レインと悪魔は雪国へ跳ぶ
——『不思議少女サニー☆サンシャイン』では、2人にとって2年生になる二度目の夏休みに辺境領に向かう。
クラウドくんの抱えてきた悩みと、彼の長閑な故郷、辺境伯領で様々な問題と向き合うのだ。——
ここ数年悩まされてきた土壌の問題の原因を、二人で探して、解決する。
困ったちゃんな『あめふらし』やどろどろ『ヘドロスライム』をやっつければ、土地は蘇り持ち直す。
ヌルヌルのジメジメに、すっかりお冠の『水銀狐』だって、一緒にお昼ごはんを食べれば、もうお友達。
すっかり仲良しさんに、なれちゃった。
クラウドくんの兄貴分な素敵な双子のお兄さんたちには、ちょっぴりドキッ☆とさせられちゃうし。
彼らや召喚獣ちゃんたちとも一緒に、みんなで畑をお手入れして、ごはんを食べて、夏を楽しむ。
そうして過ごした素敵な夏休み旅行のメインイベント、夏祭りの晩に、クラウドくんは、わだかまりのあった実の兄との再会を、果たすのだった……。
◇◇◇◇
朝起きて、キノコと魚介のスープを飲んだ後、レインは、裏地がぬくぬくの防水ケープと雪用ブーツへと着換え、玄関ホールへ向かった。
髪も移動用とベルが耳の下で三つ編みを二つ作ってくれたので、首回りもいつもよりもずっと暖かい。
「準備できたぞー」
黒いキルティングのような防水コートを着ていたベルに、手袋、マフラーと猫耳のついた毛糸の黒帽子を被せられ、さらには同じ素材の黒いブランケットというより寝袋の様に全身を包むもので覆われた。
まだ準備不足と主張したいのなら、自分で着るのに……。
あとこの寝袋はなんだ!!
こんなの着たら歩ける訳がない。
「レインちゃん有袋類って知ってる?」
彼の『界』にあるとある大陸には、有袋類という珍しい生物たちが生息しているそうだ。
腹に子供か、司令塔役の小型の生物を入れる袋をつけている獣たちで、思考跳躍鹿や計算狂と呼ばれるものが、特に有名らしい。
その説明の後ベルのコートの胸元に、レインはいきなり寝袋ごと固定されてしまった。
にっこり笑うベルと、急に近距離で視線が合って、驚いた。
異様に顔が近い。
「……ベルくん、これはどういった所業だ?」
すぐ近くにある胸ぐらを掴んでは、グイグイと引っ張る。
これは明らかに間違っている。
この体勢は、どう考えてもおかしい。
羞恥というより怒りすらも、覚える。
「裏切りものめっ! まさかこのわたしを勝手に縮めたというのか!!」
勝手に身長をいじる術を掛けるなんて、何という非人道的な振る舞い。
どう考えても許される所業ではない。
レインとベルとの身長はわずか五十センチ程度の差しかないのだ。
どう考えても、今は半分以下に、縮んでしまっている。
なんと恐ろしい魔法だ。
いつも『たくさん食べて、大きく育ってね』と言ってくれていたのに。
これが、裏切りでなくて何だというのだ。
悪魔ならではの、召喚者の肉体をどうこうという奴なのか。
レインは、ベルのにやけ面を、激しく睨みつけた。
「まさか、そんなことしないよ。安心して。このコートは四次元収納仕様になっているんだよ。辺境領は冷えるし、雪が二十メートル以上積もっているから、歩くのも大変だよ。昨日『任せて』って言ったでしょう? つまり僕が移動手段。足になるんだよ。現地までは魔法での『瞬間移動』。向こうでは『飛んで』移動するから、レインちゃんはこうして僕に捉まってて。お互い手が空いてないと、危ないからね」
「すまん、勘違いをした。なるほど。確かに手が空いてなくてはモンスター退治は困難だな。これなら移動も楽だし温いものな。うん、よく考えたものだな」
辺境方面へ行く、馬車も移動用魔法陣も、今の時期は運行不能だ。
雪の影響や、それに伴う通信障害のためだ。
それでも行こうと誘うからには、異界人のベルには何か、ここでの常識とは違う、何か特殊な移動手段があるのだろうと、考えてはいたが……。
『瞬間移動』に、『飛行』まで出来るとは、もはや圧巻である。
特級を通り越して、もはや伝説級の魔法ではないか。
物語でしか聞いたことがない。
しかしおとぎ話からイメージしたものとは違い、付き添い役は、このようにへばり付く羽目になるとは、なんとも情けない……。
