Act and Defence 1話
この作品はBL小説です。
1話
仕事が終わりスマホの機内モードを解除すると大量のメッセージが入っていた。全て同じ差出人からで全て2時間以内に送られてきたものであった。
『あんじ暇?飯食おうぜ』
から始まり
『なああんじー』
『あんじお腹すいたーーー』
『あんじーーー』
こんな感じのメッセージが数分おきに来ていた。
『あんじが何も言わないので彼氏と飯食うことにしました』
美味しそうなイタリアンを上品に口元に運ぶ美しい男性の写真が送られてきた。
『お前は親指しゃぶって羨ましがってろ』
『デート中だから返信すんなよ』
“バーカ”って書かれたキャラクターのスタンプがメッセージの最後を飾っていた。
結局なんだったんだ、自然にため息が出た。
この差出人は近田亜希という4つ下の後輩である。彼と出会ってもうすぐ10年、腐れ縁とはこういう関係の事を言うと思う。
彼は今の彼氏と出会う前はしょっちゅう女だけでなく男も取っ替え引っ替えしてるやつだった。性格的にもかなり変わり者だが俺とは一度もそのような関係になった事はない。だからこそ事情を知った上で介入しない俺に未だに懐いているのかもしれない。
高2の頃、俺は中高一貫校の高校茶道部で副部長をしていた。当時の部長が杏樹、副部長が庵司であったため“ananコンビ”と呼ばれていた。それに俺と杏樹は当時付き合っていた。
副部長に就任して間もないある日杏樹の4歳年下の妹、姫子が入部してきた。姫子は活発な明るい性格でいかにも恋バナが好きそうな女子であった。俺は本人の強い要望と姉との関係で揺すられ彼女の事を姫と呼ばなければならなくなってしまった。そのため何度も外部で恥ずかしい思いをさせられた。
5月の中間考査が終了した直後の部活動の日、杏樹は部長として代表者会議に出席していたため俺1人で部活をまとめる羽目になった。その日姫子が部活動開始わずか10分で早退すると駄々をこねたのだ。
「週1回しか活動日のない部活を10分で早退したいとは一体どういうことかな、姫?」
「デート!彼氏にデートしよって誘われたの!庵司さんだってお姉ちゃんと付き合ってんだからデートがどれだけ大事かってわかるでしょ!」
「わざわざ週1の部活の日にデートする事ないだろ、毎日顔合わせてんだから1回くらい断れ」
「はぁーーー!?庵司さん最っっっ低!」
俺は目の前の元気な子供を相手していたら頭が痛くなってきた。そんな時部室のドアを叩く音が聞こえた。ドアを開けるとそこには中学生の男の子が立っていた。
「姫子います?回収に来ました。」
彼氏ご本人様初登場の瞬間だった。
「君達が付き合ってることに反対はしないけど、うちの部活は週1回だけなんだ。申し訳ないけど今日は帰ってもらえないかな。」
俺は八つ当たりしたい気持ちをぐっと抑え笑顔でお引き取り願った。
「は?何勝手に話進めてんの!?亜希くんごめんね〜この先輩がうるさくてさ〜今すぐ準備して行くね!」
このクソ彼氏こそが近田亜希であった。俺はここで引き下がるわけにはいかないと思い言葉を繋げた。
「姫には茶道をいち早く覚えてもらいたいんだ、もし良かったら見学という形で亜希くんも参加しない?」
「え、いいんですか?姫子の点てるお茶が飲めるんなら参加したいです。」
思った以上に亜希は空気の読める少年だった。一方、さっきまで反抗的な態度を取っていた姫子は亜希の彼女の点てたお茶を飲みたい発言のおかげでやる気に満ちてせっせと茶道道具の準備をしていた。
こんな熱々の2人であったが亜希の『他に好きな人できた、別れて』という最低な一言により夏休み前に破局したのだった。しかしなぜか俺は亜希に勉強教えろだの恋愛相談付き合ってなどなんかしらの理由とともに呼び出されほぼ毎日顔を合わせる羽目になった。
