Act and Defence 2話
この作品はBL小説です。
2話
“彼氏とイタリアンなう”
そんなJKみたいなこと言えたら人生楽しいんだろうな。わざわざそんなこと言わなくてもその辺の人より人生楽しく過ごしてるつもりだし。でもそれは所詮ただの強がりであってどうしても周りと比べちゃうところが実際に満足できてない証拠なのかもしれない。そんなことを考えていたら先ほど頼んだブルスケッタが運ばれてきた。
「すごいおしゃれ…これどうやって食べればいいの?」
俺の可愛い彼氏が笑顔で困惑を誤魔化そうとしている表情で聞いてきた。
「手でそのまま食べちゃっていいよ。俺しか見てないんだから食べやすいように食べて。」
俺達は個室のカジュアルイタリアンの店に来ている。本当は数少ない友人の1人でかつて好きだった人、いや今も好きな人の家に転がり込んで飯を食う予定だった。なのにあいつからの返信は来なかった。元から連絡がマメなやつじゃなかったし時間的にも仕事中だったから仕方ないけどそんな忙しい職場じゃないんだしマナーモードにしてスマホ持ち歩けよって思う。どうせ機内モードにしてロッカーに入れてたんだろうけど。既読が付くのを待っていたらお腹が空いてきたのと怒りがこみ上げてきたため同じ大学の1学年下の彼氏をご飯に誘った。何食べたいか聞かれたので俺がテキトーにイタリアンって答えたら某全国チェーンの激安イタリアンレストランに向かおうとしたのでさすがに止めた。別にその店が嫌いなわけじゃないけどそんなにデートをしない恋人同士が行く店ではない気がする。なので昔逆ナンしてきたお姉さんが教えてくれた個室のカジュアルイタリアンの店に連れて行くことにした。
それにしても困惑しながらブルスケッタを持つ彼氏があまりにも可愛い。
可愛すぎて思わず写真を撮ってしまった。
「ちょっと何撮ってんの。」
慌てる顔も可愛い。
「んー、千秋が可愛いなーって思って」
「かわいいって言われても嬉しくないんだけど」
照れる顔も可愛い。
「ほら、撮るから目線ちょうだい。ちゃんと撮るって言ってからならいいでしょ。」
「仕方ないなー、一枚だけだからね」
この店の広告にしたら一気に女性客が殺到してしまいそうなあざと可愛い写真が撮れた。だけどその前に撮った写真には全く違った良さがあった。動作自体はブルスケッタを持ちその手元を見ているだけであったが、白く細長いけれども女性のそれとは違いしっかりした指がパンの側面を支え片方の手はパンの下に添えてあり、手元を見る目は初めて食べるものに興味津々というキラキラした目であったが長く上品な睫毛に邪魔されて控えめな印象を与える。静寂を感じさせる美しさという表現しか出てこないような写真であった。2枚とも他人に知られたくない写真だったが、俺との食事を断ったあの男を煽るためには使わざるを得なかった。
『あんじが何も言わないので彼氏と飯食うことにしました』
ここで先ほど撮ったカメラ目線でない方の千秋の写真を送信。
『お前は親指しゃぶって羨ましがってろ』
『デート中だから返信すんなよ』
自分が持ってるスタンプの中で一番人を馬鹿にしたようなスタンプを送った。
ほんとしょうもな。こんなガキみたいな事しかできないのかよ。自分に嫌気がさす。
「誰から?」
その一言で現在恋人とイタリアンに来てるという現実に戻ることができた。
「ああ、昔からの俺の友人に彼氏とイタリアンなうって自慢してた。」
「へー、亜希って友達いたんだー。」
「俺のことなんだと思ってんの。」
「彼氏?」
「かわいいこと言ってくれるじゃん。……今夜覚悟しろよ。」
「亜希の変態!」
「はっはっは怒った怒った。」
プイッと子供のようにそっぽを向いてしまった。
千秋をからかうのは本当に楽しい。表情の一つ一つが漫画のようにコロコロ変わる。初めはただ顔が美しくスタイルも良かったため衝動的にナンパしてしまったが良い意味のギャップがこれでもかというくらいに沢山あった。先ほど言ったように表情が豊かだし、超庶民派だし、わがまま言わないし、他にも沢山あるが一番衝撃的だったのが過去に男女問わず恋人がいなかった、すなわち俺が初めてということだった。だから俺は千秋に過去に彼女いたか質問された時思わず3人って嘘をついた。あの時は流石の俺でも多少の罪悪感を感じた。
