2.私たちのサークル
私たちのサークルは、オリエンテーリングクラブ。
オリエンテーションと間違われるほど、よく知らない人も多いスポーツだ。
自然の山野に設置されたポイントを順番に通過して、ゴールまでのタイムを競う。
専用の地図には、地形や植生、道などの細かい情報が書かれている。それを読み取り、方位磁石で方向を確認しながら進む。確かにそのとおりなのだけど。
山のなかを走り回るうちに、自分がどこにいるか分からなくなることもある……。
それが怖くて、一年生の最初のうちにサークルをやめた子もたくさんいた。
私は自分の現在地があやふやになり、通りがかった先輩や競技中の人に何度も助けられたことがある。しかし、普段から道に迷う性質のためか、子ども時代に家族でハイキングに行っていたせいか、山中を一人で歩いてもあまり不安に思うことがなかった。
同期に、同じように山で迷っても平然としている明日美ちゃんがいたことも幸いだった。
大学は違えども、長時間かかってやっとゴールにたどり着く仲間が身近にいたので、私は安心して参加できた。たまたま名前が「かすみ」と「あすみ」で似ていることもあって、コンビとしてみんなに覚えられていたことも行きやすさにつながった。
気づいたときには、サークルに頻繁に通うようになっていた。
ついでに、五つの大学合同で活動しているため、同期だけでも二十人いる。
引っ込み思案で話すのが苦手で、決して運動神経もよくない私が、こういう大きなサークルとご縁があるとは。人生の不思議さを感じるくらいだ。
記憶のページをめくれば、大学の四年間に、このサークル活動の出来事がたくさんある。
前日から夜行列車に乗り込み、一晩車内で過ごして、翌朝早くに遠方の大会に出場したこともある。合宿では一日に何度も林のなかを走り、大勢の人たちと寝食を共にした。
そういうとき、ふとした瞬間、まるで別の人の人生を体験しているかのような気分になった。
家に籠って、詩集をぼんやり眺めるのが好きな自分は、そのひとつひとつに重みを感じ取っていた。
そんな思い出も、就職して三年目ともなると、遠くなりつつある。
八番テーブルは、仕事や職場のことで盛り上がった。
私はその話に聞き入る。
普段の私は、雑用に右往左往している社会人だ。みんなのように、大きな専門的な仕事に能力を発揮しているようなことはない。思えば大学時代も、話題に出てくるアルバイトやボランティア活動の活発さに感心していた。
積極的でバイタリティあふれる他の人たちとは、やや違う世界に生きている気がする。たまに引け目がぴょこぴょこ顔を出すこともあるが、このくらいの年になれば、自分はそういうものだと悟っている。
それでも、今日のこの会だけは特別に、そんなみんなの話のなかに紛れ込んでみたいと願っていた。
在学中、高校の友人にサークルの話をすると「佳澄がそんなサークルに入るとは思わなかった」と当然のように驚かれた。
その先は大抵、こう詰問される。
「それだけ男女で集まると、恋愛もいろいろでしょ。彼氏できた?」
「全然そういうことはないのよ」
私は冷静に話す。
「普段は競技に出て、疲れて帰ってくるだけ。たまに飲み会があっても、私はうまく話ができないし。他の人と違って、そんなゆとりもないよ」
「うーん。まあ、男性の友達がたくさんいるっていうだけでも、佳澄には大きな進歩だな」
「それもちょっと違うよ」
特に同期同士は、男女という感じはなく、仲間、というひとくくりにしか考えられない気がする。
とにかく、近すぎた。
飯岡君が好きでも、そう言える立場にいないように思う。
卒業してからは、急にみんな疎遠になってしまったし。
だから、飯岡君じゃなくて、飯岡君みたいな人を私はきっとどこかで見つけようと思ってきた。残念ながら、これまでそんな人は全く現れなかったのだけど。
食事の進んだところで、ビンゴゲームが始まった。
司会進行役はサークルのなかから選ばれていた。飯岡君は、商品を渡す補助をやっている。
これって、当たったら飯岡君から商品がもらえるかもとちょっぴり考えたけど、結局私はそのゲームで三列揃うことはなかった。
あれだけ話せたんだからよかった。そう思おう。
社会人になってしばらくは、近場のオリエンテーリングの大会にみんなで行ったものだが、今はそれもない。
きっとこの先は、もっと会えることが少なくなる。
始まる前に偶然エレベーターで会ったから、それが今は心に残って、寂しくなってしまっただけ。
これ以上のことは望まなくても、もう充分。
二次会終了の時刻が少しずつ迫ってきた。
「ちょっと席外すね」
明日美ちゃんが化粧室に行く。戻ってきたら私も行こうと思う。
七時には、この会も終わる。そのあとは新郎新婦を見送って、グループに別れての三次会になりそうだ。
明日美ちゃんの席の椅子が引かれる。戻ってきたのかなと思ったら、違った。
「ここ、今空いてる?」
やってきたのは、同期の神田君だった。お酒の入ったコップを手にしている。一見してスーツやネクタイがとてもおしゃれだと感じる。
神田君は見た目も格好いいし、何をやっても優秀に思う。
後輩の女の子たちが憧れ、女性の先輩からも好意を持たれたりしている。同期の間では、神田君の彼女のことを全員が知っているせいか、噂のひとつもないけれど。
確か九番のテーブルに座っていたはず。
私の席からは、背中合わせのテーブルなので、よく見えていなかった。
「久しぶりだね。みんな社会人になると、どうなのかなって思ってさ」
「そういえば、カンタ君、院生だったんだね」
私の隣の遥香ちゃんが神田君と話し込む。
神田君はみんなにカンタって呼ばれている。卒業後は大学院に進学したと私も聞いていた。
遥香ちゃんは髪をアップにして、黒を基調とした大人っぽい雰囲気の装いをしている。
二人に挟まれているので、私は相槌を打ったりして何とか聞き役になる。
神田君の研究や遥香ちゃんの仕事のことなど、二人の話は明日美ちゃんが戻ってきた時点でも続いていた。
明日美ちゃんにみんなが気づいたのを機に、私は移動させてもらう。神田君、遥香ちゃん、私、明日美ちゃんの順に席に並ぶ。何となく四人で話すような感じになる。
「仕事も大変だけどさ、みんなどう? とりあえず、うちの一番手は前島だよね。同期のなかでまだ結婚している女子って、いないじゃん」
神田君が腕を組んで、話題を振る。
「そういえば、そうだね。きっと恵利ちゃんとかは考えてるんじゃないかと思うけど」
「うん。近いかもしれないね」
遥香ちゃんと明日美ちゃんが答える。私も頷く。
恵利ちゃんは、サークルの先輩とずっと付き合っているので、確かにそういう話がありそう。
「吉村は結婚とかどうなの?」
神田君は遥香ちゃんに尋ねる。
「仕事がこれからって気がするから、当分は先だな。というか、まずは相手を探さないとね」
意外。遥香ちゃん、今彼氏いないんだ。
そう思ったところで、神田君がこちらに問いかける。
「じゃあ、倉田は?」