、クラスメートとも打ち解けられた。
ヘルミーナ様にも『まぁ、すごい迫力ね!!……素敵。わたくしも本物の雪を、このような景色をこの目で見てみたいものだわ……』とうっとりされお褒めの言葉を賜ったのだ。
だというのに、あの聖女ときたら……。
あいつのやらかしのせいで、この『界』は……。
レインが生きている間はなんとか持つらしいが、そういう問題ではない。
演劇のために盛り上がっているワクワクとした雰囲気が、汚されてしまったような気分なのである。
◇◇◇◇
「レインちゃんに、僕にも薔薇のチョコを送らせて。どんな味のチョコが好き?」
「これ以上、薔薇はいらん。クソローズを思い出させるな!!だいたいどんな味って、チョコとは白いのと茶色のどっちかだろう。しいて言うのならば……、茶色の味の方がまだ好きだな」
レインの住んでいた辺境では、チョコレイトとは、王都から運ばれてくるもの。
輸送時に、湿度や温度変化でカカオバターがすっかり分離されているので、脂っぽく酸化したくちどけの悪い品ばかりだ。風味が悪く胸やけを招くことも多いが、栄養価が高いものと知られている。
ガツンと甘いキャラメルやヌガーや、ナッツが含まれているチョコレイトバーのような商品は、非常時に、糖分摂取と腹持ちを満たすものとして需要はあるのだが、あまりおいしいものではないのだ。
おいしいと思えるのは、おばばのアイスクリーム屋のチョコ味ぐらいだったが、それもカカオマスよりも焦がし麦芽が多く含まれているものなので……、レインはチョコレイトというものをまともに口にしたことは無かった。
「前に行ったアイスクリームを食べたお店で、いろいろなチョコレイトがあるよ」
「あ、あのお店ならば……、旨いのかもしれないな。あの宝石のようなキラキラは、そう言えばチョコレイトだったのか。あれならば食べてみたいものだな」
チョコレイトに偏見があったレインも、あの白い外観の店のアイスクリームには、心ひかれた。
放課後の小道具作りの作業に区切りがついたので、さっそく二人で向かった。
外からも、聖愛祭フェアの広告やディスプレイで、賑やかな様子が伝わってくる。
ショーケースの中には、前回食べたアイスクリームだけでなく、宝石のような艶やかなボンボンや、薔薇の花びらや薔薇の形を模したものなど、様々なチョコレイトが並んでいた。
「な、なんと華やかなのだ!!」
一粒一粒が、芸術品のようである。
バラをイメージしたデザインのものも含め、どれもこれも美しい。
「薔薇の形や、シロップの入ったもの以外にも、いろいろなのがあるよ。レインちゃんは、ミントチョコやラムレーズンチョコなんかはどう?」
「ラ、ラムレーーズンは、チョコもあるのか……。それは試さなくてはならないな」
薔薇のシロップは苦手なものもいるそうで、他にも様々なものがあったのだが、お試しで、ラムレーズンと果物の入ったチョコを合わせて四粒購入した。
もちろん半分こずつだ。買い過ぎは良くない。
レインの知っているチョコレイトとは、中に何かをいっぱい包んでいる、やたらと腹持ちする菓子なので、小ぶりに見えても油断ならないのだ。
カカオマスの含まれる分量など複雑なことはよく分からないが、持ち帰って家で夕食を軽めに取った後で、食べることにした。
◇◇◇◇
「ほうぅ……。とろける…」
繊細な甘さと蕩けるくちどけ、果物のシロップが濃厚で、何とも味わい深い。
あまりにも美味であった。
思わずパクパクとつまんでしまったが、どう考えても二粒では足りない……。足りてない。
もっと欲しくなってしまう。
贅沢に溺れるのは良くないが、さすがに少なすぎる。明らかに物足りない……。
「……レインちゃん、これは僕からだよ」
そんなレインに、ベルが差し出したのは、黄色と白と黒の花の絵が描かれたチョコレイトが、ビッシリと詰めらた菓子箱だった。
「おぉ、なんと雷花ではないか!!」
雷花とは、一本の真っ直ぐな緑色の茎の先端に、直径約十センチ前後の花をつける植物である。
花が咲いた後に葉が伸びるという、通常とは逆の生態を持つ、幅五ミリ、長さは四センチ程の花びらを六、七枚放射状に付ける独特のその植物は、ボルト領では愛されており、特に黄色の雷花は領花でもある。
黄色い雷花は、深い思いやりの心・追想・陽気・元気の意味。
白い雷花は、また会う日を楽しみに・あなた一人を想うの意味。
黒の雷花は、 再会、情熱、誓い、快楽の意味。
(『契約が終わり、別れても思い、再会を楽しみにしている』ということだろうか。)
ローズの象徴の薔薇ではなく、大好きなボルトの領花である雷花の描かれたチョコレイトをわざわざ用意してくれたことに、レインは胸打たれた。
祠で衝撃的な話を聞いてしまってから、ベルと一緒に過ごしていてもどこか気まずかった。
今後のこの『界』への不安もあるが、所詮一年だけの『友達』だと指摘されたような気がしたのだ。
