プロローグ
あの頃の僕たちは、一体何を食べて生きていたんだろう。思い出そうとしても、食事をしているシーンが浮かばないのだ。だから僕はこう思う。きっとかすみを食べて生きていたんだろうと。
かっちゃんこと佐原光章と僕が初台の香取荘【風呂なしトイレ共用】で共同生活をしていた頃(実はかっちゃんの家に僕が勝手に転がり込んだのだけど)、僕たちには本当に金がなかった。
それには僕たちの就いていた「営業」という職業が多分に影響していたと思う。傍から見れば自由そうに見える外回りの営業の仕事だが、それはごく一部の売れる営業マン(売れる営業マンだって全然楽なんてしていないのだが)だけの話。「結果=実績」に縛られる僕たち売れない営業マンは、その結果として朝から晩まで長時間拘束を強いられる。
外で仕事をするというのは事務所にいるのとは違って金がかかるものだ。安月給の殆どが、喫茶店や時間潰しの「諸経費」に消えてしまい、気が付くと風呂代にも困る始末だった。風呂のないアパート暮しは1回260円の銭湯は、週に二度の贅沢だったが、給料前はそれも断念した。
冬の朝は氷が張ることもある。水しか出ない流し台で、素っ裸になって身体を洗っているかっちゃんを見て、あまりの不憫さと同時にその健気さに思わず抱きしめたくなった。