助け
4話目です。
ドスンッと強い衝撃が体にくる。少し咳き込みながら痛みをやり過ごす間に現状を考える。落ちた感覚的にそこまで高い崖では無かったらしく、せいぜい五メートルから十メートルの間といったところか。途中で壁に当たったり生えていた木に当たったりしたがそこまで深い傷はしていないようだった。しかし、体には所々に擦り傷があるらしく体が動かしにくい。痛みに慣れてきたので起き上がろうとしてみるが、動かすとやはり痛む。
「痛た…」
痛みに呻きながら前を見ると、そこにはジッとこちらを見るナニカの姿があった。
「い、いや!転んでなんかないし!こ、これはアレよ、ダイナミック坂下りよ!」
一応、ナニカを指差しながら宣言する。それに納得したのか何もしてこないのに安心して立ち上がろうとすると、足に鈍痛が走る。どうやら足を挫いたようだ。ツイてない。
暗いのでスマホのライトを使おうとするが、スマホが見つからない。どうやら落ちていく時に落としたらしい。さっきまで居た所を見ても遠山さんもいないようだし、暗い森の中を手探りで行くしかなさそうだ。
「くっそ…遠山と小野寺、次会ったら一発殴ってやる」
恨み言を言いつつ足元に注意しながら進んでいく。足を挫いているせいで進むのは遅いが、ナニカは相変わらず一定の距離を保ちながら後ろを付いて来ている。
それを横目で見つつさっきの出来事を思い返す。まさか遠山さんが小野寺にオカルト研究会に入ると言っていたのは知らなかった。そして小野寺が断っていたのも。遠山さんが入ればきっと取り巻きも入るだろうから人数の問題が一気に解決され、廃部の危機はなくなるはずだ。
何故小野寺はそれを断ったのか。まさか遠山さんが言うように小野寺が私のことが好きだとか?いやこっちから願い下げだあんな男。あんなやつ好きになるはずがないだろう。遠山さんもあいつなんかを好きになってしまって可哀想だ。うん、やはり全部小野寺が悪いな。一発ではなく十発ぐらい殴ろう。
そんなことをつらつらと考えていると、前に人影が見える。大柄だからクラスの人ではないようだが、これで助かる。助けてもらおうと話しかける。
「あの、私転んで足を挫いてしまって。少し助けて頂けませんか?」
「…」
「あ、あの?」
男性は何も言わない。近付くと、大柄な男性だと思っていた人はそうでは無かったことが分かる。毛皮に覆われ、大きな猿のような見た目をした人ではないものが、こちらを向く。
「ウマソウナニンゲンダ。サケノツマミニチョウドイイ」
「なっ」
聞き取りにくく、高いのか低いのか分からないような気持ち悪い声で猿が喋った。そしてこちらに手を伸ばしてくるので、急いで挫いた足を引き摺って走る。
「マァテエエ」
待つわけないだろこの化物!早く走らないと喰われてしまう。そんな死に方ごめんだ。私は普通に生きて、普通に死にたいんだ!
「キャッ⁉」
考えながら逃げていたせいなのか化物に気を取られていたせいなのか、転んでしまった。そう、あれだけ気をつけていたのに、ナニカがいるにも関わらず、転んでしまったのだ。
倒れたまま前を見ると、走ってこちらに来るナニカと目が合った。
「ヒッ」
言い訳も言う隙もない。喰われる!そう思った瞬間、ナニカは私ではなく、化け物に噛み付いた。
「ギッ!」
「え?」
理解できず、呆然としてしまう。ナニカは唸りながら化物に噛み付いている。ナニカが、私を守った?何故?意味が分からない。
しばらく動けなかったが、ナニカが一層大きな鳴き声をしたときにようやく逃げなければ、と体が動いた。
後ろでは化物をナニカが抑えているようで、逃げる時間ができた。このチャンスを無駄にしないように進んで行くが、目の前には壁が広がっていた。急いで移動しようとするが、後ろには化物が立っていた。化物はニヤつきながら私に手を伸ばす。
「化けて出てやる…」
せめての恨み言としてそう呟いて、目を瞑った瞬間、目の前の化け物が吹き飛んだ。
「…へ?」
「おう!無事かゴラァ!」
「ちょっと、怖がっちゃうんで黙っててください」
「何だとオラァ!やんのか⁉」
「上等です。吠え面かかせてやりますよ」
助けてくれた男二人。一人は、口調が乱暴だが黙っていれば真面目そうな眼鏡をかけた男で、もう一人は丁寧な口調の長身で痩せぎすの男だった。そのまま化物そっちのけで喧嘩をしている。そろそろ化物も起き上がってくると思うんだけどいいのかな。
「ニンゲンフゼイガヨクモ…オ、オマエハッ⁉」
「まだ人間を襲っていたんですか。懲りないやつですね」
「何だぁ、殺されてーのかお前」
化物が長身の人を見た途端、明らかに怯え出した。震えてる化物に二人が近付く。勝負は目に見えていて、化物はもう喋ることもできずに怯えてるだけになった。なんだかチンピラに絡まれお金を要求されている人に見える。可哀想とは思わないし少しスカッとした。
「ここから今すぐ居なくなるなら見逃してあげましょう。ただし、次はありません」
その言葉を聞いた途端、化物は脱兎の如く逃げ出し、夜の森に紛れすぐに見えなくなった。