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フェアリーコープス  作者: 赤坂人物
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6話


 お母さんが私の布団を剥ぎ取って、大きな声で遅刻するよと怒鳴った。枕に顔を埋め、後5分だけと枕に向かって呟いた。

 少しして時計を見ると、時刻が8時過ぎを示していた。

 かぶり直した布団を今度は自分で剥いでベッドから抜け出した。支度をし、制服に着替える。制服で選んだだけあって、学校指定の制服が可愛いのだ。

 毎日のように制服の袖に腕を通すのが楽しかった。登校中同じ制服を見て、自分もあれを着ているんだと思うのが嬉しかった。

 急いでいても、胸のリボンだけはしっかりと綺麗に整えた。

 階段は一段飛ばしながら下り、洗面所へ向かった。

 カチューシャで前髪を上げて顔を洗った。顔を拭いて、鏡を見た。

「………え?」

 鏡に映った自分の顔は、自分の顔ではなかった。

 白色の羽で覆われ、まるで鳥人間のようだった。

 羽が強くくっついてるものだと思い、羽を一枚、摘まんで引っ張った。

 ブチッと音と共に頬に激痛が走った。

 羽の根本が血で真っ赤だ。羽の抜けた部分から血が流れ出し、羽の細い繊維に滲んでいった。

 頬を伝うという感触は無く、代わりに羽の上から流れる血を感じた。

 抜いた羽から声が聞こえる。

『戻して』



「ぎゃあ!!」

 気がつくと私は風を大いに浴びていた。右足首を見ると、生えていた筈の白い翼は、散り散りになって宙を舞っている。

「え!?落ちてんの?落ちてんの!?」

 生えろ生えろと念じても、右足首はただの右足首だった。

 地面が迫る。

 一難去ってまた一難。というか、自分に振りかぶったナイフを奪い、それを相手に突き刺した結果死刑判決を下されるような、本末転倒もいいところな状況だった。

 突風が痛い。目が開けられない。

 いつ地面に衝突するかわからないという恐怖に涙が溢れた。

 この足、この足め!全然使えないじゃないか!

 一体何度死に損なえば気が済むのか。

 すぐそばが地面な気がしてならなかった。激突するのは次の瞬間なんじゃないか、その瞬間が過ぎ去ればまた次の瞬間なんじゃないか。はい死んだ!はい死んだ!はい死んだ!はい死んだ!一体何度死んだと思えばいいのか。


