レインと悪魔は冬休みの宿題をする
北の辺境と呼ばれる、ボルト領を治めるサンダース伯爵家は、卵の黄身のような明るい金の髪を持つ一族だ。
爺様は白髪で既に真っ白だが、領主のヒート小父様は金髪、嫁にきたコーラル小母様も少し色味は違うが金髪、双子のライトとトルスも金髪。
真っ黄黄で、明るい鮮やかな色をした金髪だ。
今は雪で覆われて見えない領主館のお屋根も黄色くて、秋の大金山や小金山だけでなく、町のあちこちも、真っ黄色なのだ。
黄色は『豊穣の黄』『実りの黄』『五穀の稲妻』と呼ばれ、雷の魔法を操り、危険なモンスターを退治してくれるサンダース辺境伯一家と、黄色いものは、この辺境では幸福の象徴であり、ありがたいものなのだ。
そんな一族の治める土地では、めでたい新年には、ありがたい黄色いものを食べる習慣がある。
バター餅、チーズ、マカロニグラタン、クリームシチュー、カボチャ、栗、黄金蜜柑、カスタードプリン、小金芋のスイートポテト、黄人参の酢漬けなどなど、とにかく黄色い。真っ黄色だ。
お金があるものも無いものも、この黄色いものがめでたい、ありがたいご馳走だと言う考えならば、贅沢なものが用意出来ないような家庭でも、幸福な新年を迎えことができると、根付いた風習だと言われている。
黄人参以外の黄色いものを食べ飽きたレインは、冬休みの課題に追われていた。
レインは真面目な優等生だ。
ドリルの類はすぐに終わらせたのだが、あとは最大で最後の難敵。
自由研究が残されていた。
正確には既に終わっていたが、提出しないことにしたのだ。
英知の結晶『ゲルスラエッグ』の存在は、秘匿するべきだと考えを改めたのだ。
万が一、提出したものをサニーに見られアイディアをパクられ、それをもとに、オサレなプワゾンエッグなるものを作られたりなどしたら……。
絶対に絶対に、許せないっ!!
しかし冬休み終了までは、わずかあと三日。
もはや時間もない。
一体、今から何を作ればいいものやら。
頭の中まで黄色く、めでたい新年仕様になっている今のレインには、悩ましい問題なのだ。
良いアィディアが、全く浮かばない……。
◇◇◇◇
レインは、ベルが持ってきたサンダース一家への贈り物のことを、思い返してみた。
どれもこれも、役に立つもので、みんなも喜んでいたからだ。
今回の帰省は急だった上、ただへばりついて来てしまったので、恥ずかしながらレインは、手ぶらで帰って来てしまった。
抜け目ないベルは、各々へのお土産をちゃんと準備してきていた。
レインと同じく、手ぶらのように見せてはいたが、彼はちゃんと四次元収納に土産を持ってきていたのだ。
フードの中に入っていたのが、自分だけではなかったとは、さすがに思うまい。
『このわたしの大切な友達だ』と紹介したことで、最初から歓迎されていたベルだが、持参したお土産の効果により、なんて気遣いのある立派な青年なのだと、一層の歓迎をされた。
爺様へは、馬の内臓や肉を干した健康食品を。
馬肉の何が健康に良いのか、レインにはよく分からなかったが、桜鍋を食べた際にも、馬肉の成分で、爺様は関節痛の痛みが軽減されたらしい。
お陰で、雪かきが楽になったようで、本当に良かった。
ジャーキーのわりに硬すぎず、フニャフニャと柔らかいので、歯にも優しく、食べやすいらしい。
小父様へは毛が生える薬を。
馬の油やらを使ったナニカだ。
モンスターは退治したし、春になれば土壌もマシになるだろうから、小父様の額の領土も、これからは守られるはず……、だ。
小母様へは美容液や、馬の油を。
人魚の涙由来のエキスが濃厚で、うるおいが蘇るらしい。
レインには化粧品のことは良く分からないが、試してみた小母様は、感激のあまり泣き出したほどだ。
双子は、馬肉ジャーキーと、水色の糸で編まれた腕輪を。
認識阻害に掛かりにくくなる効果あるらしい。
食べ盛りの彼らはジャーキーの方を喜んだが、腕輪も貴重な品らしい。
辺境はモンスターも多いので、防犯グッズは役に立つだろう。
各々のことを考えたお土産を渡し丁寧に挨拶をする、礼儀正しいベルの姿には、レインも鼻が高かった。
だがベルの贈り物は、どれもこれも身体に付けるものや口に入れるものばかりではないか!
