レベルアップポーション
天才なんて物はこの世界には存在しない。
少なくとも、僕はそう思う。
何故なら、ほんの5年程前『落ちこぼれ』『無能』と呼ばれていた僕が、今やこの場で一番の錬金術師なのだから。
僕の家名でもあるテレス家、それはこの国随一の錬金術師の一族である。
僕等は森の奥地で自給自足の生活をする一族だ。
外界と全く交流がない訳では無いが、その交流はポーションを始めとした錬金術師の作る様々な品と街との取引が全てである。
外界では金という文化が存在するらしいが、数世紀前の文化を地で行く我が一族は、未だに物々交換を主流としていた。
しかしそれでも我らが存続でてきるのは、テレス家が例外的に国王よりその存在を守られているからである。
その理由は、この王国にとってこの錬金術によって作られる武器や薬品、魔道具こそが、秘宝であるからだ。
「マイス、まさかお前が先祖全てを合わせて最も優れた錬金術師、【賢者】へと至るとは思いもしなかったぞ」
僕マイス・テレスは今日、この閉鎖された空間から外に出る。
それは、錬金術師としての全ての修行を終えたからだ。
しかし、今までこの場より外界へ出た人は先祖代々一人もいない。
結婚相手を探しに数年外に出る事はあるが、それですら期限が存在し、直ぐに戻って来て後は全て錬金術の修行の時間だ。
錬金術は一生をかけて極める物。そう認識している者が殆ど、人生を賭けても極める事などあり得ないとここに居る誰もが思っている。
薬品調合術、魔道具製作術、鍛冶、木工、裁縫、様々な知識や技術を極め、それを複合させた先にのみ錬金術という技術は存在する。
だからこそ、僕以外にここから永久的に出る事を許された人は一人も居ない。
目の前にいるテレス家現当主、ロマドリエ・テレスですらここより外で出る権限は持っていない。
それが先祖代々受け継がれて来た掟だからだ。
『錬金術を極めるに至った者以外が、この森より外へ出る事を禁ずる』
それが、僕たちが住むこの場所の掟。
そして、錬金術師の一族に課せられた任務。
全種類のポーションを秘宝級での製作が可能であること。
王級の魔道具作成の成功。
そして、オリジナルポーションの製作成功。
この3つの条件を全て満たした僕だけが、外へ出る事ができるのだ。
5年前、錬金術の修行を始めた時、僕は他の同年代に比べて一際習熟が遅かった。
誰もが言われた通りの事をできている中、僕だけがそれをできなかった。下級ポーションの一つさえ満足に作れなかったのだ。
しかし、今や僕を越える錬金術師は錬金術師のアトリエと呼ばれるこの村に一人も居ない。
そこまで成長した。
「最後に、僕の作ったオリジナルポーションの効果を見ていてもらってもいいですか?」
「あぁ、勿論だ。それを確認する事が、お前を外に出す条件なのだからな」
オリジナルポーションを作ったぞ、というだけではその証明にはならない。
実際に服用し、予め予想されていた効果が発揮された場合にのみ、これがオリジナルポーションである事が認められる。
黄金に輝く液体が入った瓶。
その封を開け、僕は一気にそれを呷った。
僕の作ったオリジナルポーション、その名を『レベルアップポーション』。
効果はその名の通り覚醒。
この世界には、覚醒者と呼ばれる超常の存在がいる。彼らは元は普通の人間だったが、様々なきっかけにより覚醒して強力無比なる力を得た。
剣に打ち込み覚醒めた者は、怪力を得る。
魔に魅入られ覚醒めた者は、魔力を操る術を得る。
他にも様々な異能の力に目覚めた『覚醒者』が存在している。
僕が作ったレベルアップポーションは、未覚醒の人間をその才覚や努力に一切関係なく『覚醒』させる。
「どうだ? 思った通りの効果は発揮されたか?」
お爺様が、僕へそう問いかけて来る。
僕は体内に意識を向ける。すると、確かにそこには今まで感じた事がないエネルギーと、その使い方が存在していた。
「はい。覚醒しました」
「では、その力を儂に見せてくれ」
僕は空になったレベルアップポーションが入っていた瓶を握り、瞬時に消した。
「ふむ?」
そして、もう一度それを出現させる。
「僕の力を僕は『倉庫』と名付けます。触れた物質を瞬時に亜空間に送る事ができる力です。そして当然、それを呼び出す事もできる」
僕はそう言って、色々な物を倉庫に入れて見せる。
机、椅子、設計図、ガラス、蒸留装置。
「おぉ、かなり大きなものでも倉庫に入れる事ができる様じゃの。よし、お前のレベルアップポーションをオリジナルポーションと認める。これ以上、ここで学ぶ事は何もあるまい。これからは外にでて錬金術師としての更なる研鑚に励むがよい」
