レインは、お試しの召喚をする
いよいよ召喚するぞと、気合いを入れたところで、レインは不安になってきた。
延々と、妄想と独り言を垂れ流したせいで、頭は疲れ喉も乾いてきたので、コーヒブレイク終えたところ、冷静になってきたからだ。
それまでの、頭お花畑なMAX☆ハイテンション状態は、脱してしまった。
「……本当に完璧、なのか」
カチカチと出し入れをくり返した結果、ゲルスラエッグの機能には、何も問題はない。
けれどこれはあくまでも、おまけの機能。オプションなのだ。
なんやかんやと頑張ってるうちに、気付けば、携帯性やら収納力や環境配慮に、特化してしまっただけなのだ。肝心の召喚能力の向上は、うっかり置き去りにした、斜め上の努力の結晶だ。
ずっと籠って作り上げた中一女子の自由研究。
召喚は、神秘の術。ゲルスラエッグが、いかに素晴らしくとも、失敗する可能性もある。
まことに遺憾ながらも……、そのような残酷な結果に終わるかもしれないのだ…………。
ちなみに、デロデロなピータンの見た目は、全く問題視していない。
レインは、いつだって己の才能を信じているし、機能性を重視するタイプの人間なのだから。
◇◇◇◇
四の五の言っても始まらない。
とりあえず何かを喚んでみることにした。
全力の召喚で、すべてを掛けたっていいが……。いいのだが……。やはり、動作確認は欠かせない。
いきなり大物の召喚は難しくとも、小物ぐらいならば、余裕だろう。
よし。ざっくり試して、そこからまた考えよう。
道具や素材が、いくら完璧でも、召喚には『贄』が必要。大きな代償を伴うとも言われている。
なに、今回はただのお試しだ。家にあるもので手軽に済ませて、本番用には改めて準備すれば良い。
「ふむ…。そうだな。英知を司る神霊……、大悪魔の召喚術を授けてくれる存在を、喚ぼうではないか!!」
誰もいないのに、尊大なる口調で独り言を言う。
クラスメートとは連絡事項以外の会話はないので、日々のこうしたトレーニングは欠かせない。
偉大なる発明家の卵である、このわたしなら、いけるのではないか。
大悪魔の召喚は難しくとも、その召喚方法を知っているザコくらい……。
とんでもない高望みに、本人は至って無自覚だ。冬休みが長すぎて、自分の世界に入り込み過ぎてしまった弊害だろう。
「フム。知識を司る存在、相手にとって不足はないな……」
知的な精霊、神霊が好むという、知恵の実のしぼり汁を筆に吸わせる。
スイッチを押し、ゲル状シートを輩出し、鎮静効果を持つ香草で作られた魔術紙を乗せる。
知恵の実は、古い油のような臭いを放つ果物だ。
魔術紙は、きつめメントールを放つ。湿布に使われるものと重複する素材で作られているためだ。
それらを、半熟のピータンと合わせる……。完璧なチョイスに、本人的はご満悦だ。
レインは、機能性を重視するタイプの人間なので、嗅覚や美的感覚のような、アヤフヤなものには左右されない。
「ふふふ、あとは供物、供物だな」
知識や記憶力を高めるポーション、覚醒作用のあるカフェイン飲料は、最近の不摂生な生活で、全て消費してしまった。ストック切れだ。
レインは十三歳にして、既に末期のエネルギードリンクジャンキーなので、これは仕方がない。
代わりに、薬草庫のストックを漁り、丸薬と干からびた薬草をいくつか持ってきた。
アンモニア、カメムシなどに近い匂いがするものばかり。
それらが合わさることで……、地獄のような臭気が発生してしまった…………。
組み合わせとしては、どう考えても最悪だ。
けれど、長らく風呂に入っていない汚部屋の住人レインは、見過ごしてしまった……。
嗅覚が、すっかり大らかになっていたからだ。
そのまま、慎重に作業を行った。
◇◇◇◇
丁寧に、正確に、陣を刻む。
墨に、魔力という熱を通わせることで、素材は炙られ、臭気はさらに強まる。
筆を、通して紙にも伝わり、下敷きが、それらを界と界との間に浸透する。
陣を起動させ、召喚の呪文を唱える。 ここは手堅く定型文だ。
「我を知り、その先を知り、願いの果てを知るものよ。我が召喚に応え、我に、そなたの知識を授けたまえ」
召喚陣が、キラキラと煌めき、高エネルギー体の反応を示す。
まばゆい光とともに、室内に、モワモワとした黒いスモークが立ち込める。
「ふはは、ふははっ、ふっははは。やった、やったぞぉ!!」
霧が晴れるのを待つと、陣の中に生き物の姿が、確認できた。召喚成功だ。
◇◇◇◇
「げっふ、こんにちは、ご指名ありがとう。あたしはクダンちゃんよ!」
ソレは、たぶん牛だった。
身体自体は子牛ぐらいのサイズ。
白黒模様の牛の体。蹄。座り込んでいるように見える。
けれど首から上は人面で、きめの細かい色白の美肌。
肩ロース?の下ぐらいまでの流れるような黒髪。自分と同じ黒髪に、少しだけ親近感を感じる。
瞳の色まで漆黒色で、魔術師の石と呼ばれるヌーマイトの様に、煌めいている。
人の鼻に当たる部分に鼻輪、耳にもピアス。
あどけない若い娘のようにも、見える顔立ち。牝牛なのか?
知的な存在を望んだが、こうも巧みに人の言葉を操るとは。
それになんという美しさ。
レインが思わず見とれると、ソレはこちらを見て、顔を歪めた。
「ていうか、何ぃ、なんなのよ!? ここっ!!くっさ、くっさ。一体なんなの? 最悪っ。窓、窓、開けて。早く!!」
レインは、全力で換気した。




