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サマーウェディングのあとで  作者: 石江京子


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4.待ち合わせ

 ビルの外へ出ると、ほどよい涼しさから一転して真夏の空気に包まれた。アスファルトから熱気が立ち上ってくる。

 太陽の姿はすっかり消えていた。


 街は夕暮れの残照を抱えながら、徐々に夜の闇を降ろしていく。薄赤い光を宿したままの西の空に、三日月が小さく白い光を放っている。

 地上の光が多すぎて、星は一つも見えない。

 高層ビルの窓は、少しずつ明るさを増しているかのように見えた。建ち並ぶお店はどこも眩しくて華やかだ。街灯に照らし出される並木道の深緑は、湿気を含んだ風にかさかさと音を立てている。


 車が行き来する通りの歩道を、足早に駅へと向かう。


 時折人とすれ違う。大半は友達や恋人同士。自分も、つい先ほどまで大きな集団のなかにいた。

 そこから今は遠く隔てられている。

 夜風に当たっていてもじっとりと汗ばむ。ふわふわとした熱に浮かされそうな熱帯夜。


 私は待ち合わせをしている。

 たった一人の人と。

 本当はずっと想いを寄せていた人と。 


 草川駅の明かりが見えてきた。

 見覚えのある入り口を通り抜け、西口の表示を確認する。東口の賑やかさや明るさとは異なり、落ち着いた佇まいが感じられた。


 高架橋の上を電車が規則正しい音を立ててやってくる。窓の明かりの眩ゆさが、重い響きとともに通り過ぎていく。

 多くの人の気配と階段を下りる足音がしたかと思うと、改札口からどんどん人が出てきた。やがてその波が収まると、急にしんと静まり返った。


 誰も知り合いのいない駅前。

 サークルではよく駅付近でみんなで集合していたものだが、今は違う。


 いつの間にか、夜の色は辺りに行き渡っている。


 先ほどの約束は、本当だったのだろうか。まだ信じられない。一人きりになると、急に異界に紛れてしまった気さえしてくる。真夏の夜の幻かもしれない。

 そう思いかけたときだった。


「ごめん、待った?」


 飯岡君が現れた。急いでくれたのか、上着を手にして、額に汗を浮かべている。


「ううん。来たばかり」

「よかった。これから、二人で話をしてもいいよね」


 気遣うように言われたので、私は慌てて頷く。


「大丈夫。ちょっと予想外で。あの、最初は新婚の二人に極秘でプレゼントする打ち合わせとかに呼ばれるのかと思ってたから」

「すごいはずれ」


 そう言って、飯岡君は笑った。

 私もつられて笑ったが、飯岡君は真面目な表情に戻って告げた。


「あの、二人でゆっくり話してみたかったから。その、倉田のこと、ずっと気になっていたんだ」


 どきどきする。どきどきしていいよね、こんな状況になったら。


「えっと、私も」


 胸の鼓動がますます高まり、息が詰まりそうになる。


「私も飯岡君のこと、前から気になってて……」


 これ以上の言葉が出てこなくて、でも、どうしても何か気持ちを伝えたくなって、飯岡君を見つめる。

 視線がしっかりと合った。


 瞳の奥の感情を、何となく互いに分かってしまう。

 多分、今まで両片想いとかそんな感じだったのだ。


 私だけの片想いじゃなかった。

 今日までの想いは、一人で消そうとするだけのものじゃなかった。

 そう実感すると、喜びで心が震える。

 

「よ、よかった。うん、嬉しいよ」


 照れているみたいで、向こうも言葉に詰まっている。

 私は逸る胸を押さえてから呟く。


「何だか、嘘みたい……」


「嘘じゃないよ。倉田は結構人気があると思うよ」

「そんな、飯岡君こそ」

「いや、俺はそんなことない」

「そうかなあ」

「俺はないって。倉田は絶対人気あるけど」


 互いに気持ちが上がり過ぎたのか、何だか妙なやり取りをしてしまう。


 飯岡君、言い過ぎじゃないの。嬉しいけど、どうしよう。

 私は、まだうまく回らない頭のなかから言葉を探しつつ、話す。


「ほ、本当かな。だって、うちの同期で集まっても、私よりみんなの方が話も上手だし、何でもできると思うから……」

「そんなことはないよ」


 否定してくれる飯岡君の優しさに、急に甘えてしまいたくなる。


「でも、仲間内で自分が一番できないことが多いと思うし」

「そうかな」


 ゆっくりと飯岡君は語る。


「みんなそんなに変わらないよ。俺だって、前島やカンタみたいにはできないことがいろいろあるし、みんなそれぞれだよ。倉田は倉田のままでいいと思うし、倉田にとっても、俺たち同期は仲間だよね。仲間意識があるってことは、あまり違わないってことだと思うよ」