けれど、暖かくて楽なので……、レインは細かいことは気にしないことにした。
体が四次元に収納されても、今後の成長への影響がないことは、しっかりと確認したから、問題ない。
レインは王都の発育の良い同世代と比べると……、やや控えめな身長なのだ。
だがこれで何も問題はない。
異界には、凄い魔法も便利なアイテムも、いっぱいあるようだ。
少しかっこ悪い気もするが、あくまでこれは移動のため。
念のため、レインも脇から前方が確認できる様に、再度背中側に固定し直してもらったので、これで一層安心だ。
フードのやたらと大きいコートのフード部分に入っているような状態だから、問題ない。これで見栄えもグッと良くなった。
瞬間移動では、舌を噛みやすいそうなので、それを防止するマウスピースも装備して、今度こそ完璧な準備が整った。
◇◇◇◇
瞬間移動であっという間に、サンダース一族の治めるボルト辺境領へ到着した。
外気はマイナス二十度。積雪量は平均二十五メートル。
街中の一部道路は、雪かきや除雪剤の使用により移動可能ではあるが、外部からは完全に閉ざされている。まさに陸の孤島だ。
領地へは到着したが、ベルはそのまま上空をぐるぐる旋回するので、それに合わせてレインは揺すぶられている。瞬間移動に伴う体調異常が無いかの確認であろうか。
幸い、雪は止んでいるので濡れることもないし、地面に足をつけていないので埋もれることもないが、凍えるような寒さは変わらない。
「フフフ、ボルト領に無事到着だよ! 初めての遠出だね。レインちゃん。楽しいけど少し冷えるから、さっさとお片付けしようねぇ。危ないことはしないから後ろにいれば安心だよ!!」
背中をトントン叩いてくるベルは、こんな気候にも変わらず元気そうだ。
レインも、背中を叩き返して、分かったと合図を送り返事をした。
「この辺りでいいかな。じゃあ早速、ヘドロスライムとあめふらしから、片づけるねぇ」
そう言うとベルは、レインのマウスピースを回収すると、どこからか、黒い丸い容器と木箱のような道具を取り出した。
「それはなんだ?」
「罠だよ。黒いのは中に餌があって入ったら出られない構造。こっちの木箱は柱に魔物の好む匂いが塗ってあって寄ってきたところで、仕掛けがくるっと回転して網側に閉じ込める仕組みだよ。黒があめふらし、木箱がヘドロスライム用さ。さあ、さっそくあちこちに設置しよう!」
「なるほど。どちらも便利な罠だな」
上空からぽいぽいと、容器や箱を投げると、スッと雪の中へと深く埋もれてしまうが、どこからともなくヌルヌルどろどろしたものが、雪をかき分けつつやって来る。
あめふらしや、ヘドロスライムは、冬眠しないどころか、雪の影響もなんのその、そのままスルスルと中へと吸い寄せられていく。
箱に対して、明らかに大きな雪跡を残す魔物ばかりなのに、何故だかすんなり大量に消えていく。
恐らく、これらにも四次元収納の機能が付いているのだろう。
自分もスライムと一緒かと思うと複雑な心境になるが、寒さの前には細かいことは、気にしない。
「よし。これで後は、後日に様子を見にこようね。次は水銀狐を片付けようか」
「ここはもうこれで、終わりなのか?」
「うん。ここからは少し動くから、レインちゃんはサンダースさんちに先に行って温かくして待ってるかい?」
「水銀狐とは山神さまだろう。わたしも立ち会おうではないか。懐柔をするのか? それともまた罠か? 仕掛けるならば、良いものを用意してあるぞ」
レインは山にいると言われている水銀狐を、一目見てみたかった。
このために狐が好むという『油揚げ』も、ちゃんと持参するほどに。
「神ではないよ。あれは少し長生きしているだけのただの偏屈な大狐だよ。討伐しても山には何の影響もないから、ちょっと叩いてくるよ」
「討伐なのか。ならば話が早い。ここに良いものがある。ほれ。隙を作るにはこの油揚げがあるぞ!」
ただの古狐ならば討伐に異存はないが、油揚げは、ここで活用しておきたい。
そこは譲れない。
レインだって、本当は事前に武器の準備を、検討していた。
