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中学三年の恋  作者: NoRo
3/11

第三話:恋の特権

修学旅行当日の朝、俺を含む三学年は集合場所の駅のホームに固まっていた。

「眠っ……」

 友達の一人が呟いた。その気持ちはよく分かる。俺も深夜の一時頃まで目が冴えて寝れなかったのだから。

「お前何時に寝た……?」

「三時……」

 俺より上がいたので、安心したやら負けた気がするやら、朝から忙しい。しばらく雑談していると、先生の声が拡声器によって、寝ぼけた耳に飛んできた。

「はーいそれでは、点呼とるんで学級委員さんはクラスの人数えてー!」

 つくづく、学級委員をやらなくてよかったと思える仕事である。たまにふざけて数えるのを妨害する輩がいるからだ。前に学級委員をやった時にこれをやられて、ふざけた奴をひっぱ叩いた事がある。

「男子全員いまーす」

「女子、矢川さんが来てません」

 え?

「どうした新岩、顔色悪いぞ」

「ちょっと黙ってろ……」

 突然の事に、びっくりした。いや、度肝を抜かれた。昨日まで元気だったよな?メールしたよな?もしかして、遅くまでメールしたからか?だったら俺の責任である。なんてこった。

「ああ、矢川は少し遅れて来るそうだ。心配はいらん」

 ほっとした。全身から力が抜けていく。

「新岩、お前まさか……」

 ここにきてまさかのピンチである。バレるかもしれない。万事休すだ。

「なっ、何だよ」

「財布忘れたのか?今なら間に合うぞ」

「は?」

 どうやら安心のようだ。それにしてもこいつがバカでよかった。

「あるよ、ほら」

「ありゃ、ほんとだ」

 何でこんな朝からこいつのバカ面を拝まなきゃならないんだと、思い始めた俺は、急にムカついてきた。こんな事をしていると、そろそろ電車の乗車時間が迫ってきている。

「は〜い、それでは、一組からホームに向かいま〜す!」

 こういうときは、何故か数字の若い組から行動を開始するのは、なぜだろう。中学校最大の疑問である。

「新岩、お前お菓子何買った?」

「しつけーぞ」

 全く、こいつの頭にはお菓子しか無いのか?情けない限りである。

 我が組の順番が来て、ホームに向かって歩いていると、弓の姿が目に入った。遠くで先生との会話が聞こえる。

『すみませーん……はい……そうです』

 会話は断片的にしか聞こえてこない。

『……はい、大丈夫です……わかりました』

 何が大丈夫なのか?俺にはさっぱり理解できない。まあ顔色は良いようだし、今は心配するのはよそう。

 ホームに着いたが、まだ五分くらい電車が来ないようである。この時間がまたしても俺の体温を、低下させる。ジャンバーを持ってくればよかったか?

「お土産、何がいいかなー」

「夕食なんだろうねー?」

 とても平和かつ、中学生らしい会話がそこかしこで、飛び交っている。

 そういえば夕食は何だろうか?鍋か?

