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レインと悪魔は焼肉を食べる

「今晩は馬肉の焼肉だよ」


「贅沢だな。うまっ…!!」


 薄切りにした肉の様々な部位の表面を軽くあぶり、塩とオイル、ショウガ、レモンなどと頂くのは何とも豪勢だ。


 馬肉とは、珍しい食材だ。


 ロース、ヒレ、モモ、バラなど他の肉でも聞き覚えがある部位以外にも、タテガミ、イチボ、ブリスケなどがあるらしい。 


 それを、一枚ずつ卓上の火鉢で焼いては、皿まで運んでくれた。


 トロっとしたとろけるような舌触りの脂身の多いものや、赤身の多いものも肉のうま味と食べ応えがあって、それぞれよかった。


 下味のタレに付け込んだものも良い。

 果物と玉ねぎの入ったまろやかなタレの味が浸み込んだ肉は甘く、臭みを感じず、飲み込むように、口へと運んでしまう。


 今日の肉は濃厚なわりに、しつこくなくて、レインにも食べやすい。


「良かった。お代わりもあるから、レインちゃんもっともっといっぱい食べてね。そして大きくなろうね!!」


 どれもちょうどよい焼き具合になると、ベルが取り分けてくれる。


 レインの好きな甘くない炭酸水、酢漬けや和え物などの口直しや、様々な調味料を用意してくれた。


 口を飽きさせないための配慮も憎い。

 何と豊かな晩餐だろうか。


 人質ならぬ肉質を取られては致し方ないので、口元に運ばれるまま『あーん』にも何回か付き合ってやったが、焼き頃も食べ頃も冷まし具合も、完璧なで、文句の付け所がない。


 それが却って悔しいので自分で取ろうとしたのだが、単純なようでなかなか難しい。


 生肉用トングで焼けた肉を掴んでは、危険だとか初めて知った。

 生肉用と焼けた肉用とでトングを使い分けることは、安全で重要なことらしい。


 トング管理権は奪われたので、再戦で直フォークという、令嬢的に完全アウトな技で挑むことにしたのだが、選んだ肉を口に入れたら、熱すぎたり生焼けだったりで、散々だった。

 

 その上、タレや肉汁で服まで汚してしまう始末で……。

 おかしい。こんなはずでは…………。


「レインちゃんは、頭も心も休めて、お食事だけを楽しんで。ぜーんぶ僕に任せておいていいんだよ♡」


 ただ肉を焼くだけの原始的な調理法のようでありながら、意外と奥が深い。

 調理スキルの無いレインには、難易度が高い料理のようなので、観念して『あーん』される人になった。


 病人や幼児でもないのに、おかしいような気もするが、これもベルの『界』では友達として、普通の『お世話』らしい。


 レインは、もう深く考えないことにした。

 だって肉、おいしいし。


「やるではないか、ベルくん。焼肉は最高だなっ! それにピカピカのキッチン。食堂だってピッカピカだっ。ますますおうちが大好きになったぞっ! 

 ふははっ。これは研究も捗ってしまうなぁ!!」


 レインは、防虫ゲルの試作品がいくつかできた喜びに、頭を切り替えた。


 クローゼットの衣類を守ってくれそうなゲルは出来たから、後は布を溶かして穴を開けないように、改良すれば良いだけだ。


 自作の防虫ゲルは確かに虫は避けてくれるが、虫の代わりに服に穴を空けるところまで、頑張ってしまうのだ。

 まぁこの程度の副作用なら問題はない。完成は近い。


 そう、夕食がご褒美焼肉になったのも、当然だ。


 頑張って頭脳労働したレインが、口まで肉を運ばれるのは当然なのだ。

 既に我が家は虫から勝ったのも、同然なのだから。


 この肉汁は勝利の味だ。

 よく嚙み締めよう。自分では取れないから……。


 わんこそばならぬわんこ肉にされぬように、顎をしっかり働かせねば。

 

 うん、肉うま。



◇◇◇◇



「レインちゃん。クダンの言っていた予言、覚えてる?」


 予言? そうだ。

 今日は研究に忙しく、つい忘れていたが、これからは不吉な予言のもたらす運命を、阻止しなければならなかったのだ!

 

 大らかなレインは、あまり細かいことにはこだわらないので、ついつい面倒くさそうなことは、先延ばしにしてスルーしてしまう。


「えっと『七不思議編』に、『レイン編』に……。あれ? 『レイン編』?! 