 確かに仲間同士だと認めた時点で、そんなに違いはないのかもしれない。

 それに、いろいろ思うことはあっても、結局のところ、サークルは私の居場所になっていたのだ。


 飯岡君の言葉は心の奥深いところに、そっと着地する。

 小さく頷いてから「ありがとう」と言い添えた。


「もしかして、話が上手じゃないと思っているから、いつもあまり話さないの?」


 改めて尋ねられる。

 やはり、普段から話をしないと思われているんだなあ。


「うん、みんなの話を聞いていると、おもしろいなって思うよ。私はそんなにうまく話せないから、聞いている方が楽しいし、聞くだけなら私でもできるって思う」

「話を聞いてくれる人って、ありがたいもんだよ」

「そうなのかな」

「倉田は誰よりもちゃんと話を聞いてくれるって、いつも思ってた」


 飯岡君は付け加える。


「そういうところも、好きだから」


 好きという言葉に、心臓が跳ね上がる。おまけに、長年の箍が外れてしまったのか、何だかこちらまで告白大会になってしまう。


「あの、私、飯岡君の声も好きだから」


 まるで水が上から下に流れるように、さらっと言葉が出てしまった。


 一瞬だけ飯岡君は驚いた顔をする。けれど、穏やかな声で話した。


「ありがとう。今日はいろいろ話を聞きたいな」

「ええっ。私が話す方?」


 慌てて付け足す。


「わ、私の話じゃ大したことないから、飯岡君の話が聞きたい」


 自分の口にしたことに、急に顔が火照る。

 言葉を重ねようとすればするほど、自分の気持ちがあふれてしまいそうになる。


 夏の夜風は、まるで私をからかうかのよう。

 頬を撫でる風は暖かすぎて、熱をさましてはくれない。


「もちろん俺も話したいけど、大したことないっていうのは謙遜しすぎじゃない?」

「そんな褒めてもらえそうなこと、全然ないよ」


 私が首を横に振ると、飯岡君はちょっとだけ距離を縮めた。


「何かのときにさ、詩や小説をネットに投稿しているって言ってたよね。あれ、すごいなって思ったんだけど」

「へ、え、ええっ、言ったっけ。あ、言ったかも」


 しどろもどろになってしまった。


 思い出した。

 何かの飲み会のとき、珍しくほろ酔い加減で、ぽろっと打ち明けてしまったことがあった。


「あのときは、みんな結構飲んでいたから、誰も覚えていないと思ってた……」


 まさか飯岡君が覚えているなんて。恥ずかしすぎる。


「覚えてる、覚えてる。俺だと、小さいころ漫画とかは描いたことがあるかな。でもそれくらいで、あとは続かなかったもんな。自分の気持ちや考えた話をちゃんと文章にできるのってすごいと思ったよ」

「そ、そんな何もすごくないよ」


 もう全身が熱くなってくる。


 そんな私の様子に、飯岡君はにこにこと笑う。


「表現したいことがあるってことじゃない? だから、話すことがないなんてことは、ないと思う。これからゆっくり話そうよ」

「……うん」


 思いやりのある言葉が、心にじんわりと沁みとおっていった。


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― 新着の感想 ―
少しずつ夜へ向かう描写の中、ぬけがけしての待ち合わせに、佳澄の高鳴る胸の音と、どきどきしていいよね、という心の声が聞こえてきそうです。飯岡くんの言葉に、告白大会になってしまうほど佳澄も素直な言葉で応じ…
[良い点] 「あの、私、飯岡君の声も好きだから」 ⬇⬇⬇ ここ、凄く好き 本心がスルッと出ちゃったやつ 妙なやり取り 告白大会 いやー最高!
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