002 『藤木拓也』
藤木拓也は、この学校きっての不良である。
金髪に染め上げたぼさぼさの鴉頭。短い眉に彫りの深い鼻筋。泣く子も黙る鋭い三白眼。身の丈は二メートルあろうかという見上げるほどの図体のいい居丈夫で、がっしりとした肩幅に筋骨隆々の鍛え上げられた肉体。丈の長い詰襟の学ランの前は止めず、素足で下駄。いつも不機嫌そうな顔で両の手はいつもズボンのポケットの中。肩で風を切ってガニ股で歩くその様は正に孤高の一匹狼。声をかければ例外なく「ああっ?」と凄みを持って応えてくれる、誰もが認める頼もしい(?)不良である。
これは拓也にとって、非常に由々しき問題である。
高校二年生にもなって、あからさまな不良の格好は、ダサい上にあからさまに不自然すぎる。実のところ、これは彼が好き好んでやっている事ではないのだ。
金髪なのは、悪戯好きの美容師の姉が、散髪でうたた寝している最中に金髪に染め上げてしまったせいだ。
学ランの丈が長いのは、物静かで引っ込み思案の裁縫好きな妹が、不良モノの映画や漫画にはまってしまい、金髪頭にされた直後、勝手に制服を改造されたためだ。
素足で下駄なのは、頑固で変な知識に偏っている父親が、道場の出自だからといって歩きにくい下駄を強要したためだ。ガニ股なのは、純粋に歩きにくいだけ。
目つきと口が悪いのは……生まれつきである。
こんな風体のおかげで、毎日の様に街の不良絡まれては喧嘩を売られてはそれを買ってしまう短気な気質。道場で小さい頃から鍛えられていた頑丈な体と負けず嫌いも相俟ってか、負けた事は、未だかつてない。
人と話す時も別に凄んでいるわけではなく、口下手なだけだ。
そんな学生生活を送っていれば、無論友達なんて出来る筈も無く、生徒達からは倦厭され、教師までもがおっかなびっくりで逃げて行ってしまう。
(俺だって、俺だってなあ、仲良くなった友達と机並べて昼飯食ったり、つるんでゲーセンに行ったり、下世話な話で盛り上がったりしたいんだよ~)
そんな彼の心の叫びは、今日も聞き届けられるはずも無く、早朝、礎馴学園高校二年一組の教室の一番後ろの窓際の席の前で、不機嫌そうな顔で立ち尽くしていた。いささか口元がひきつっている。
ここは彼の席である。
朝早いせいもあってか教室にはまだ誰も来ていない。
自分の席の前で立ち尽くしているのには理由があった。こんな事に慣れたくは無いのだが、もうすっかりお馴染みの光景になりつつある。
油性マジックで落書きされた机。悪口や罵詈雑言、卑猥な内容の絵まで、机の表面がいったい何色だったのか分からない程真黒に塗りつぶされている。机の中もまるでゴミ箱の中身をそのまま突っ込んだかのように、色々なモノがはみ出して鼻の奥を突くような強烈な悪臭を放ち、椅子は彫刻刀の様な物で掘られたのかささくれだっていて、とてもじゃないが座れたものではない。
それはもう、惨憺たる有様だった。
「こいつは、ひどい」
思わず口をついて独り言がもれてしまうほどだ。もはや、その一言で全て説明できる。
自分が普段からクラスや学校の皆に不快な思いをさせているのは知っている。素行が悪く、態度も悪い、口が悪い、格好も悪い、良いとこなんてまるでない。そんな事は、自分が一番よく知っている。これがその仕打ちというのなら、あまりに手荒い、心荒ぶる歓迎だった。
油性マジックで落書きされた机は、専用の溶剤か何かを使わねば落ちないだろう。半ば生ゴミが入っている机は洗ってすぐとれる異臭とは思えない。椅子はそもそも取り換えないともう使い物にならない。
毎度毎度のことではあるが、いつ見ても、嫌な思いしかしない。最初は落書きだけだったが、日に日にエスカレートしているようにも思う。
拓也の眉根がだんだんと寄っていく。こめかみに青筋が幾本も浮かび上がり、目つきがだんだんと怖くなっていく。
「ざっけんな!」
誰もいない教室で怒声を上げて、拓也は自分の机を蹴り飛ばした。机は中身の汚いモノをまき散らしながらあらぬ方向にひしゃげ、けたたましい音と共にリノリウムの床に転がった。ついでに周りの机も巻き込んで激しく散乱する。
「――ふん」
鼻息一つ、拓也はぺちゃんこの鞄を持ったまま踵を返した。
学校は嫌いだ。
拓也は教室を一度だけ見渡す。静まり返った誰もいない教室。クラスメイトなんてほとんど会話したことがないから顔なんて覚えてはいないが、厄介事――この惨状――に対して知らぬ存ぜぬを決め込んでいるクラスメイトに反吐が出そうだった。
帰ろうかとも思ったが、せっかく学校に来たのだしこのまま帰るのももったいないと、拓也はその足を、屋上に向けた。
屋上に出ると、少し冷たい風が吹き抜けた。だが、刺す様な日照りにはちょうどいい。拓也はぺちゃんこの鞄を枕代わりに大の字になって寝転がった。
「ふぁ」
陽気に誘われて、拓也はあくびをかみ殺す。拓也はそのまどろみに逆らうことなく、瞳を閉じた