レインと悪魔は夜のピクニックに行く③
目が滑る長文説明なのでまとめがあとがきにあります。
「……さてレインちゃん。聖女とプルヴィア一族の話、そしてご両親の話。聞いてみてどうだった?両親の仇を討つ?プルヴィアの一族を全員吊るして結界をぶち壊す?それともまずは辺境領の呪いを説くかい?」
「……辺境領の呪いとは?」
「あぁー、呪われた勇者ってサンダース一族の御先祖様なんだよ。呪われた元彼勇者は辺境へ追放された。その影響で魔物がいくら氾濫しても、問題の無い国の端っこに。そうして解かれることのないまま、三百年間も呪われっぱなしの領主一族と、棄民の末裔たちの暮らす不遇の地が生まれたというわけだ」
情報過多である。
両親の全く知らなかった来歴やその死の真相には驚愕した……。母方のプルヴィア一族がねじ曲がった結果、女性たちが奴隷のように扱われていることにも吐き気がする。
それもこれも、全部無責任ビッチのやらかしで!
三百年もの間、この国がこんなにも大変なことになっていたとは……しかもその元凶は自分の先祖!!
聖女物語は、吟遊詩人などが脚色したものとは習ったが、国家主導の歴史改変だった……。
あんな害悪を、何故に崇めねばならぬのか……。
母の実家はかなり闇が深そうだ。両親が嵌められた妨害工作も確実にこいつらの仕業だろう……。
国に認められた計画をぶっ潰しておきながらも、平然としていられる一族。……かなり危険だ。
ボルト領のサンダース一族の通称、『五穀の稲妻』は、元は『護国の稲妻』だったのかもしれない。
あの一族の髪色、真っ黄色の黄は豊穣の色だと敬われているが、追放フラれ勇者の血筋に尊敬と同情を込めて慕われていたのか。サンダース小父様は額まで広がって更に可哀想だ……。
どこを、どうしたらいいのか…。
危ない話ばかりで、判断に困る。
「そもそも、どこでどうやって、こんな情報を得たのだ?」
「王家、プルヴィア家、有力貴族の各種秘匿資料、参考文献、関係者のお話を、耳にしたからだよ。レインちゃんの側にいる名目に、都合が良さそうな家を調べてたらたまたまね……。『界』の寿命に関しては地脈の確認もしたけど、ヒト族たちはまだ自覚してないようだね。結界があるから大丈夫だと過信し過ぎているみたい……緩やかな自殺を無自覚に迎えるなんて、頭がおかしいよね」
「ベルくんは隠密能力も高いのだな…。ん?『界』の寿命とはなんだ?」
「あぁ。この『界』はもうじき終焉をむかえるよ。まぁ大丈夫だよ。レインちゃんが生きている間はちゃんと持つから!」
「全く大丈夫ではない!問題しかないではないか!!」
更にとんでもない爆弾が投げ込まれた。
「そうかなぁ……。ここ、あと二百年ぐらいは持ち堪えそうだよ。だからレインちゃんの寿命の間は、ちゃんと平気なのになぁ……」
母方の親戚が、危険物のゴミだとか、そんなレベルの話ではなかった……。『界』が、世界が終わる?
