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レインと悪魔はグループ課題をする③

現実逃避をして、脳内でヘルミーナ様ごっこに興じている間に、クラウドはすっかり萎れていた。『キレやすい若者』は繊細なのだ。そっとしておこう。

我に返ったレインは、無難な話題を選択した。


「……我々は、学園祭のグループ課題に取り組んでいるのだが、クラウドもそれで図書館に来たのか?」


「あ、あぁ、僕もサニーたちと一緒に聖女たちの時代の建築物について調べていて……ってレイン………嬢たちも、もしかして同じテーマ?」


再起動が不完全だったのか、ぎこちなく喋りだしたクラウドに、机の上に並んだ本を見ながら、そう聞かれた。彼から『嬢』と付けられたのは、おそらく初めてのことだ。


「あぁ。まだ具体的な方向性は決まっていないが…、ざっくりとした建築に関する資料を集めていた所だ」


「ありがちと言えばありがちだし、被るのも仕方ないけど……。うーん……、どうしようかな。横入はしたくないし……、かといって僕が勝手に判断して変更する訳にもいかないし。とりあえず、一旦グループメンバーたちに相談して確認させて貰ってもいいかな?」


「そうだな、了解した」


 こだわりのあるテーマでもないが、こちらから資料を譲るのもおかしい。


 向こうも割り込むほどではないが、テーマを変えるならば他のメンバーへの確認と相談が必要なのだろう。とはいえ一概に建築と言っても、その分野は幅広い。

 お互いにテーマが被らないようにし、こちらが使わない資料を渡しても問題ない。


「クラウドくぅん☆資料良いの、見つかったぁ?」


そんな話をしていたら、サニーがひょっこりやって来た。


 かわいらしいフリルたっぷりのミニドレスに、オレンジの髪がふっわふわだ。例の髪飾りは……、装着していない。今日もコーディネートの問題なのだろうか。

 

 今日も鳥が一緒にいない。図書館はペット禁止なのだろう。

 きっとそのせいだ。焼き鳥が怖くて逃げたとかではない。


「あ、ベルくぅん!!それにレインちゃんも。この間はなんかごめんねぇ☆ちょっちタイミング悪かったよね!!!」


「……気にしなくていい。あの時は、こちらも急いでいたのだ」


「謝意は認識したよ。僕は食事時に邪魔をされるのが本当に不快なんだ。今後は絶対に控えてくれ」


 この美食家、顔は笑っているが発言は、きっぱりとNOを告げている。うどんの恨み、おそるべし。


 クラウドがサニーへと事情は話すと


「そっか☆じゃあせっかくだし、一緒にやろうよ!!」


 マイペースなサニーは、そう明るく告げた。


「……いや、それは無理だ」


「えぇ!!どうしてぇ?レインちゃん、もっと前向きにオープンに考えようよぉ!!」


「この課題はクラス内で、グループを作って行うものだよ。君たちAクラスと僕らのCクラスでは、合同で取り組むことはできない」


 ベルが課題の趣旨を説明していると、サニーたちのグループのメンバーがやって来た。


 マルテ・フォティア子爵令嬢、ダーロン・グラニティス伯爵令息、コッリス・エヴォメン男爵令息、モンス・イグフェール伯爵令息、ヴォルン・クラーテルズ子爵令息だそうだ。


 人の名前を覚えるのが苦手なレインは、この国の貴族は『す』が多すぎて覚えにくいと、自分の家名を棚に上げて思った。


 フォティア嬢と、グラニティス伯爵令息、エヴォメン男爵令息は、以前にも遭遇した覚えがある。おそらくあの時にサニーの足止めをしてくれた人たちであろう。


「合同か。確かにそれは無理だな……。文化祭では、クラスごとにレポートや制作物の展示をしないといけないからな」


「サニーさん。共通するテーマの課題を、それぞれのクラスで、つまり別グループとして、取り組むという形であれば可能よ。これはレポートではなくて、制作物の例になるけれど、聖女の肖像画や、聖女の花『祝福の薔薇』をモチーフにした刺繍を制作するグループは、例年多いそうなの。つまりわたくしたちと、インバルス令嬢たちで、別グループでも建築に関する全く同一テーマのレポートを制作することはできるわ。同一テーマのレポートで、それぞれが読み応えあるものを書くのは大変だけれども、やり甲斐はあるのではないかしら」


「同じテーマで、同じ資料使うなら、どうしても内容が被りそうだしな……」


「ぷー。せっかく図書館でこうして会えたんだし、みんなで楽しく課題、やりたかったのになぁ。一緒にはできないなんて残念☆ベルくんは同学年に編入してきたんでしょう?クラスは違っても仲良くしてね!!」