そんなこんなで千秋は俺にからかわれてご機嫌斜めになったものの目の前に運ばれて来たイタリアンに目を奪われすぐに上機嫌に戻ったのだった。
それから約2時間後イタリアンの店を出て平日だからか予約せずに入れた夜景の綺麗な高級ホテルに来た。千秋が部屋から見える景色に感動してたのでついついゆっくりさせたくなり先にシャワーを浴びることにした。
あまり長い間1人にさせたくなかったのでなるべく早めに全身を洗い流した。やや長めの髪を完全に乾かすのは時間もかかるし面倒であったが彼が触ってくれることを考えしっかり乾かし、備え付けのバスローブを少しはだけさせ彼の前に出た。
「千秋おまたせー」
「ん、ん!?」
返事をしてから振り返った千秋は俺のを見るなりすごい勢いでカーテンを閉めた。
「何カーテン閉めてんの。あ、もしかしてスイッチ入っちゃった?千秋ったらえっちだねえ。」
カーテンを握る手に力が篭ったのがわかった。勢いよくカーテンから手を離し、すごい勢いでこちらに近づいてきた。優しく、だけど力強く頭を捕まれキスされる。口を塞がれるも向こうから舌を入れてくる気配は一向に感じられないためこっちから入れてやった。千秋は俺の舌をすんなり受け入れ絡めてくれた。まるで待ち望んでいたかのように。長く熱いキスが終わった後すぐそこにあるベッドに押し倒そうとしたら阻止された。何か言おうと必死であるが息が乱れてうまく喋れない。
「今日はそういう気分じゃなかった?」
違うとわかっていたがちょっと意地悪をしてみる。
「違う!」
全力で否定してきた。
「違うそうじゃないの。まだ風呂入ってないから!」
あ、そこ気にしてたんだと思い自然に笑みが零れる。
「笑わなくたって良いじゃん。」
「ごめんごめん。別に気にしないよ。千秋いつでも綺麗だもん。」
そう言って千秋の背中に手を回す。照れ隠しをするかのように俺の胸に埋もれてきた。
「……亜希ずるいよ。そうやって僕を甘やかす。」
俺は調子に乗っていやらしい手つきで千秋の腰に手を滑らせた。すると千秋は俺の胸から顔を離し迫力のない潤んだ瞳で睨んできた。
「だから俺は風呂入ってからじゃないと嫌なの!とにかく風呂入るから離して!」
お前からキスしてきたのが原因じゃんと思いつつも離してやるとバスルームに駆け込んで行った。
「……ねえ亜希」
ドアから顔だけ出してこちらを見てくる。
「さっき綺麗って言われたの本当は嬉しかった…」
言い終えると同時くらいにドアをバタンと閉め間も無くしてシャワーの水音な聞こえてきた。
なにあの可愛さは。今まで変なやつに捕まらなかったのが奇跡だったのではないかと思った。ベッドの上に座ってるのが耐えられなくなり窓辺の椅子に移動しカーテンを開けた。
実は千秋と夜を共にするのは今回が2回目だ。初めての時の千秋はホテルの部屋に着くなり緊張でガチガチだった。緊張をほぐそうとこれでもかというくらいに優しくしたのを今でも鮮明に覚えてる。その時と比べると今では自分からキスできるまでに成長した。
ぼんやり夜景を眺めながらふと世間から見たらたぶん俺たちはバカップルだろうなと思った。純粋で豊かな感情を持つ千秋を甘やかす俺、素直に甘えてきたり時には子供のような可愛い怒り方をする千秋。いろんな人と今まで付き合ってきたがその中でも1番バカップルで今が幸せだと自負している。今までで俺が1番可愛がってる人が千秋だとも断言できる。
それに、俺は千秋が可愛くて本能の赴くままに甘やかしているが俺の前での千秋は少し可愛い子ぶってる気がする。行動と表情、発言は素である可能性が高いが普段一人称が“僕”の千秋がついさっき慌てた時“俺”って言ったのを聞き逃さなかった。大学や家ではきっと俺って言っているけど恋人の前では可愛くいたいと思ってるのかもしれない。そう思うと余計愛着が湧く。俺といる時の千秋は猫をかぶっているかもしれないが俺のためにやっていることなら詮索する気は無い。いくら恋人だとはいえ秘密くらいあっても良い。俺だって元カノ元カレ事情やらで知られたくない事は沢山あるし、千秋が言いたくなれば言えばいいと思っている。