 まずい、ベルくん。『レイン編』はまずいぞ!!」


「いやレインちゃんは、クダンの言うチンピラ三下との契約をしていないから、それはもう大丈夫だよ」


「でも悪魔のベルくんと……、既に契約してしまったのだぞっ」


「大丈夫だよ。僕はそういうのじゃないから。レインちゃん、ストーリーにあった三つのお願い、僕とはしてないでしょう? 半端な精神体だけで、この『界』へ来るような連中は、位が低いんだ。移動だけでも草臥れちゃうぐらいにね。だから正式契約を結べる程の力は残ってなくて、三つのお願いを叶えるという、臨時の契約をするんだよ。たいていの場合、その三つの願いと引き換えに、力、魂、肉体といった物を求めてね」


「ひえええっ、なんと恐ろしい……」


「もっとも、マンガでのレインちゃんは、召喚の時に既にすべてを賭けていたから……、なお悪いね。喚ばれて行くだけで仕事をする前に本人の肉体も魂も手に入ってしまうんだ。更に周囲の魂も含めて、根こそぎ取れるものはすべて分捕ろうと考えるような、弱いくせに質の悪いのが、来ちゃったんだろうね。困ったもんだよ。クダンの言葉じゃないけど、チンピラとしか言いようがない。僕は、絶対にそんな下品なことはしないよ。レインちゃんを大切にしたいだけさ。こうして既に自分の肉体もあるし、最初から元気に正式な長期契約だって、結べているだろう?」


「あ、う、うん……本当だ。確かにそういわれれば、そうだな」


 位云々はよく分からないが、ベルは紳士だ。

 元々は高貴な家の出身。

 貴族位のようなものだとしたらきっと上位だったのだろう。

 立場を追われるも、美食家として職も得ている、真っ当な紳士だ。

 

 クダンの言うチンピラとは、明らかに違う。

 どこにでも、ろくでもない連中はいるものだ。

 同郷というだけで一緒にするほうが失礼だ。


 それに召喚した後、すぐパクパク食べて、買い物の時も荷物をたくさん持ってくれて、一人で散歩に行くぐらい元気だ。


 レインの肉体とは、明らかに違う仕組みのベルの肉体は、まさに異界式としか言いようがない。


 脆弱な人間の身体なんて、必要としていない。

 

「話を戻すけど、クダンは、マンガの話とそれ以外にも、予言の書を遺していったんだよね。それを僕ももっと詳しく知りたいな。召喚以外にも、レインちゃんが不幸になる可能性があるんでしょう? 見逃せないよ。後は辺境の事も気になるよね。もしかしたら予言に無いことでも、潜在的な危険があるかもしれない。弱り目に祟り目と言うか、困窮している時ほど、変なのに付け入られやすい。なるべくまとめて、早めの対処をしていこうよ」


 ベルは、王都の治安の悪さを嘆いた。

 レインを騙した詐欺師どもは、実は裏組織と繋がっている危険な連中だったのだと教えてくれた。

 

 そんな王都の闇があったとは。

 小金を稼ぎたくて焦るあまり、道を誤る所だった。

 都会は怖い。これでは、枕を高くしておちおち寝てもいられない。


 幸い、ベルが適切な機関に連絡を取り、対処してくれたらしい。

 これでもう、レインには危険が及ばないようになったそうだ。


 「うぅー、都会怖い。本当に怖い。もうおうちから出たくない……。けど辺境の事は、なんとかしたいなぁ」


「ストーリーの流れに沿って、ただ待っているようでは、状況も改善しないからね。出来る所から、どんどん打てる手を、打っていこうよ」


 ベルの熱い主張には納得しかなかったので、一緒に予言ノートを確認した。


 マンガやその他の予言の中で、辺境伯家や領に関わる事件を見直して分析をしてみる。


 直接的に間接的に、影響をしそうなものが数多もある。


 クダンの予言に、これから起きるすべての災いが網羅されてなくとも、こうして重篤な危険の兆候が、察知できるだけ、良かったのだと考えよう。


 生きていく上で、何の苦も無く、一生を終えることは難しい。

 分かっている分には、出来る限りのことをしたい。


 レインにだって、自分の人生がある。

 

それを投げ捨ててまで、国中の全てを、どうにかしようなどとは思わないが、自分に馴染みのある場所、特に辺境のサンダース一家とその領地だけは、見過ごしたくないのだ。


 ベルも同意してくれた。


「そうだね、さっそく明日、辺境伯領に行こうか。既に起こっている異変やこれからへの事前準備は、冬休みの間に終わらせたいよね」


「ううーん……。駆けつけたいのは、やまやまなのだが、辺境は、雪がすごくて帰れないのだ」


 北にあるボルト領は、今は大雪に覆われた陸の孤島。

 移動用魔法陣も、長距離馬車も、運行休止中だ。


「大丈夫だよ。移動は僕に任せて。レインちゃんは、明日の朝、あったかい恰好してくれたら、それで良いから」


 そう主張するので、さっそく明日は朝から、辺境のボルト領へ行くことになった。


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