2番、パチンコパラダイス。
セカンドステージ。
人生もゲームも、逆転があってこそ盛り上がるのだ。これも我らに至上の喜びを与えんが為に天が与えし試練であろう、と、気持ちも新たに二人は馴染みのパチンコホールに向かった。初台駅近の甲州街道から小道を50mほど入ったところに位置する鄙びたこのパチンコ屋には、かっちゃんの最も得意とするチューリップ台が多数置いてある。この台は大勝ちというのはまずないが、反面少額でも勝負になるのがいいところだ。軍資金の少ないこんなときこそ頼れる台だ。
「頼むぞ、かっちゃん。伊達にこのホールに貯金してきたわけじゃあるまい」
僕の期待にかっちゃんは握り拳で応える。いつも以上に慎重な台選び。決して無駄玉は打たない心積もりらしい。僕もこぼれ球をひとつふたつと店員に見つからないように拾い上げ、かっちゃんのサポートに入る。換金率は3.0、球を買った(正確には借りた)瞬間に、4分の1負けた計算になるが、これは競馬も近い数字。宝くじに至っては買った瞬間に半分は持っていかれることを考えれば、それよりは良心的と言えた。
「ギャンブルは胴元が勝つように出来てるんだよ」
としたり顔で話す僕たちを、天は大笑いして見ていることだろう。だが、今、僕たちの明日の飯の頼りになるのは、この銀玉ちゃんだけなのだよ。
入念な下調べの末に座った36番台。かっちゃんは揺るぎ無い自信の表情で玉を打ち出した。滑り出しは絶好だった。わずか三発目で中央の役モノを捉え、盤面のチューリップを全開にしたのだ。かっちゃんの満面の笑み。僕は腕に「鳥肌」が立つのを感じた。以前から、こいつはどこか違うとは思っていたが、さすがは我らが世帯主、佐原運送の御曹司、やる時はやる、よっ、かっちゃんいい男!
それからしばらく増加傾向が続き、いわゆるチンジャラという景気のいい音が響き、下皿から玉が吐き出されていた。かっちゃんの表情が緩む。
「な、だから、俺に任せとけっていったんだ」
と、したり顔。これがイケなかったのかも知れない。どうしたわけかひと箱を目前に伸びなくなった。決して入らないわけではないのだが、グンと伸びて来ない。かっちゃんの表情にわずかな翳りが見えた。
僕は「休んだ方が良くないか」と声を掛けるが、かっちゃんは玉を止めるきっかけを掴めない。パチンコというやつは、減り始めるとあっという間に球が消える仕掛けになっている。箱の中の持ち球は、たちまち半分になり4分の1になった。
「かっちゃん!」
必死の呼びかけにやっと振り向いたかっちゃんの瞳を見て、僕は敗戦を覚悟した。36番台。さっき勝負した馬券も3-6だった。もしかすると今日は、この数字に関わってはいけない日だったのかも知れない。
考えるべきは残ったあと1000円をどうするかという命題である。これがダメなら二人の持ち金はゼロになる。冷蔵庫に何か食べられるものが残っていたかどうか。
「醤油なら売るほどあるぞ」
千葉の野田醤油はかっちゃんの実家から送られてくる貴重な仕送りだ。うまい醤油にご飯があれば何の問題もないと思ったが、
「しまった、米が底をついているぞ」
昨日の夜炊いたのがラストだったのを完全に忘れていた。
「むむむ、3000円で米を仕入れるべきだったか・・・」
目の前にある金は1000円だ。1000円では5kg買うのも無理だろう。
「隣のおばちゃんに1000円分、譲ってもらうってのはどうだ?」
僕の提案に腕組みをしていたかっちゃんが閃いたとばかりにしたり顔になった。このしたり顔は、今日はあまりいい兆候ではないのだが。。。
「うん、それも妙案だがひとつ思いついたことがある」
そして僕たちは再び新宿駅に向かうことになった。売るほどあると言った野田の醤油の一升瓶を、二人でそれぞれ4本ずつ携えて。
(続く)