「はい。ありがとうございました!」
お爺様にそう言われた後、一族総出で僕は見送って貰った。
僕がこのポーションを作ろうと思った理由は、この世に才能なんて物が存在しないと証明するためだ。
覚醒は、才能ある者だけの特権では無いのだと証明するためだ。
才能なんて言葉よりも、自分の信じる思いの方が重要なのだと、僕は今証明した。
そして、その証明を外の世界へ広める。
このレベルアップポーションを使って、それを世界に認めさせてみせる。
そう思っていた。
「なぁ、マイス。お前、もう要らねぇや」
錬金術師のアトリエを出て三カ月ほど。
僕は、一緒に旅をしていた仲間から要らないと言われていた。
僕は彼らにレベルアップポーションを使った。
そして、彼らを英雄にした。
富を得て、名誉を得て、名声を叫ばれた。
にも関わらず……
「お前のポーションには感謝してるぜ? けど、それを使ったお前にもう価値はねぇよな? だから、俺たちの前から消えてくれないか?」
剣聖の力に覚醒したフレート。
氷の魔力に覚醒したセルマ。
治癒の権能に覚醒したポワ。
「これは私たちの才能よ」
「そうです。これは私たちの努力の成果です」
「だからさ、お前の『才能でも努力でも無い』って言葉さ、ウザすぎるんだよ」
「そっか」
彼らの気持ちも理解できてしまう。
この三ヵ月でこの世界の多くを見て来た。
覚醒者と呼ばれる人間の数は凡そ百人に一人。
けれど、彼らのその力は僕のポーションというズルをして手に入れた力だ。
それだと、その力を使って尊ばれてもどこか後ろめたい気持ちを感じてしまう。
だから、そんな事実は忘れてしまいたい。けれど、僕というポーションの製作者が同じ場所に立って居る限り、彼らは一生その事実を忘れられない。
だから、どこかへ消えて欲しい。
そんな願いなのだろう。
「君たちは、自分自身に才能があると思うんだね?」
「あぁ」
「そうよ」
「はい」
僕が言いたかったのは、才能が無いと思えという事ではない。
僕が言いたかったのは、才能なんて言葉に縋るなという事だった。
けれど、終ぞその願いが彼らに届く事は無かったとそういう話なのだろう。
「僕は君たち以外の人間を覚醒させるかもしれない。それはいいの?」
「好きにしろ。どうせ、俺たち程強くはならない」
あぁ、確かにポーションによって覚醒する能力は人それぞれだ。
だから、そのランダム性に君たちは才能を在り処を求めたのだろう。
けれど、僕の理論が正しければ才能はそんな所には無い。
本当の才能は覚醒の先にある。
覚醒には段階が存在する。君たちはまだ一段階目、僕もそうだ。
だって、このレベルアップポーションはそういう効果なんだから。
けれど世界には確実に二段階目の覚醒者が存在する。それは魔王とか勇者とか呼ばれている歴史上の人物たちだ。
だから、僕は君たちとは離れて探す事にするよ。
二段階目のレベルアップポーションの素材を。理論はあるし、素材の見当もついている。
後はその在りかに出向いて取って来るだけだった。それがあれば、君たちは本当の世界最強に成れたかもしれない。
君たちと一緒に、僕もそうなる予定だった。
けれど、こうなってしまったら仕方ない。
「だったら、ちゃんと自分たちの才能を信じるんだよ? じゃなきゃ、才能なんて欠片も持ってない僕が、君らを直ぐに抜いちゃうから」
「じゃあな」
「ごきげんよう」
「さようならです」
僕は僕に才能が全くないと思っている。
何故なら、五年前と今の僕に違い何て無いんだから。
けれど、そんな僕に僕は期待する。
才能が無いからこそ、死に物狂いで努力し成果を求める強い意思を持っているとそう思うから。
それが今まで成功して来たから。
僕は、彼らと袂を分かつ。
それでも、僕の旅路は何とでもなる。
だって才能なんて無くても何とかなるって事は、僕の人生が証明しているから。
「面白そう!」
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1から5までもちろん正直な気持ちで構いませんので是非。
『鑑定士はレベルアップする 〜鑑定で得た情報を動画配信したら、それを見た人が倒した魔物の経験値が分配された〜』も連載しているので良ければご覧下さい。
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