第八話:恋の本質
何となく、嫌な予感がはするのは気のせいでは無いだろう。やけに目立つはずなのだが、なぜ皆は気づかないのかが、不思議でたまらない。
まあ、気づかないのも、無理は無い。皆、自分の荷物を荷棚から降ろし、美術館の話題で持ちきりになっている。多分、酔い止めか何かだろう。前、乗り物酔いが心配だと、メールで聞いた事がある。
「おい、新岩。美術館って、どんな所なんだろうね?」
「絵と美術品があるんだよ」
こいつは、今まで何を勉強してきたのかが、本当にわからない。一般教養が、まるでなっていない。将来が心配なこいつは、来年高校生である。
「はい、あと一分で到着しま〜す」
バスガイドがマイクの音量を少し上げ、報告する。別にあと一分と言わなくても良いのではないか?それと、俺の座席の真上にスピーカーがあるので、ややうるさい。
「ちょっとどいて」
弓が冷たく言い放った言葉は、今の俺の心にグサっとくる。
「あ、あぁ……」
俺は座席から立つと、弓はさっと荷物を取り、すぐに自分の座席に腰を下ろした。
自分の心に、ポッカリと大きな穴が開いた感触を覚えた。これを恋と呼ぶならば、あまり気持ちの良いものでは思えない。むしろこんな嫌な思いをするならば、最初から告白なんて、しなければ良かった。恋人を持つというのは、ここまで楽しくない事なのか?
様々な思いが込み上げて来ていると、バスがゆっくりと停止した。どうやら美術館に到着したようである。すると先生が立ち上がった。
「じゃあ一班から順番にバスから降りろー」
ここでも数字の小さい順からだが、もうどうでもよくなった。
「また俺達最後かよ〜」
ここに気にする奴がいた。全くどうでもよい。
「ほら、もう俺達の番だぞ。早く行け」
「あら、ほんとだ」
社内を見渡すと、もう自分の班員しか残っておらず、弓に至っては既にバスの外にいた。
「矢川もう降りてるぞ」
「見ればわかるって」
くだらない会話も、たまには良い。心が休まる感じがする。心のおやつといっても過言ではないだろう。今の俺にとっては、この上無い特効薬である。
バスの外では、弓がこちらを見て形容し難い表情をしている。怒っている様な、哀しい様な、とにかく表現しにくい表情で間違いないだろう。
さっきの事なのか?それとも別の事か?またしても俺の心に一つ、謎が生まれてしまった。