夜景を眺め千秋との関係を考えていたらスマホが鳴った。そこでホテルに来てから一度もスマホを見てなかったことに気づいた。通知の内容は同じ実験班の班員からの業務連絡だったが、デート中だから返信すんなという言葉を真に受けたのかあいつからの返信は来てなかった。それがひどくつまらないと感じた。同時に怒りがこみ上げてきた。
『彼氏可愛いねとかイタリアン美味しそうとかのコメントねえのかよ』
衝動的に送ってしまった。
『連絡するなって言ったのはお前だろ』
『はいはいお前の彼氏様は美人だなモデルか何かか?』
『この時間に連絡寄越すってことは今日は泊まりじゃないのか?』
返信がやたら早い。あいつはご飯も風呂も済ませて1人のんびりテレビでも見ているのだろう。
『彼氏今風呂』
事実をそのまま送った。
『泊まりか』
『デート中に他の男と連絡するのどうかと思うぞ』
ごもっともな意見だがカチンときた。いちいちうるせーって打っていたらまたメッセージが来た。
『今の彼氏と付き合いだしてから前より落ち着いたし幸せそうじゃん』
『それに付き合いだしてからは他の人と寝てないんだろ?』
『せっかく良い人と出会えたんだから大切にしてやれよな』
『お前より恋愛経験少ないけど相談くらいならいつでも乗るし』
『彼氏と良い夜をお過ごしください』
庵司がいきなり良いこと言い出したせいで咄嗟に返信ができなかった。“ありがとう”って書いてあるスタンプで照れ隠しをした。
千秋と付き合いだしてから俺ってそう見えてたんだと思うとより一層千秋への愛が強くなる。だけどそう見えると教えてくれたのは昔から片思いしてる人。今まで何度もあらゆる手段を使って誘惑したのに一度も庵司は揺るがなかった。向こうはそんなつもりじゃなかったとしてもそれは俺にとっては失恋と言っても過言ではない。それにあいつに心酔して医学部まで進んで…未練タラタラかよ。
気づいたら自然と涙が溢れていた。千秋がバスルームから出てくる前に何とかしなきゃと思いバスローブの袖で涙を拭い、備え付けの冷蔵庫からビールを取り出し一気飲みをする事で顔全体を赤らめ泣いたのを誤魔化すことにした。
酔いが若干回ってきた頃千秋が鼻歌を歌いながら出てきた。
「あー!1人でビール飲んでるーー!」
「見つかっちゃったかー。千秋も一口飲む?」
「未成年に酒勧めていいのー?」
「んーじゃあ千秋が成人したらモエシャンで乾杯しよっか。」
「ほんと!?約束ね!」
千秋が嬉しそうに小指を差し出して来た。それに自分の小指を絡めて指切りげんまんをした。
千秋の子供のような純粋さが愛おしくてたまらない。庵司が言うように千秋のお陰で俺は落ち着くことが出来たのだと自覚した。
「亜希何で泣きそうなの?」
アルコールのせいですっかり涙もろくなってしまっていた。
「今一番幸せだなあって思って幸せを噛み締めてた。」
「ふふ、亜希ったらかわいい。」
「可愛いって言われても別に嬉しくないんだけど、俺男だよ?」
「亜希だっていつも僕に可愛いって言うのに。たまには言わせてよ。」
「ははごめんごめん。ありがとね。」
軽く短いキスをした。
「そろそろ………する?」
目を逸らし小声で聞いてきた。顔は赤く濡れた唇がやたら色っぽい。さっきより少し長めのキスをしベッドに押し倒した。
千秋を深く愛すれば愛すほどに庵司を諦めることができるかもしれない。それに今千秋をもっと知りたい。俺だけが知ってる千秋をもっと見せて欲しい。千秋ももっと俺を愛して。
こうして俺たちの夜は幕を開けた。
またこの時から歯車が狂いだしたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は急展開する予定です。