『まもなく、三番ホームに、急行、しおかぜが、参ります、ご注意下さい』

 何でこんなに、駅員のアナウンスの声は特徴的なんだろうか。今度誰かにでも聞いてみよう。

「は〜い!早く乗ってー!」

 先生にも焦りが見える。まあここで一人でも、乗り遅れたら後々に怒られるのは担任なわけで、必死になるのも当たり前と言うものである。

 何とか我が三学年の生徒が全員乗車したところで、申し合わせたかのように電車が動き出した。故郷を離れるという事に全くの感慨もへったくれもなかった。

「は〜い、じゃあ席を発表しま〜す」

 妙にテンションが高い担任に比べ、生徒達の反応は天と地ほどの差があった。だからあれほど反対したのに、分かってない担任である。

「まず新岩の隣は……、矢川」

 とても生徒の心を理解している先生である。これは一生付いていくしかない。というか、こんな展開になるとは、思いもしなかった。

「えーっ!先生、男女で座るんですかー!」

「その通りで〜す!」

「はぁ〜!?」

 クラスの皆の気持ちも分かるが、ここは我慢しようじゃないか。思い出にもなるし。

「じゃあどんどん発表してくぞー」

 次から次へと発表されていくペアには、嫌がる者、しれっとした者、中には嬉しそうな者まで現れるので、その度に女子生徒の間では、

「ねぇ、あの二人前から怪しいと思ってたんだー、私」

「あ!ウチもウチもー!」

などと言う根も葉も無いであろう噂が飛び交い、今日の深夜のトークのネタが増えていくのを、俺は黙って聞いていた。やはり女子というのは恐ろしい。

「はい、ではペアで座れー!」

 あちらこちらで悲鳴が聞こえる中、俺の隣から友達が動こうと

しなかった。

「おい、そこお前の席じゃねえぞ。どけ」

「だって……、お前俺の隣誰か分かってんのか?」

「知らね」

「秋崎だぞ……。あいつ彼氏いるんだってよ……」

「ああ、知ってるけど。何かあったのか?」

「気まずいよ、すごく……。俺あいつに告って断られたんだよね……」

 今何気なく秘密を暴露したのだが、その事については夜に詳しく尋問するとして、

「おい、矢川困ってるから。とっとと行け」

「……覚えてろ」

 また何気なく怖い事を言われたが、聞かなかったことにしておく。なぜなら、せっかく弓と隣になれたのに、暗い顔していたら俺も面白くないし、弓も面白くないだろう。

「よいしょっと」

 弓はようやく自分の席に座ると、一呼吸置いて俺の方を向くと、にっこり微笑んだ。

「よろしくね♪」

 また惚れた。惚れ直した。可愛すぎる。

「あぁ、よろしく……」

 言葉が上手く話せなくなってしまった。これはもはや病気である。だが治したくはない病気だ。

「あっ、新岩君。お菓子交換しない?」

「おう、いいぜ」

 まあ一緒に買いに行ったので、やや新鮮味に欠けるが、この交換という行為自体に深い意味があるので、そこは目をつぶろう。

「こらっ!そこ!お菓子はまだだぞ!」

 浮かれすぎて、すっかりおやつタイムの存在を忘れていた。周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。弓の方を見ると、顔が真っ赤になっており、恥ずかしい事この上ないという、感じに仕上がっていた。これではまるで茹だこのようだ。

「すいませーん」

 一応弓の分も謝ったつもりだが、あまり先生には誠意が伝わってないようだ。

「まあいっか、皆もうおやつ食べていいぞー!まだ昼食の時間は遠いからなー!」

「やったー!」

 皆嬉々として旅行カバンとは別の、手持ちカバンからおやつを取り出し、友達同士などで会話しながら食べ始めていた。

「あー弓恥ずかしかったぁ……」

 まだ弓の顔には、ほんのりと赤みを帯びていた。この顔がまたたまらない。何か変態みたいだが、破壊力抜群である。

 ここで俺はちょっと、悪戯をしてみたくなった。

「矢川、ほら、あーん」

「え!?いや、その……。あーん……」

 弓の口がゆっくりと開いていった。顔がまた赤くなり、すでに茹でだこの域を脱している。

 手に持っていたグミを、弓の口をかすめるようにして、俺の口へ放り込んだ。

「あーっ!もう!勇助のイジワル!」

 その瞬間、クラスの皆が凍りついた。

「弓……?」

「今、勇助って……」

 しまった。やりすぎた。どう乗り切ればいいか、こういう時に限って全く考えが出てこない。

「はっ!?」

 弓、遅かったな。もうアウトかもしれん。

「お〜、お前達、何でそのルール知ってるんだ?」

「へ?ルール?」

 訳が分からなくなってきた。というか体が熱い。あの日以来の熱さだ。

「そうだよ、ルールっていうのはね。この修学旅行の期間だけ、男女の事を互いに名前で呼び合おう、っていうやつさ」

「えー!?」

 またしてもクラス中から悲鳴が聞こえる中、先生が何だか神様に見えてきた。これも日頃の行いが良いせいなのかは知らないが、とにかく助かった。

「はい、じゃあスタート!」

「………」

 何だかぎこちない感じのクラスに仕上がってしまった雰囲気がするが、これで何の違和感も無く、弓と名前で呼び合えるので、もう何だか飛び跳ねたくなってきた。

「……だってさ、弓」

「……もぅ、勇助のバカ……」

 最強の表情だった。残念ながらカメラが近くに無く、目に焼き付けておく事しか出来なかった。どうしてこいつは、こんなに可愛いのか。

「悪かったって、ほら。今度は嘘じゃないから」

「…………パク」

 気絶しかけた俺はもう、末期かもしれない。周りには気づかれてない事を祈り、こんな事を電車の乗り継ぎまで続けてしまった。


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