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1.二次会の始まり

 目当てのビルのエレベーターを見つけて、私はひと息つく。

 額に張りついた髪の毛に手を触れる。


 太陽はようやく西に傾いてきたところ。

 夕焼けよりもまだ遥かに青い空の下は、焦げてしまいそうなほどの暑さだった。


 結婚式の二次会の会場は、七階のレストランを貸切りにしているという。

 新郎も新婦も私の知り合いだ。大学時代のサークルの同期の新郎と、二つ後輩の新婦。

 二人は親族を招待した披露宴のあと、友人中心のこの会へ来ることになっている。


 時刻は、二次会開始の十分前。

 駅からの道を慎重に歩いたせいか、始まる間際になってしまった。


 他に人もいない。冷房の風がひんやりと涼やかで、汗も引いていく。

 軽やかな電子音とともにエレベーターが到着した。

 扉が開くと誰も乗っていない。入って七階のボタンを押す。

 そのとき、声がした。


「おーい、倉田(くらた)


 扉の外を窺うと、同期の飯岡(いいおか)君がこちらへ向かって、駆けてくるところだった。


 嘘でしょ。よりによって飯岡君なんて。


 瞬きしてみるけど、変わらない。

 動揺しつつも、エレベーターの開くボタンを、必要以上にぎゅっと押す。


「助かった」


 飯岡君は入ってくるなり、かけていた眼鏡を外した。青いタオル地のハンカチで、額から首まで汗を拭う。


「ぎりぎりだな。駅から走っちゃったよ」

「暑いのに大変だったね」


 私は言葉を口にして、ようやく疑いを払うことができた。

 本当に飯岡君に会えたんだなあと心が温まる。


 飯岡君が眼鏡をかけ直すのを私は眺める。

 取ったところをこれまで何度見ているのかなと、ふと思った。


「倉田はどっちの駅から来た?」

草川(くさかわ)駅」

「そっか。俺は新草川。地下鉄で乗り換えに意外と時間かかったんだよ」

「そうなんだ」


 ええっと、何か。何か話さなくちゃ。せっかく話しかけてもらったのに。

 そう思うのだけど、あとをつなぐ会話が思い浮かばない。

 

 飯岡君は、オーソドックスな紺色のスーツとネクタイ。私は久しぶりの華やかな席とあって、珍しくベージュ系のワンピースを着ている。

 そういえば、こんな場所でこんなきちんとした服装で会うのは初めてなんじゃないかな。

 あ。そんなことを考え出すと余計緊張しちゃうから、やめよう。


「職場は坂井(さかい)線の近くなんだ。だから草川駅はよく知っているんだけど、今日は用事があって地下鉄の方が行きやすかったから」


 先に飯岡君が話してくれたので、ほっとする。


「地下鉄って知らないと、案外時間かかったりするよね」


 もっといい言葉をかけたいのに。急なことでうまく頭が回転しない。

 ありがたいことに、そのあとも飯岡君の話が続く。

 やっぱり嬉しいな。聞きたかった声が耳に入ってくる。


 社会人になっても、変わらないところはよく分かる。

 落ち着いていて話しやすい雰囲気はそのまま。真面目な印象があるけど、話してみるとちょっと面白かったりするところも。


 エレベーターが止まった。

 表示はまだ三階。七階ではない。


 扉が開いた途端に、男女四人が勢いよく入ってきた。

 慌てて私は後ろへ詰める。飯岡君も一緒に。

 距離が近づく。


 こういうとき、どきどきするような関係じゃなかったよね。

 自分に自分で確認をとる。

 本当は最初に会ったときからどきどきしているのに。


 急に狭くなったエレベーターのなかで、金髪に染めたロングヘアの女の子が甲高い声を出す。


「一年生が場所取りしてるから、まだ時間がいっぱいあるよ」

「腹減ったなあ。なんか食いたい」


 隣の茶髪の男の子が大きな声を出した。


「何食べたい?」

「あれ、七階貸切りになってるよ。八階でいいよね」

「うん、八階にしよう」


 四人はそれぞれ二十歳になったくらいか。派手で背中や胸元の開いた服のせいもあるかもしれない。やたらと明るい雰囲気にもついていけないと思う。

 それでも、自分たちと五歳ほどの違いでこんなに若く見えるものなのかと考え込んでしまう。


 とにかく、飯岡君と二人きりで話す時間はあっけなく終了。

 エレベーターは七階に到着した。

 

 すでに多くの人が歓談中の時間。ざわめきや熱が店の外にも伝わってくる。

 席次表がドアのそばに貼ってあった。

 円形のテーブルが全部で十。私は八番テーブル。隣の席が仲良しの明日美(あすみ)ちゃんになっているのは、よかったのだけど。席は奥の方。


 そこで、隣の九番に飯岡君の名前があることに気づいた。


 もしかして、一緒に行けるのかな。

 私は小さな望みを持つ。


「それじゃ、俺、ビンゴゲームの係になっているから」


 そのひと言を残して、飯岡君は前方の幹事用のテーブルに向かう。


 あっさり去られてしまった。

 ここまで話ができたんだから、幸運。そう考えよう。


 卒業した当初とは違い、大学時代のみんなとゆっくり話せる機会はほとんどない。

 今日くらいは上手に話ができて、楽しめたらいいなと願っていた。

 一番会いたかった人が向こうから飛び込んできたことには、びっくりしたけど。


 私はこれまで、飯岡君みたいな人と出会えたらいいなあと、ずっと思ってきたんだった。




 目立たず、間違えずに自分の席へ着くことを祈って、私は進んだ。


佳澄(かすみ)ちゃん、こっち」


 奥から私を呼ぶ明日美ちゃんの声がして救われる。

 明日美ちゃんはグリーン系で、私と似たようなワンピースを着ていた。


 八番と九番テーブルは、全員サークルの同期だった。男女半々ずつで、合わせて十六人。

 新郎の前島(まえじま)君が私たち同期のまとめ役だったこともあり、出席者が多い。


 大学卒業から二年以上の月日が経つ。

 それでもこうして集まると、一挙に学生時代に戻ったような雰囲気になる。


「久しぶり、元気?」

「いつ以来かな」


 テーブルのみんなで近況を報告し合うなかで、二次会が始まった。




 やがて新郎新婦が到着した。

 立派なシルバーのスーツを着た前島君と、水色のさわやかなカクテルドレスを着たみっちゃんにみんなが盛大な拍手をする。


『親戚の都合とか式場の都合とかで、真夏の挙式になっちゃったんです』


 今日の花嫁のみっちゃんは、七月最後の土曜日となったことを、親しい人に申し訳なさそうに告げていたという。


 けれど、こうしてレストランを会場にするなら、いつの季節でも快適なことに変わりはない。

 学生のころは誰もが山中で、冬は(かじか)んだ手で地図と方向を確かめ、夏は汗だくで土の匂いを感じながら走っていたんだし。


 前島君の会社の同僚という人が乾杯の合図をする。そのあと挨拶が数人続いた。

 その間、テーブルに食事が次々と届く。


 イタリア料理というと、パスタやピザばかりが思い浮かぶが、魚介類の前菜、生ハムやチーズの料理など、種類も豊富だった。

 私はご馳走をいただきつつ、みんなの話に耳を傾ける。


「もう二年以上経つんだなあ。今年の春の大会、一度も出てないんだ」

「私は去年の秋以来参加してない」

「何だか合宿があったり、大会に行くのに電車乗り継いだりっていうの、遠くなっちゃったね」


 テーブルの八人で、集まればよく話題に上ることを話す。


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