 そして次の瞬間、落下する一方だった体が一瞬持ち上げられたかのような感覚を覚える。肩と足に、人の腕を感じた。

 目を開けると黒髪の男が、私を抱えている。私はお姫様抱っこをされていた。

 未だ浮遊感を感じていたが、次にグンッと体が沈んだ。

 思っていた衝撃とは違ったが、それでもかなりの負担を体で感じた。想定していた死ぬほどの痛みとは程遠かった。

 住宅街の隙間に着地し、男は私を地面に降ろした。

 男の姿を見たとき、さっきの少年の面影を見た。

 片目が隠れるくらいの黒髪に、少年が着ていたものと同じような黒いローブを身につけている。背中には大きな鎌が2本背負われていた。

 背は低く、私と同じかそれ以下かもしれない。

 男の口が開く。

「お前何で空から…………おい何で逃げんだ!?」


 また自分の体がおかしい。足から翼が生えて飛んだと思ったら、今度は感覚を失っていたはずの脇腹と右足首に感覚が戻っていた。

 取り戻した感覚で、斜面を全力で駆け上がる。

「待てこの野郎!」

 男がすぐ後ろを追ってくる。

 しかし、追い付かれるよりも先に、バランスを崩し後ろに転びそうになった。普通に走るという感覚は、まだ思い出せていなかったようだった。

「あ……」

「嘘だろ……!?」

 直後後ろに倒れだし、すぐそこまで迫っていた男にのし掛かる。そのまま男を押し倒すと、男は私の下敷きとなって潰れた。

「待て!」

 すぐに起き上がって走り出そうとした私の腕を、男は離すまいと強く握った。

「離してっ……!」

 私が男の腕を振り払おうとした、そのときだった。


「人の話を、聞け!!」


 バチンと私の頬に電撃が走った。かなり強めの平手打ちにびっくりして、その場で硬直してしまう。

 男は「いいか、聞けよ」と、私に言い聞かせた。そうしてゆっくり喋り始める。

「何で、逃げたんだ」

「………だって、喰われると思ったから…」

 男は顔いっぱいに怪訝な表情を浮かべて「喰うわけねぇだろアホか」と罵った。

 私自身、理性を失っていたことに段々気付き始めた。

「さっきの男の子じゃないの?」

「何を勘違いしてんだ…」

 目の前にいる青年からは、殺意どころか悪意も感じない。惚けているようにも見えなければ、さっきまで化け物と化して襲ってきたやつが、ここで惚け始めるとは到底思えなかった。


 似てるのかと、彼が聞く。私は何となくと答えた。


 そういえば、少年こと化け物の姿が見えない。それどころか音や気配すら感じない。でも大通りの方は何やら騒がしかった。化け物が出たことは、間違いなかったのだろうか。

 どこまでが本当に起きたことなのか、いまいち理解が追い付かない。自分に何が起こったのかを、緻密に思い出す。

「もしかしてあなた………」

 自分のやったことに冷や汗が出る。

「ただの命の恩人?」

「ただのって何だよ………」

 青年はいいから退けと、恥ずかしそうに目を背けて言った。未だ地面に仰向けになって倒れ、未だ私に覆い被されているのを見て、自分も恥ずかしくなる。

「………ごめん」

 すぐに立ち上がってそう言うと、青年もゆっくり立ち上がり、大きな溜息で返事をした。


「話を戻すが」

 仕切り直して青年が口を開く。私にはどこに話を戻したのかわからなかった。

「何で空から落ちてきたんだ」

「……………………………ぇ…見た?」

「俺は目がいいんだ。お前が泣きながら降ってくるのをしっかり。じゃなきゃ死んでるからな」

 一瞬羽根を見られたのだと思い、ギクリと動揺する。

 反射的に翼が生えて飛んでいく姿は見られてはいけないと思ったが、この青年は見ていなさそうだった。

「えーっと、あっ、そう!さっきまで化け物がいて、その化け物にポーンと投げ飛ばされまして」

「お前を喰おうとしてたのに?」

「きっと柔らかくしてから食べようと……」

 青年が疑惑の目を向ける。

 漫画で全身に汗をかく描写があったが、今はそれがわかる。全身に薄ら滲んだ汗が、不自然な寒気を覚えさせる。


 そのとき、私を呼ぶ声が聞こえた。厳密にはお姉ちゃんを呼ぶ声だった。

「お姉ちゃんっ!!」

「シーハちゃん!フィン!」

 2人がこちらに駆け付ける。

 シーハが青年の姿を見た瞬間、シーハが突然大きな声を上げた。

「あっ!」

 青年も同じタイミングで「あ」と声を溢す。

 シーハが言う。

「あなたケイおばさんの所のっ!」

 聞いたことのある名前だった。それをすぐに思い出す。

 ケイ、私がこの世界に来て、元の世界に帰る手がかりとしてセンちゃんが教えてくれた名だ。

 私はシーハの案内のもと、ケイという人を尋ねてここまで来た。実際はもう一つ隣の街だったのだが、この青年は、ケイと縁のある人物だったらしい。

 シーハが青年の名を口にする。

「ヘレンお兄ちゃんだよねっ!」

 ヘレンと呼ばれた青年は、「センリのババアんとこのか」と、ぶっきらぼうに言った。


「お兄………ちゃん………」

 フィンが横で、新しい兄弟の登場に口を押さえて驚いている。

 お兄ちゃんってそういう意味じゃないよと、いつか言わなければならない気がした。

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[良い点] 序盤の緊張感から平和な場面への転換がとても上手いなと思いました。 キャラクターの表現も分かりやすくて台詞から内面が伝わってきます。たった一話で妹キャラとか、ドM変態キャラとかすぐに受け入…
[良い点] 化け物に追いかけられてやられる描写がリアルで引き付けられました。そんなシリアスの中に所どころ笑える箇所が散りばめてあり、読んでいて楽しい物語です!
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