レインと悪魔は虫退治に励む
「おはよう。レインちゃん、クラムチャウダー飲む?」
「おは、よう。……結構だ。……わたしの朝は、力の源を……命の水を、摂取すれば、程足り……る」
頑張って早起きしたものの、レインは寝起きが悪い。
やる気が出ない。
お腹も空いていない。
レインの朝は、カフェインをキメなくては、エネルギードリンクを飲まなければ、始まらないのだ。
「カ、カ……カフェインを、……漲るパワーを、エネドリチャージをしなくては……!」
「ほら『保健室に行ってきたら?』って教室で言われないように、するんでしょう?」
「致し方ない……か。ベルくんや、この白くて濁ったドロドロの汁、何入ってんの?」
「貝と魚とベーコンに、玉ねぎ、芋、人参、キノコ、ミルクとかだよ」
「ウへェー。人参少な目で、頼む」
レインは昨日の買い出しした物の中に、貝、魚、キノコが無かったことには、全く気が付かなかった。
血行が良くなったのか、ぽかぽかと身体が温まり、頭も回りだしたので、エネルギードリンクと供に飲み干した。
お口の中で混ざり合って、おかしな味がしたが、問題ない。
これで充電完了である。
◇◇◇◇
ベルは、キレイ好きらしい。
『美食家』としては、作るところと食べる所は、清潔であって欲しいとのこと。
この屋敷とは、レインとベルのいわば『城』。
汚れは、その大事なお城を荒らす、外部からの侵入者『害虫』を招いてしまう。
害虫とは、寄生虫、ウィルス、細菌、を媒介する不届き者。
それにより食材が痛み、味が落ち、深刻な健康被害などの問題だって、発生するらしい。
感銘を受けたレインは、さっそく防虫ゲルを作成することにした。
「新たなる敵、その名は害虫っ! 奴らから我が城を守るのだ!!」
これは荒ぶる展開だと、研究室でゲル改良に勤しむ。
ベルには掃除を託した。
お掃除ゲルのモニターになってもらい、共に防衛戦に挑もうではないか!!
せっかくだから家中すべてを綺麗にしたいと訴えられたが、研究室は……遠慮したい。
あと魔法のセキュリティロックが掛かっているところも、危ないから駄目だ。
他の所のは、いくらでも好きにしていいので、気にせず清掃に励むよう、依頼した。
お昼になり「家の掃除を終えたから、草むしりと外の掃除に出かけてくるね」と言い残し、ベルは出かけた。
ハニーレモンゲルの入ったアイスティ、フィッシュバーガー、カップに入ったティック状の野菜を、ランチだと差し出してから。
全部片手で食べられる奴で、ちょうどよかった。
レインはパクパクしながら、引き続き研究に励んだ。
柔らかいパンと、シャキシャキのレタスに、白身魚フライのカリふわ食感が、最高の取り合わせであった。サラダの人参はこっそり残した。
◆◆◆◆
食堂とキッチンを中心に、屋敷の掃除を終わらせた後、外部の掃除に向かった。
今日の本命は、レインちゃんに集った害虫の駆除だ。
彼女を食わせるのも、食い物にするのも、僕だけでいい。
縄張りは、しっかり守らないといけない。
レインちゃんの魔導スクロールに群がったのは、元魔術師見習いのろくでなし十五人。
スクロール認可局がある通りの、付近の裏路地にある、胡散臭い店などで、知り合った連中らしい。
当然、まともな魔術師は、そんな店には寄り付かない。
魔力量だけは充分でも、正式な魔術師の記載資格を得るための認定試験に何度も落ちて拗らせた、ようはクズの掃き溜めだ。
レインちゃんは、下書きした自作の新作魔法のスクロールを片手に、そんな店に出入りしていたらしい。
カモがネギ背負ってやってくるって、言葉の見本のような行動だね。
さすがだね。レインちゃん。
自分から罠に掛かりに行くその姿勢、とっても可愛いね。
口が回るだけの破落戸たちは、案の定持ち逃げした。
彼女が託したスクロールを。
巻き上げられたのは、合計五百枚。
さすがに途中からは、疑念を抱いたみたいで、徐々に渡す枚数を減らしたらしいけど、よくも引っ掛かったものだよ。
連中が、彼女にしたのは、次のスクロールを持参した時に、こう囁くだけ。
「特許取得時の性能検査のためにも、たくさんの枚数が必要なんだ。君だけが頼りだ!!」
「この間のは、既に似たような特許を取られてて、駄目だったんだ。他にはないか? 今度は絶対に上手くいく、心配するな。」
「前の奴は、持ち逃げしたようだが、自分なら、絶対に大丈夫だ。信じてくれ」
それで、簡単に釣れたようだ。
連中は、裏社会で取引していた。
使い捨てとはいえ、こういう便利なものは、密売に限る。
新聞や牛乳などの指定した物を、軽量のゲルが取ってくる魔法は、野外での薬物取引の現場で、よく使用された。
ゲルがクラッカーのように飛び出す魔法は、暴漢、強盗たちが襲撃の際に、対象を驚かせて隙を作るのに愛用された。
あえて室内で使用すれば、現場は混乱。
犯行後の逃亡も容易くなる便利グッズだ。
溝やトイレに落とした小銭を拾う目的で作られた、ゲルが金属を取ってくる魔法は、店舗内での強盗、窃盗の目的で使用された。
こちらも同じく室内で使用が、ろくでなしどものの役に立ったようだね。
最後のゲルが釣り竿に生餌をつけたり、釣った魚を外してくれる魔法だけは、魚と釣り竿という指定があったから、どうにも転用が出来なかったみたいだけどね。
レインちゃん、ならず者の吸引力、高すぎない?
