004 『旭川香』
「あのイタズラの犯人、あなた達ですよね。懲りない人たち」
「ああ? こんなところに呼び出して何言ってんだか。バッカじゃねーの」
「そうそう。だいたい証拠もないのにどーしてそんなこと言えるの」
放課後。校舎裏。そこには、一人の女子生徒と、三人の男子生徒がいた。
黒髪のセミロングで、見た目、いかにも大人しそうな物腰の柔らかそうな女子生徒だ。
たが、頭一つ分は身長差があろうという男子生徒三人の剣呑な雰囲気を前にして、いたって穏やかな涼しい顔をしている。
制服をだらしなく来ている男子生徒達は目つき悪く、また機嫌も悪いようで、今にもその女子生徒に襲いかかってきそうだった。
だが、女子生徒は構わずその佇まい然とした穏やかな口調で続ける。
「あら、私の真横で堂々と反抗に及んでいたではありませんか。しらを切るにしてももう少しまともなことを言えませんか? それに証拠が欲しいのであれば、提供するのもやぶさかではありません」
少女は言いながらポケットからスマホを取り出すと、簡単な操作をする。すると三人の声と思われる音声データが流れ始めた。
「てめっ、いつの間に…!」
「おまっ、馬鹿にしてんのか!」
「あら、学年主席に対してそれを言うのはいささか失礼ですよ? 藤木君にすら学力で劣る皆様。」
女子生徒はクスクスと笑いながらワザと挑発するようなことを言う。
「このやろっ」
痺れを切らしたのか、うちの一人が女子生徒に手を挙げた。
ゴン。
人を殴ったにしてはあまりに鈍い音がした。まるでコンクリートの壁をたたいたような音だ。拳は女子生徒の左頬に当たったようだったが、彼女がよろめくでもなく、倒れるわけでもなく、ただ何事もなかったように穏やかな表情でそこに立っている。
「ぎゃああっ」
悲鳴を上げたのは手を挙げた男子生徒のほうだった。
「な、なんだこいつ、無茶苦茶硬てぇ、まるで石だ」
怯えるような眼で女子生徒を見る男子生徒。
「どうされましたか? 私はただ真実の解明と今後の対応についてお話したいだけなのですが」
傷一つついていない左頬を優しく撫でながら、小首を傾げる女子生徒。
「ふざけんじゃねぇっ」
もう一人の男子生徒が続いて蹴りを繰り出す。
ガッ。
腰に当たったそれは、やはり何も女子生徒になにも変化は無く、呻いているのは蹴った張本人だった。
「ですから、きちんとお話をしましょう。こういったことは学級委員としても見過ごせませんし。暴力に訴えるだけでは何事も解決しません」
「話にならないってのがわかんねーのか!」
最後の男子生徒は懐から果物ナイフをおもむろに抜き放つと、震える手で女子生徒に向ける。
「やれやれ、交渉の余地はありませんか。仕方ありませんね。では私はこれをあらゆる場所へ提供せざるを得なくなります」
おもむろにカバンから、なんのラッピングもされていない白いディスクが入った透明ケースを三枚、三人に見えるように取り出す。
「お、脅すつもりか?」
「おやおや、ナイフ片手に言うセリフではありませんよね。どうするか早く決めて頂けませんか? 私もこう見えて暇ではないので」
「う、うわああぁぁっ!」
ナイフを持った男子生徒は悲鳴とも取れる声で叫びながら、獲物を振り回して襲って来る。
「やれやれ、これでは大きな子供ですね。手癖が悪い分タチが悪いです」
ため息混じりに、半歩だけ下がって自らの重心を少しずらす。それだけで闇雲に振り回される無軌道のナイフは空を切り、標的を見失った男子生徒はそのまま地面にすっ転んだ。
「ふぅ、粋がっている割には惨めなものですね。それでは交渉決裂ということで、失礼いたします」
結局女子生徒は男子生徒たちには一切手を出さず、たおやかにお辞儀をするとその場を後にした。
「くそ、あいつ、一体何ものなんだよ……」
後に残された男子生徒の内の一人が言葉を漏らすが、意気消沈しているためか誰も反応はしなかった。