そうだ。プルヴィア一族の女たちの犠牲のもとに高性能な結界は生み出されたが、それはあくまで応急処置だったのだ。肝心な魔王の封印は、ずっと放置されてきたのだ……。
「そういう訳にはいかないだろう!……まず確認したいのだが、魔王はどうなったんだ?ビッチにフラれた中で、今も生きているのは、魔王だけだろう?」
魔王は、悪者でなく必要な存在なのだ。魔力循環に欠かせない高位存在。なんでビッチ聖女なぞに騙されたのかは謎だが、きっと、彼も辺境育ちの世間知らずだったのだろう……。都会の悪い女に騙されたのだ。
少しだけ魔王に同情した。彼は今も封印と言う名の監禁の真っ最中。ボルト領のフラれ勇者の一族を、呪ったことには憤りも感じるが、魔王だって騙された側なのだ。今更だが、なんとか開放して謝るしかない。
「普通に、まだ封印されているよ」
「では、魔王の封印を解いて……、やらかしたご先祖について謝った上で、サンダース一族の呪いを解いてもらい、それから気候の改善に努めてもらう……と言うのはどうなのだろうか?それでこの世界は、救われるのではないか?」
「うーん……、呪いも封印も解くこと自体は、簡単さ。すぐにできるよ。けど今更解いてもね……。この『界』全体が、気候変動の影響で、すっかり魔力枯れして痩せ細ってしまったから……。正直焼け石に水だね。ただ開放するだけでは、もはや不十分なんだ。進行を止めることはできるけど、既に崩壊が始まっているから」
「崩壊……。なんということだ!!……世界を脅かしている元凶は、魔王ではなく、聖女ローズではないか!!なんて極悪な女なんだっ!!!」
ご先祖が、害悪過ぎる。
「まぁ、何もしないよりはマシさ。開放して病み上がりの魔王に呪いを解かせてから、即座に働かせれば『界』の寿命も少しは延びる。八十年ぐらいは、追加出来るんじゃないかな……」
「そうか……、ずっと閉じ込められていた魔王はすっかり病人なのか…。しかしそれでも、あわせて三百年もこの世界は持たないのか……」
「契約期間の間だけ、僕が魔王の代わりにここを支配して魔力循環をするという手もあるけど、たった一年だけ、急激に流れを良くしてもね……。逆に反動で、その後にどんな影響が発生するかまではさすがに読めないなぁ……」
魔王の即時開放や、その代理が務まると豪語するほど、美食家の力は桁違いのようだが、結局のところ、それはそれで問題が起こるのか…。
「開放した魔王を看病しながら土地を育てるという手もあるけど……、たったの1年ばかりではね……。時間が足りなさすぎるよ。ちなみに僕がサンダース一族の呪いをむりやり解くと魔王は即死。それでもこの界は百二十年近くは保つから。レインちゃんが生きている間は関係ないしそっちにする?」
「だから全然、全く大丈夫ではない!!やはり封印を解くしかないではないか!!そんなの放っておける訳……ベルくんだったらなんとかできるんだろう?!」
世界の存亡の危機なんて、今まで考えたことも無かったレインは、ただただ混乱するしかない。
規模が大きすぎて、どうすれば良いかも分からない。けれど、ベルがどうにか出来るのならば……。
「……ねぇ。僕はレインちゃんと、君の大切なサンダースさんたちとボルト領を守ると言う約束はしたけれども、国中やこの『界』の全てを守るという約束は、していないよね。……僕たちは友達になるという一年縛りの契約をしただろう。だから君を守るために、君を害する虫を駆除したり掃除をするけれど、崩壊を止めて、この世『界』のすべてを守るなんて、約束していないよね?」
懇願するようにベルの顔を見れば、いつもと変わらず穏やかな表情を浮かべているのに、その瞳の色はひどく冷たい。冷や水をぶっかけられたような気分になる。
そうだ。すっかり忘れていたが、確かにそういう契約だったのだ。
「……先ほどの両親の仇、プルヴィアの一族を吊るすとは、やはりそいつ等がわたしの両親を嵌めたのか?」
「そう。正確には当主の子爵と司爵たち、それと使える乙女を多数産んだ聖母と呼ばれる女たちによる、元老会のお歴々だね。まぁ他の連中も、どうせ似たり寄ったりの思考だ。まとめて駆除しても良いと思うよ」