亜希は当時から女だけでなく男も惹きつけるような雰囲気の男だった。やんちゃそうな可愛らしい顔つき、笑った時にちょこんと見える尖った犬歯、華奢な骨格、その辺の男子中学生より白い肌、それに人を誘惑するかのような態度や行動…。こんなこと言うのもおかしいかもしれないが今まで誘拐されなかったのが奇跡だったんじゃないかと思うほどの人物であった。
亜希に勉強教えろと呼ばれて何度目かの放課後、知らないうちに亜希の策略にはまったのか俺から亜希に話題を投げかけてしまった。
「姫がお前に振られたって言って泣いてたぞ」
「初めて会った時も思ったんだけどさ庵司さんって姫子のこと姫って呼ん出るんですね。まじウケる。」
こういうこと言われるから姫って呼びたくなかったんだよと心の中で姫子をちょっとだけ責めた。
「あー、それはあいつに頼まれたから仕方なくそう呼んでるんだ。で、なんで姫子と別れた?」
「んーだってあいつつまんないんだもん。やってることがガキの恋愛ってゆーか。全然やらせてくれないし。」
呆れてため息しか出なかった。
「庵司さんは杏樹さんをあんあんさせてるんでしょ、ananコンビだけに。羨ましー。」
下品な言い方に頭を抱えた。
「お前なあいくらなんでも言いかたってもんがあるだろ」
「あーーもしかしてまだそこまでの関係になってなかった?ごめんな〜俺週3で女抱いてるから感覚狂ってたわ〜」
こいつの言い方と表情からして週3で女を抱いてるというのは嘘でないとわかってしまった。俺にとってどうでもいいことだが思わず掘り下げて聞いてしまったところ中学1年生の亜希は自分の魅力を利用して女子小学生、中学生、高校生、1番上は大学院生まで手を出していたことがわかった。それを聞いて頭を抱えたが俺は亜希の事を嫌いにならなかった。軽蔑する事もなかった。ただ少し驚いただけだった。どうやら亜希は俺に引かれると思っていたのだろう。予想外な俺の反応を見て一瞬素の表情が出ていた気がした。直後、隣に座っていた亜希が妖艶な笑みを浮かべ俺の顔に触れてきた。
「庵司さんになら抱かれたいかもって思ったんだけどだめ?」
白く細い指がいやらしく顔を這う。潤んだ上目遣いに甘ったるい声と色っぽい吐息。ああ、こうやってこいつは誘惑するんだなと思った。だいたいの人はこれで落ちるんだろう。しかし不思議と俺は冷静であった。きっとそれに亜希も気づいたんだろう。細くて長い指は俺の額に移動し少し間を空けてからデコピンしてきた。
「あっはっは!俺がこんなことまでしたのに手を出してこなかったのあんただけだよ!気に入った!これからは庵司って呼ぶし敬語もやめるわ!」
この時の亜希はなんも取り繕っていない素の亜希そのものであった。
「はあ、もうなんでもいい好きにしろ」
疲れから注意する事はできなかったが、嫌な気はせず亜希の素の姿を見られた事にちょっとした優越感を感じていた。
こうして俺は亜希の親友となったのだ。ちなみに俺はそのおよそ1年後彼女に振られたのだった。
俺が高校を卒業して医学部に進学した後も頻繁に亜希とは会っていた。亜希に受験勉強を教える事もあったが亜希自身かなり頭が良くあまり教える事もなかった。亜希は俺と同じく医学部を目指し高校卒業後すぐ医大に進学したが好みでもない非常勤の女教師にセクハラをされその大学を自ら退学した。それ以来亜希は女をナンパする事はなくなり代わりに男を誘惑するようになった。退学した後1年間浪人し21歳になる年に大学1年生として総合大学の医学部に進学したのだった。
その大学で2年生を迎えた亜希は今の美人な彼氏をゲットしたのだった。彼と付き合いだしてから他の男や女と身体を重ねることはなくなり落ち着いた。
俺は亜希が落ち着いたことに安心したが寂しさに似た感情も感じた。懐いてた野良猫が良い人に拾われた、そんな感覚と近い気がする。
亜希から送られてきた彼氏とのイタリアンレストランデートの写真に飯テロされた俺は家に帰る前にスーパーマーケットに寄ろうと足早に勤務先の診療所を出たのだった。
空気が澄んでいて都内でも星が綺麗な夜だった。
読んでいただきありがとうございました。