 以前にも遭遇した3人が、サニーをすぐに否定せず、なだめるように課題の説明を始めたことで、他クラスの者とはグループが組めないことを、納得させたようだ。

そのままA組の者たちと、状況を整理した。



「いや、お互いに建築に関するレポート制作って所しかまだ決まってないのに、無理に合わせる必要もないだろう」


「そうだね。サニーのみんなで仲良くっていう気持ちは悪くないけど、やりたい方向性が、全然違うことだってあり得るよね」


「まったく同じ資料で、同じテーマのレポートって、俺は嫌だな。他のクラスや学年でも建築関連のレポート考えているのもそれなりにいるはずだから、あり得ないことではないのかもしれないけど、少なくとも分かっている範囲では、避けたいな。そんなのつまらないじゃないか」


「確かに同感だ。そうだな……。ならば、そちらのテーマ決まったら教えて欲しい。もちろんこちらも教えよう。可能であればお互いに必要資料が重ならないように心掛けることとしよう」


「僕はレインちゃんに賛成だよ!!」


「えぇ、それが一番お互いに負担が少なくてよろしいですわね!!」


 そんな感じで、他のメンバーたちとも問題なく、平和的な合意形成が達成された。


サニーは、テーマが重ならないように意識するのなら、今この場の全員で話し合って、テーマを決めればいいと提案してきたが、さすがに時間のロスにしかならないので、その案は採用されなかった。


「んむぅ。ベルくんとお話しできなくて、ちょっと残念☆」


「あぁ、今回は残念だが、それぞれで頑張ろう」


「わたしたち、Aクラスでお芝居をやるの☆ベルくんも見に来てね!!」


 Aクラスも演劇をやることになっており、サニーたちのグループのメンバーは、全員が舞台に上がる演者だった。演目は指定されているが、脚本を現代風に修正しても良いので、その作業の間に、早めにグループ課題の資料確保に来たらしい。


 誰にでも、親し気で物おじしないサニーは、クラスでも中心的な存在の様で、皆に慕われているようだった。ときどき突拍子もないことを口に出すが、クラウドやクラス委員のフォティア嬢が、嗜める。  

 

 そうした一連の流れで笑いが起きるのは、いつものことのようだ。


 フォティア嬢を委員長、グラニティス令息をダー様、エヴォメン令息をコー様、イグフェール令息をモン様、クラーテルズ令息をヴォル様と呼んでいた。


 それが許されているのなら、サニーは、平民の中でも、かなり特別な存在のようだ。


 レインのクラスも身分に囚われず打ち解け合ってはいるが……、これほどではない。


 平民の生徒は、裏方が殆どで、武器屋や侍女や聖騎士団の端役にはいるが、メインの役をやるものはさすがにいない。

 

 彼らが言うには『ここはあくまで貴族の学園、プロの歌手や役者、その子供ならばまだしも、平民の自分たちが、出しゃばってまで悪目立ちしたくない』とのこと。


 親しい平民と貴族の生徒も、友達同士だけならば砕けた口調になる時もあるが、他の者も交えて会話する時には、それなりの話し方をしている。

 中等科一年生なので、多少の敬語が覚束ないところはあっても、『切り替え』はしているのだ。


 周囲から逸脱しているサニーの態度が鼻につくのは、友達がいないが故の僻みのようなものだろうか……。

 レインだって、ろくなマナーも身についていない、名ばかり貴族だというのに。

 偉そうに意見を出来る立場ではない。

 嫌いなサニーだからこそ、余計に気に障ってしまうのだろう。


 ここで身分差を持ち出して、楽しそうな彼らの仲に水を差すのは、さすがに見っともない気がする……。



「あ、ベルくん、良かったら連絡先教えて?資料を貸し借りするなら必要でしょう!!」


「僕らは、この三冊のイラスト入りの建築概論を借りるから、残りはお好きにどうぞ。ちなみに図書館の本を個人間で貸し借りすることは禁じられているよ。テーマが決まったら教室に報告に行くよ。クラウド・ヌービルム子爵令息の元へでも。それでは皆様、お先に失礼するよ」


「もう☆せっかくチケットあげようと思ったのに!!」



(さっきから一体なんなんだ?どうもサニーは、ベルくんにばかり話しかけていたような……。もしやわたしが影の者だから、こうして群れに紛れると認識されにくいとかなのか?)



「えぇ、付き合わせて申し訳ないわ。こちらも練習の合間に資料を読めるから、助かりますわ。お互い良いレポートにしましょうね」


「お互い頑張ろう」


 他のメンバーたちとは友好的に別れたのだがレインはどうもモヤモヤした。

 これが、影の者の背負う業と言うものなのか……。

次回は悪魔ではなく、クラウドくん回のマクマノクモマです。

何も狩りませしん食べませんが、ご了承ください。



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