お掃除ゲルを合わせて作った、投げるとガスが発生する、ゲルボール一号や、発火性の高いゲルと、着火剤とをかけ合わせた投げるだけの、ゲルボール二号だ。
勝手に味見をしたベルが『噛むほどにうま味が出て……おいしい!! ……けど武器として携帯するには、安全性に問題があるね』というので、潔く諦め、全部食べて貰ったのだ。
スナック感覚でつままれてしまったが、たぶんあれも一種の製品テストだ。
不合格を食らった以上は、持ってこれなかった。
代わりに何か使えそうなものをと、家の中をひっかきまわし、そうして見つけたのが、この油揚げだったのだ。
これさえあれば、完璧な隙を作ることが、出来そうだ。
「いや……、巣穴で寝てるのを、ちょっと気絶させてくるだけのつもりなんだ。レインちゃんは、近くの木の枝にでも座って、応援しててね。えっと、………せっかくだから油揚げは、後で僕らでおいしく食べよう、ね」
ベルは素早く動き出した。
山神さまがいると言われる秋に紅葉で真っ黄色に染まることから大金山と呼ばれている山に到着すると、そのまま雪にまみれた山道を、登っていく。
もちろん浮いたままなので、登山ではないし、レインを背中に張り付けたまま、山道に沿ったただの飛行である。
森の奥深くまで到着すると「じゃあ、ちょっとの間、ここで待っていてね」と雪を落とした針葉樹の大ぶりの枝に、サッとシートと毛布、それにクッションまで引いて、寝袋ごと座らされ、防水布を上の枝から、屋根のようにレインの周りに吊るされた。
ハチミツとショウガの入った紅茶入りの水筒まで渡されて、『ちょっと』の待機時間を、快適に過ごすための心配りが、過剰である。
これでは応援タイムではなく、ただのピクニックでの優雅なティータイムだ。
少し離れた地面に覗いている雪穴のようなものへと、ベルは向かっていく。
雪深い山奥でレインが一杯目の紅茶を飲み干した頃、静寂を割るようにパシッと鞭打つような音が一度響くが、その後はまた無音の世界に戻ってしまった。
「え? なんだ⁈ もう終わりなのか……? 鞭で叩いたような音も一回しか、無かったぞ⁉」
それから五分ぐらいして戻ってきたベルは、大月ヒグマよりもでかい銀色の狐をぶら下げていた。
「なんで、あの一回で、四メートルはありそうな狐が、気絶までするんだ……」
「お待たせ。これが水銀狐だよ」
「で、でかいな。こんなに大きかったら、そりゃ山でいばるわいな」
「レインちゃんたちが食べるには向かない生き物だけど、毛皮はとっても良いんだよ。綺麗に洗って、お揃いのコートを仕立てようね」
「小母様と嫁に行った姉さまの分も、作れるか?」
「うーん、さすがに四人分には足りないかな……。それなら襟巻やミトンにして、全員にあげることにしようよ。狐は寄生虫がいるから触っちゃ、メッだよ。ほら、すぐ仕立て屋に送っちゃうから……、毛並みは出来あがってから、楽しんでね」
転送魔法を使用したようで、大狐は姿を消した。
それから、二年生の夏の話よりも、さらに後にマンガで出てくる、ネクロマンサーの回やゾンビ科学者の回に備えて、墓地に上空から、ベルが結界を張ってくれた。
雪が多すぎて寒すぎて、正直ここが本当に墓地なのかも、どのあたりに両親の墓があるのかも、レインには全く分からなかったが、黙とうを捧げた。
そうして、ようやく2人は山を下りて、サンダースさんちへ向かった。
街の暖かな明りが目に入るとホッとする。
いくら雪で覆われようと、上空からでも分かる。
ボルト領で一番大きくて、一番大好きな場所だ。
八月末に王都に向かってから、四カ月ぶりの帰省となった。
雪の中の突然の訪問に、一家は驚いてはいたが、喜んで出迎えてくれた。
双子のライト兄ちゃんと、トルス兄ちゃんも、少し大きくなっている気がする。
小父さんの後頭部も広がっているが、これはあまり育ってほしくなかった。領地経営の悩みが多いのだろう。
爺様と小母さまはあまり変わりがないようで良かったが、都会の荒波に揉まれたレインだって、確実に成長している筈だ。
雪で帰省を諦めていたが、こうして会えて本当によかった。
再会を祝して、その夜はベルが桜鍋というごちそうを、振る舞ってくれた。
そこにはちゃんと、レインの持参した油揚げも入っていた。