百キロで走る車と並走する自転車に乗ったまじめなサラリーマン風おじさんとターボババア
朝に集合し、誠さんが運転する車で向かうは山犬トンネルがある■■県○○市。その途中に何とかおじさんの目撃情報もある高速道路もあるため、今回はこの二つの調査になったそうだ。
パーキングエリアで休憩と運転手の交代を挟みつつ何とかおじさんが出ると言われている高速道路に近付いてきた。今の運転は誠さん。助手席に座っている須賀さんは今日が楽しみでよく寝られなかったらしく爆睡中だ。小学生かな?
「そろそろ目撃情報があった高速道路に入りますよ、先輩」
「うう〜ん、あと五分…」
「全く、しょうが無いですねえ」
相変わらずの甘さだ。というより誠さんは最初からちゃんと起こす気はなかったらしく、だらしのない顔で須賀さんの寝顔を盗み見ている。運転しているからかそこまで頻繁に見ていないものの、事故になったら困るから運転中に余所見はやめてほしい。
「ここから情報があった道路です。何かないか外を見ていて下さい」
「じゃあ俺は右を見るから、千香ちゃん左をお願い」
「ええ」
言われたのでクロと一緒に外を見る。窓から見える景色は普通の高速道路という感じで、確かにここでおじさんが自転車を漕いで並走してきたら驚くだろうな、と思った。思った瞬間、窓の外におじさんが見えた。
「ん!?」
「どうした?」
「窓に、窓にぃ!」
「ホントにいた…これが百キロで走る車と並走する自転車に乗ったまじめなサラリーマン風おじさんか」
いきなり見えたから驚いたが、おじさんはただこちらに並走してくるだけで何もしてこない。でも口を動かし、何かを伝えようとしているように見える。
「ねえ、おじさんが何か言いたそうにしてるけど」
「窓開けます?」
「それはちょっと危険じゃない?」
「そうですね。…ん?」
「どうしたの?」
「いえ、後ろから何かこちらに来てます」
「え、おじさん以外で何が来るっていうの?」
「見てみよう」
誠吾に言われて後ろを見ると、こちらを四つん這いで追い掛けて来る影があった。よく見てみるとそれは老婆の姿をしていて、悪意を感じる笑みを浮かべながら追いついてくる。そしてあっという間におじさんの反対側に並走して来た。左はおじさん、右は老婆に挟まれてしまった。さっきは分からなかったが、よく見ると背中にはターボと書かれた紙が貼ってある。ターボ、そして老婆。あまり詳しくない私でもピンとくるものがある。もしかしてターボババア?こんなに自己主張激しいやつなのか。
「誠吾、こいつターボババア?」
「多分間違いないな。こんなに分かりやすくしてくれてるんだから」
ターボババアを見たおじさんは焦った顔になり、しきりに口を動かしてくる。さすがに何度も同じ言葉を言っているので、読唇術は素人の私でも分かった。おじさんは、私たちに逃げろと言っているんだ。
「誠吾、誠さん、おじさんは私たちに逃げろって言ってる!ターボババアは危険なのよ!」
「なるほどなー。おじさんの目撃情報が頻繁に出てたのは警告のためか」
「では、ターボババアはこちらに何か危害を加える存在という訳ですね」
「なるほど。でも何をするんだ?」
おじさんが警告をしてくれたおかげで、ターボババアが危険な存在だということは分かった。しかし、ターボババアは何をしてくるんだ?そう思っていると、並走していたターボババアは運転席に行き、ドアを開けようとしてきた。おじさんも助手席に行って、まだ寝ている須賀さんを起こすため窓を叩く。
「何してるんですか!先輩が気持ちよく眠っているというのに、起こさないでください‼」
「おじさんに怒らないであげてください誠さん」
「あー、おじさん吃驚してる」
ターボババアにドアを開けられないよう素早く鍵を掛けながらおじさんに須賀さんを起こさないように最小限の声で怒鳴るという矛盾した行為をする誠さん。窓が閉まっているからおじさんには内容は分からないが、そのあまりの剣幕におじさんだけではなくターボババアまで少し吃驚している。まあそりゃそうか。自分を助けようとしている人にあんな剣幕はそうそうしない。
しかしターボババアは少し肩を揺らしただけですぐに持ち直し、車にしがみついて運転席の窓を爪で引っ掻いてきた。キー、キーというガラスが擦れる不快な音が車に木霊する。
「うう〜ん、うるさい…」
「先輩、すみません…!」
須賀さんは眠っているから聞こえていないはずだけど、律儀に謝りつつ誠さんは運転席の窓を開けた。そのとたん嬉しそうな顔をするターボババア。
「ちょっ、危ないですよ誠さん!」
「千香ちゃん、いいからいいから」
「いいって、危ないでしょ、何でそんな冷静に見てられ」
「セイッ!」
「グギッ!?アギャャアアア!」
窓を不用意に開けた誠さんを止めようとする前に、誠さんはターボババアが何かをする前より早く、ターボババアの顔面を思い切り殴った。殴られた衝撃でバランスをくずしたターボババアはしがみついていた車から手を離してしまい道路を転がり、断末魔をあげて消滅した。
「えっと…」
「これで先輩の睡眠を妨害する邪魔者は消えました」
「あ、はい」
「おじさんも警告ありがとなー」
誠吾がおじさんにお礼を言うと、一連の流れをポカンと見ていたおじさんもハッとした顔をした後、こちらに一礼して何処かに消えた。何というか、喧嘩を売る相手を間違えたな、ターボババア。