自分は何も出来ないくせに、彼へ過剰な要求をしそうになったのも恥ずかしいことだが、契約が切れたら『友達』ですらいれなくなってしまうのでは……そう思うとそれが何より怖かったのだ。
けれど、こうして離れても終わらないという彼なりの『誓い』のようなものを貰えたことに、思わず涙ぐんでしまった。
「ありがとう、ベルくん……」
「レインちゃんだけを深く想って、快楽との出会いという体験を、何度でも何度でも、繰り返し届け続けたい、という情熱を持った誓いだよ」
異『界』人の美食家の表現は、いちいち重い……。
前にも言っていた、食との出会いだの体験がうんぬんと。
このような、こだわりが強く面倒くさい面もあるが、彼なりに、レインを慕ってくれているのだ。
「あ、ありがとう、ベルくん…」
暖かいコーヒーも入れてくれたので、膝にのせられたレインは、おとなしく『あーん』されることにした。引いてしまうほどに面倒臭いけれど、これも彼なりの好意の表現だと受け入れることにした。
黄色が蜂蜜ゲル。
白がヨーグルトゲル。
黒がエネドリ入りであった。
雷花は、玉ねぎのような小ぶりの麟茎に毒を持つが、でんぷんがふくまれているので、麟茎をすりおろし、水に晒し、毒抜きをして、団子にして食べられたという救荒植物でもある。
また、水腫が出来た際に生薬として湿布などにも使われているし、虫よけにもなる有益な植物だ。
通常とは異なる生態を持ち、毒のある雷花だが、『他者とは道を違えても、己の務めに邁進し、気高くあれ』というボルトの魂の花なのだ。
ローズという、たった一輪の毒花のしでかしたことを、このまま放置することはできない。
けれど、かつての当主であった名前すら忘れられた姉娘のように、自己犠牲の精神でいては、食いつぶされるだろう。
名ばかり貴族の中等科一年生という、己の度量を弁えて動くべきだ。
母の一族の薔薇よりも、この『界』のすべてより、雷花こそが、レインにとっては重要だ。
『界』やプルヴィアの一族の抱える問題は、大きすぎて、どうしていいか、分からなくなる。
だからこそ、自分やサンダース一族、ボルト領にとっての最善という、基本は忘れてはならない。
辺境領のために、何かしたいという所ならば何も変わっていないはずだ。
春休み、帰省したらヒート小父様たちに相談してみよう。
彼らに代価が払えるわけではないが、ベルの力だけを頼りにした考えは、もうやめよう。
みんなと話すことで、一人で抱え込むよりも、何か良いアイディアが浮かぶかもしれない……。
「むぐむぐ……。このエネドリ。うまいなぁ。どこで買ったんだ?」
「もちろん僕が作ったんだよ。よかった。レインちゃんが気に入ってくれて。はい、あーん」
ベルは、嬉しそうに、黄色い雷花が描かれたチョコレイトを更に口へと運んでくれた。
「むぐむぐ……。すごいなぁ!!ベルくんが作ったのか!!こんな立派なチョコレイト」
「そうだよ。僕の気持ちのたっぷりこもった手作りチョコレイトだよ。はい、あーん」
そう言ってまた口に入れられた。
気が付けば、チョコレイトは既に三分の一しか残っていない。
「……むぐむぐ……。すごくうまい。しまった。このままでは独り占めしてしまいそうだ……」
「レインちゃんが一人で全部食べていいんだよ。はい、あーん」
「むぐむぐ……。いや、さすがにそれはない。ほら、口をあけろ」
ベルの口に白い雷花を持っていくと、うっとりとするように指を舐められた。
チョコレイトをつまんでいた親指と人差し指、中指以外も味が付いていたのか、やたらぺろぺろと舐める。口では、遠慮をしていたが、余程腹を空かせていたのだろう。
「……レインちゃん、今日は何の日か分かる?」
「むぐむぐ……。ん?聖愛祭だろ?」
「そう、聖愛祭、この日に渡された愛を乞うチョコレイトを、一緒に食べさせあった二人は……」
「むぐむぐ……。雷花だから、我々の再会と互いに思いやりを持とう、という誓いだな。そら、食えっ!」
レインは、感謝を込めて、ベルの口が空くと、次々に残りのチョコレイトを押し込んだ。
このままでは自分ばかり食べて、無くなってしまうからだ。
咀嚼が落ち着いた動きを察知しては、すかさず詰め込んだ。
「そうじゃ…、むぐぐっ…。レインちゃん待っ…んっ!! むぐぐっ……。ちょっ!!! …むぐむぐ…。今日はそれでいいよ……。むぐむぐ…」
残りのチョコレイトを全部ベルの口に投げ込んだが、もっと他のものが欲しいなと訴えられたので、レインは、練乳と苺ゲルを掛けたパンケーキを用意して、ホットチョコレイトを入れてあげることにした。
「よしっ!日頃の感謝を込めて、今日は、わたしもお世話をしてやろう!」
「むぐぐっ…!! …思ってたのとはちがうけど…、むぐむぐ…、これはこれで、おいしいよ」
切り分けたパンケーキを、口に入れてやると、そう言ってベルも蕩けるように笑った。
雷花は、ヒガンバナがモデルですが、黒色はありません。花言葉などは創作も含んでいます。