両親の仇……、まだ実感はないが、憎くないかと聞かれれば憎い。けれど彼らはこの国を含め多くの国々の結界を担っているのだ。復讐を遂げることは、この世界の多くの人々への良くない影響を与えることに繋がるだろう。
「わたしに害のあるプルヴィア一族の排除、それとサンダースさんたちの呪いを解くところまでは、ベルくんにとって契約の範囲だけど、それ以上の事情は……、世界全体の危機には関知しないということだな?」
「そうだね。それはさすがに契約料を超えてしまうよ……。僕はレインちゃんと契約を結んだ友達だよ。いくら友達のためでも、そこまでするのは違うよね……」
「確かに……。そうだな」
ベルとはすっかり本当の友達のような、それどころか、家族のような間柄にもなった気でいたが、召喚で来てくれて、契約を結んだ、一年だけの間柄。『友達』なのである。
美食家がいかに強くて、規格外の存在だとしても、契約を超えたところまでの過剰な要求をするのは、筋違いだ。友達のためだけに、世界のすべてを救う、そんなの物語の中だけの話だ。
もし、それをベルに望むのであれば、それに見合うだけの対価を支払わなくてはならないのだ。何せ世界を救うのだ。途轍もない対価が必要だ。レインのすべて、なんてちっぽけなものでは、当然釣り合わないのだ。まるで足りない。足りる訳がない。
この『界』全体の危機ではあるが、三百年も前に自分の先祖が犯した罪。
その尻拭いを、全く関係のない、異『界』のベルに、丸投げできるわけがない。『友達』だからと無償でやれなどというのでは、勘違いも甚だしい。
レインだって世界は平和な方がいいが、そのために何かできるかなんて、考えたこともなかった。
自分が死んだ後であれ、この世『界』が消え失せてしまうなんて、考えたこともなかった。
これを誰かに言って、なんとかしてもらう?
サンダースさんたちに相談したって、対価が払えるわけがない。王宮に伝手なぞないが、仮にあったとして、誰が信じる?下手に目立てば、プルヴィアから何かされるかもしれないのに。
ベルが提案したのは、プルヴィアを滅ぼし、サンダース一族の呪いを解くという、レインのために世界の崩壊までの時間を早める手立てだけ。ならば、何もせずにいるのが一番なのでは?
世界の危機を知ったのに、何もしないのが、一番マシなのだろうか……。
「フフフ、そんなに悲しそうな顔しないで。大丈夫だよ。そんなに怖いならレインちゃんだけは、契約が終わったら、僕の『界』に連れてってあげてもいいよ。嫌なことは全部忘れて、一緒に楽しく暮らそうよ」
ベルはそう言って、涙をこぼし始めたレインの頬を、犬の様に、舐め始めた。
「勢いだけで何かしても、反って崩壊を早めることに、繋がるかもしれないからね。契約の終わる、今年の聖夜祭の晩まで、時間はまだまだあるから……。ゆっくり僕との今後を考えてね。そうしてレインちゃんの頭の中を僕でいっぱいにしてね……」
「うっ……ううっ………」
ベルは、スパイスと油まみれのレインの指を一本一本丁寧に舐ったり甘噛みした後で、綺麗にふき取ると、手のひらに口づけを落とした。
これまでも、この世話焼きな美食家にはさんざん触られてきたが、何だか今日は違う意味で触れられているように感じて、レインはドキドキした。涙が留まらず胸が痛くて張り裂けそうで仕方がないが、それだけではないフワフワとした陶酔感も感じてしまう。
この世界が崩壊の危機という課題どころではない状況なのに……。高揚する不思議な感覚を覆い隠すように、ベルの背中にベッタリへばりついて、屋敷へと跳んで貰うことにした。
大変!このままだと世界の崩壊の危機なんだって!
残された時間はあと二百年。
魔王の封印や、勇者の末裔サンダースさんの呪いを解いたりもしたいのに!!
いったいどうしたらいいの⁈
ベルくんなら全部どうにか出来るけど、レインちゃんの周り以外は知らないよって。
「大丈夫、怖いなら、ぼくんちおいでよ!」
思わず泣きだしちゃったレインちゃんを、優しいベルくんはぺろぺろしてあげたんだ。