そういう類のものは、薬師資格のないレインには、制作を認められていない。師匠である亡き婆様との約束だ。
せいぜい自分のために、保存食のゲルを作る程度。
これでは宿題の参考には、ならなかったな……。
王都の都会力を駆使した贈物を自分の手で用意できなかったのも、非常に悔やまれる。
次回はリベンジだ。
小金を稼いで、必ずや、すごい土産をたくさん買ってくるのだ。
そう考えているうちに、いかにしてカッコイイ王都の名産品へと買ってこようかと思考が移りかけたが……、今は課題をするべき時間であった。
「結局のところ、何を作れば良いのだ……」
頭を抱え出したレインを見かねたのか、ベルが声をかけてくれた。
「レインちゃん。防虫ゲルは、どうなったの?」
「あれは虫のいない時期では、実証実験のデータが揃わないことに気がついてしまったのだ。特に雪国の辺境では、虫など存在していない」
その事実に気付いたのは、つい先ほどだ。
これでは冬休みの宿題として提出できない。
役に立つものなので、また暖かくなってから開発は再開したい。
しかしレインは「今すぐ」使える、役に立つもの、そしてみんなが喜ぶものが作りたいのだ!
「この間の罠にかかったヘドロスライムやあめふらしは、何かに使えない?」
「あれは春まで放置ではないのか?」
「そろそろいっぱいになって来たし、一旦回収して、また再設置しようと思ってたんだよ」
四次元収納機能のついた箱の、最大収納量の基準や、その確認方法は不明だ。
モンスター共は領地を病ませた憎い存在だが、冬眠を必要としない寒さに強いその特性は、確かに何かに使えそうだ。
回収した死骸を確認した後、レインはじっくりと考えた。
◇◇◇◇
そしてついに完成したのが、あめふらしを素材にした『融雪ゲル』だ。
これは、凍結した場所や凍結を防止したい場所に砂と混ぜて撒くタイプのものだ。
塩由来の成分を使っていないので、従来品より馬車の金属部品などを錆びつかせるリスクを減らせ、場所を選ばずに使用できる!
欠点としては、あめふらしが原料のせいか、雨には弱い。
粉雪ならいいがみぞれの際も、やや効果が薄れてしまう。
まだ改良は必要かもしれないが、天然由来の成分なので、環境にも優しい。
雪をジョワジョワワっと溶かしながら、蠢く黄色いゲルのなんとも頼もしいこと。かわいらしいこと。
雪が解けてきたら、畑の周囲に撒いてもよさそうだ。
目鼻の利くライト兄ちゃんは、容器にする古い小麦袋を集めて持ってきてくれ、手先の器用なトルス兄ちゃんには、説明書に絵も描いてもらえた。
ほぼ水分でできているあめふらしと、その排泄物から抽出した尿素が配合されているので、オシッコの絵がとっても分かりやすい!!
『融雪ゲル』は、厩の周りや玄関前などに撒くのにも、歓迎された。
滑ったり、転倒したりするリスクも軽減されて、一家も大喜びだ。
「フフフッ、すごいぞ! すごいぞ融雪ゲル! やはりわたしは、すごいのだ!! これならばサニーとて、オシッコ臭のするものをパクって、香水を作れまいっ。フフフ、ざまぁみろなのだ! 我が作品を汚すことなぞ、許してやるものかぁ!!」
もろもろ上手くいき、すっかり安心したことで、新学期の登校も、楽しみになってきた。
こうして無事、自由研究を終わらせたレインは、皆に見送られつつ無事王都への凱旋を果たしたのだ。
マウスピースを加え、ベルの背中に、へばりついたまま。
尿素と言うかまんまそのものな匂いがします。
めでたく宿題も終わったので、冬休み編は終了となります。
マクマ一話を挟んで、その次からは学園に登校します。
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