ホイホイ騙されるから、脅されることもなかったみたいだし、直接関わった相手も末端の末端だったから、身柄は無事だったけど……。
既に黒髪の中学生は、探されていたよ。
もう少しで裏社会にレインちゃんの存在が、知れ渡るところだったんだ。
どこかに監禁されて、延々と下書きさせられる前に……、間に合って本当によかったよ。
だから、レインちゃんを騙した奴と、取引した奴、あの子が便利なカモだと知っている奴らは、まとめて地元から来た連中に、任せたんだよ。
取引の際に、相手を入れ物ごと壊しちゃった、おっちょこちょいな連中が、結構いてさ。
ああいう臨時職での営業活動って大変だよね。
こんな未『界』でまで、ドサ周りとは……。
営業は足元からって言うだろ。
自分にあった靴で、これからもお仕事、頑張ってね。
僕はグルメだから、こういう害虫は苦手でさ。
嫌悪感が先に出て、どうにも口に運べないんだ。
肥料にするには惜しいから、彼らが有効利用してくれて良かったよ。
◆◆◆◆
続いて同じく薬師どもは、自称薬学者で薬には詳しいと宣う九人。
寂れた薄汚い薬局は、資格が無くても薬師用のオクスリが、無制限に買える審査のゆるい店。
そこの付近に溜まっていた、アル中とジャンキー共だよ。
彼らは、『新しい薬剤に興味がある』『調合にも日々励んでいる』『いつか自分で新規認可薬を登録するのが夢だ』なんて語っていたそうだ。
頭の中までハッピーヒッピーな連中、これに騙される方が、逆に難しい気がするんだけど……。
才能あるなぁ。レインちゃん。
まるで騙されるために、生きているような、無垢なんだから。
僕らにとって最高な、理想のような(都合の)良い子なんだよね。
こいつら見た目も息も臭くて、まず中学生が会話したくなる種類の人間じゃないのに……。
同様に取引する分量を徐々に減らしていったみたいだけど、そもそも立ち寄ってはいけないお店だよ。
本当環境が悪いなぁ。学園は、指導とかしてないのかな。
幸いなことに、元魔術師見習いや、それ絡みの裏の連中から、情報が回ったのではなかったよ。
この連中は何か新薬なり酒をタダでくれるならば、貰いたい、それだけの物乞いだったみたい。
ゲル、おいしいし、おいしそうだもんね。気持ちは分かるよ。
けど、ゲルもレインちゃんも、僕のだから!!
だから絶対に、お前らも見逃せないよ。
転売しようとした馬鹿もいたけど、普通は正規薬師店のものを買うよね。
あんまり売れていないけど興味本位で買った愚者もいたみたい。
既に掃除用ゲルを飲んで重症だった七人は、そのまま処理して、残りの二人は学園にいた『怠惰』と『嫉妬』の眷属に、あげたよ。
『怠惰』のは、眠りの美術室という七不思議のひとつで。
『嫉妬』のは、また別の事件で出てくる予定だった。
勘違い男に入れ込み、召喚電波娘に嫉妬する娘に、取り憑くことになっていたんだよ。
当て馬っていうの?
レインちゃんもそんな役、やらされそうだったよね。
この子たちは、こっちの『界』で生まれたはいいものの、小さく弱く、ずいぶん前からお腹を空かせたまま、あんな場所で震えていたのさ。
可哀想に。
だけど、こうして入れ物と栄養をあげたら、すっかり元気になったよ。
良かったね。
僕は、益虫になる蛆には、優しくすることにしているんだ。
これからは、たくさん食べて、スクスク育ってほしいよね。
僕、独占欲が強いほうだから、自分以外がレインちゃんを騙すのって、本当に許せなくて。
潔癖な所もあるから、他人の手垢は、きちんと除去したくなるんだよね。
清潔感の無い所では、調理も食事もしたくないからね。
これでひとまず、この辺りは綺麗に片付いた。一安心だね。
掃除に励んだから、今日は何も食材を仕入れてないよ。
昨夜の分のが、待ってるからね。
待望のキッチンツールも、一緒に僕を出迎えてくれた。
それでは、出かける前に、タレにつけ込んでおいた馬肉を、焼こう。
今夜は焼肉だ!!
レインちゃん、喜んでくれるかな。
お料理の前には、雑菌で汚れた手を、綺麗にしないとね。