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醤油を売る。

 新宿駅南口を出たガード上の歩道には、様々な露店が並んでいた。電車やバスの網棚やごみ箱、その他様々な場所に捨てられている週刊誌を拾ってきて100円で売りさばく店、レゲエ風の怪しい兄ちゃんが自作(?)のアクセサリーを売っている店、必ず野球帽を被ったサングラスのオヤジが叩き売りをしている競馬や競輪の必勝本、その他どう見ても無許可としか見えない怪しげなお店の隣に、かっちゃんと僕はブルーシートを広げ、担いできた野田醤油を8本ずらりと横に並べた。そして1本500円の札を付けて、その後ろに腰をおろす。


 そもそも通りすがりで「おお、野田醤油か、1本500円は安いな、あんちゃん、これ2本もらうよ」なんて買ってくれる人が、一体どこにいるのだろうか。しかも1升瓶である。酔っ払いが1升瓶を抱えている図は、酔っぱらっているから成り立つのであって、素面に1升瓶を抱えた図というのは、どうにもこうにも収まりが良くない。それは一人4本の1升瓶をこうしてここまで持ってくる間に浴びた無数の視線で、子供だって気づく話なのだ。しかし、だからと言って、かっちゃん、これ絶対誰も買ってくれないよ、とは、代案を持たない僕には到底言い出せなかった。かっちゃんと言う男は、こうと決めたら、とことんやる男なのだ。


 新宿駅前の路上に、ブルーシートを広げ8本の真っ黒な液体の入った1升瓶を並べて座っている謎の若者二人組の図は、かなり衝撃を周囲に与えているようだった。500円の値札があることによってかろうじてどうやらこの1升瓶を売りたいのではないかという意思を、観察眼のある人ならば想像することは出来たと思うのだが、基本的にこういう輩とは関わるべからずと、子供の頃からしっかり教育されている日本人は皆、目を合わせたら呪いを掛けられるとでもいうように、とにかく一様に目を伏せて、足早に立ち去っていった。


 30分ほど座っていただろうか、レゲエ風の怪しい兄ちゃんが声を掛けてきた。


「あのさ、あんたたち、ここで何してんの?」


「野田醤油を売りにきたんですけど」


 さすがにこの状況において売れないのか?と思いはじめたらしいかっちゃんが答えた。


「いや、これは売れないでしょう。どっから持ってきたの?」


「家に売れそうなものが、これしかなかったんで」


「いやいや、それにしてもさ」


 あきれたように首を振ったレゲエ兄ちゃんは、拾得物雑誌のリサイクル販売のオヤジに何事か話をしにいき、何か話が決まったらしく戻ってきた。


「兄ちゃんたち、これ8本2000円でどう?」


「へ?」


 かっちゃんも僕も思わず間抜けな声が出てしまうほど驚いた。


「いやさ、あんたらここに一晩中座ってたって、これは売れねえよ。わかんだろ。しかもあんたらがいると、ここ通る人みんな逃げちゃうからさ、こちとらの商売にも迷惑なんだよ。な、わかんだろ?」


「はあ」


「ただ立ち退けったって、兄ちゃんたち金がなくてどうしようもねえ、って顔してっからさ。2000円ありゃ3日はもつだろう?」


「かっちゃん・・・」


「ああ、そうだな・・・分かりました。それじゃあ8本2000円で売ります。ありがとうございました」


「よし。じゃあ早いとこ店じまいしてくれよ。それでな、悪いけどその醤油、ちょっとここに運んでくれねえか。ブンから預かってきたって言えば分かるから」


 レゲエ兄ちゃんからもらった地図を頼りに、かっちゃんと僕は新宿二丁目の飲み屋街まで1升瓶を運んだ。指定の店を探し当て、準備中の札の掛かった扉を開けた。


「すいませーん。ブンさんから預かってきました」


 かっちゃんが中に声を掛ける。


「ああ、はいよ」


 出てきたのは普通のオジサンだった。新宿2丁目の店なので、何となくそういう感じの人が出てくるものかと構えていたので、ちょっと拍子抜けだったが、とにかくミッションを終えてホッとする。


「はい、ご苦労さんね。あらあら、これはお荷物だったわね。あら、かわいい坊やたちね。また遊びに来てね」


 Kという店名、カズという名前の名刺を渡された。あ、やっぱりそういうことなのね。


「いろいろと勉強になった1日だったなあ」


 帰り道、かっちゃんとシミジミと話しをした。結局、我々の持ち金は、スタートの3,000円に戻った。


(続く)


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