第十一話:恋の真実
「すまん、弓。てっきりいないのかと……」
「だって今来たんだよ?」
まさかの登場の仕方に、やや驚きを隠せない俺は、
「ま、まあ座れよ。立ち話もなんだからさ、ハハ」
笑ってはみたものの、あまり場の空気は和まない。むしろ居心地が悪くなったといえるだろう。
「ほら、そこに座れよ」
弓は無言で指定された場所にゆっくりと座った。どこか悲しげな表情は、残念ながら見慣れてしまった。
お互いが座って十秒程経ったか。俺が本題を切り出した。
「その……、話って……?」
「うん……。まず謝りたいんだ。さっきはごめんなさい」
「いや……俺も悪かったよ。ごめん」
気まずいなんて優しい言葉じゃない。ここから逃げ出したいくらい居心地が悪い。何で彼女とこんな空気を、作りださなければいけないのか。腹が立ってきた。
「で、何を話すんだ?」
再度、俺が問いただす。少ししつこい気もするが、まあ良いだろう。
「えーと……、この間勇助が、学校で病院行った方が良い、って言ってくれたよね?」
思い出した。確かに俺は、そう弓に助言したのを覚えている。
「ああ、そういえば言ったな」
「あの後ね?私早退して家に帰ったら、一応念のためにってお母さんが、病院に行けって言うから、私一人で行ったの」
「一人で?大丈夫だったのか?」
「うん、お母さん午後から仕事入ってたから。それに体も何となく調子良かったし」
少し肌寒くなって来た。美術館のクーラーが効いてるのか。それとも他の理由なのかは、今の俺には考慮するに値しない。
「そうか、で?結果は?」
結果、という言葉を聞いた弓は、体がぴくっと動いた。何故?理解し難い。
「あの……お医者さんにね?」
「?」
何だか弓は少し体を震わせて、目には涙を溜め簡潔に言った。
「『あと三カ月で死にます』って言われたんだ」
地球上の時間がピタリと止まったのを覚えた。弓の言っている事が全く分からない。
「何冗談言ってんだよ……」
自然と俺の声が震える。冗談と分かっているのに。
「…………」
弓は何も言わない。一言も喋らない。ただ、時々涙を拭う仕草だけを見せる。
冗談だとも、嘘だとも言わない。この話をどう信じればいいのか、俺には理解出来ない。したくない。
「これ見て……」
弓が自分のカバンから何かを取り出した。
白い錠剤だ。さっきバスの中で、弓のカバンのポケットに入っていた物と同じである。
「酔い止めか何かか…?」
そう聞いたが、心ではうんと答えてほしかった。全部嘘だと言ってほしかった。だが、俺の願いは虚しく消え失せるだけであった。
「この薬を飲まないと、体がもたなくなるんだって…」
嗚咽混じりに説明される真実は、俺の心に容赦なく突き刺さる。
「あと、この薬は精神安定剤の役目も果たすんだって。実はさっき飲み忘れてたの……。だから勇助にあんなひどい態度取っちゃったんだ……、ごめんね…?本当にごめんね……?」
弓は俺に謝りながら、ポロポロと涙を流した。涙を拭うのも追いつかないくらいに。
こんな時、彼氏である俺はどんな言葉をかけてやれるのか?頑張れ、と激励するのか?運命だと言い聞かせるのか?それとも?
「弓の言っている事はよく分かった。だけど今泣いていても仕方がない。あと三カ月って言われたなら、その間に出来る限りの幸せを見つければいいんだ。俺も協力するから、な?」
何故か俺の口からは、心の底で渦巻く迷いを、一気に吹き飛ばす様な言葉が口をついて出た。まるでもう一人自分がいるかの様に。
「……でも、もし見つからなかったら……?」
弓が泣きながら不安そうに、声を震わせ聞いてきた。
「弓、よく聞け」
「え?」
「幸せなんてのはな、あっちから勝手に来るもんじゃないんだ。努力した分だけ、それに見合った幸せが還ってくるんだ。俺が勇気を出して、お前に告白したようにな」
生まれて初めて、自分で格言を作った気がする。しかも、あまり的外れな気は不思議としない。
「ありがとう……、うん、わかった。私、三か月後まで頑張るね!」
弓は鼻をかみ、涙を拭いた。ゆっくりと、何かを味わう様に。
「……こうしている間も、幸せなのかな……」
「……そうだな」
俺も涙を拭こうとしたら、弓が小さな声で質問してきた。
「ねぇ勇助。三か月後も、こうやって一緒に居てくれる?」
「当たり前だろ。ずっと一緒だ」
「ふふ……、幸せだな、私」
弓の笑顔は、とても綺麗で、少し悲しげであった。