001 『白井光亮』
時はすでに丑三つ時を過ぎようとしていた。辺りは虫の音すらしない。
不気味に横たわる静寂の夜闇の中、佇むのは四人の男とそれに囲まれた青年だった。
四人の男たちはそれぞれに獲物(武器)を持っていた。ナイフ。鉄パイプ。釘バット。木刀。
明らかに穏やかではない状況である。
中央に立つ青年、白井光亮はこの状況で、いたって涼しげな顔をしていた。余裕のある顔、と言い換えるべきだろう。決して臆することなく、ただこれから起こることを吟味しているように、被害者の中心にいて傍観者のような立ち振る舞いだった。
ボサボサに伸ばした髪がだらしなく肩にかかり、猫背に皮ジャンと色あせたダメージジーンズ、裸足に履きつぶしたサンダル――といった出立ちだがルックスそのものは悪くなく、それなりに身なりに気を配れば好青年と言い換えてもおかしくないが、いかんせんそのだらしのない恰好が彼の印象を極限にまで貶めていた。
「いきなり当たりを引くなんてなぁ、いつもこうだと仕事が楽で良いんだが」
「文句を言う暇があったらさっさと片付けたらどうだ」
光亮が一人ごつると、どこからともなく冷たく済ました女の声がそれを窮した。
「言われなくても、分かってるよ」
気だるく答えて、光亮は男の一人に挑発するように中指を立て、ちょいちょいと指先を引く。
「ガアアアァアアァアッ!」
「おおっと」
安易に挑発に乗ったナイフを持った男がナイフを振りかぶった。光亮はそれを眼前でかわす。
続けざまに切り上げたナイフを持つ手を掴んでひねり、そのまま地面に押し倒した。
「がはっ」
「動きが直線的で無駄が多すぎる。相手にならないな。こんなん子飼いにしてもなんの益もないだろうに」
一つため息をついて、首筋に手刀を叩きこむ。ナイフを持った男は瞬時に昏倒した。
――だが、異変が起こったのはそこからだ。
男の持ったナイフがひとりでに動き出し、まるで自分で意志をもったかのように宙に浮き上がったのだ。ナイフを握ったままの男は、気を失ったまま引きずられるようにして立ち上がる。光亮は咄嗟に男の背中から飛びのいた。
「媒体を叩いても意味はない、か。まあ、当然の理屈だな。触媒を叩くが道理…」
全然焦る様子もなく、ただ起こったことを検分するように、光亮は頭をかく。
「ふう、さて、来いよ、いくらでも相手になってやる」
ゆらゆらと宙をさまようように浮いていたナイフは、とたん、狙いを定めて光亮の眉間を狙って飛来する。
「だから、無駄だって」
人差指と中湯だけて、眼前で白刃取りをしてのけた光亮は、やはり焦りや焦燥は無い。
ギリギリときしませながら歯を受け止めていたが、長くは続かなかった。
ナイフが縦に割れたかと思うと、まるで獣口の用にガバッと口を開いたのだ。強靭なあごを思わせる巨大なそれは肉食獣のそれを連想させる。危うく手を噛み千切られそうになった光亮はそれを予知していたかのようにあっさりと腕を引っ込めた。
ガキン!
その歯は手のあった場所で噛み合い、鈍い音をたてた。
「相変わらず、九十九憑きはおっかないね」
言いながら懐から取り出したのは大口径のオートマチック拳銃。この闇の中ですら圧倒的な存在感を放つ黄金のデザートイーグル。
流れるような動きで、その噛み合わされた下顎に銃口を突き付け、ためらいもなく発砲。一発、二発、三発。マズルフラッシュが瞬き、空薬莢が乾いた地面を叩く。
「はーい、一匹目しゅうりょー」
光亮がゆっくりと顔を上げる頃には、その巨大なあごは黒い霧となって霧散し、残されたナイフが音を立てて地面に落ち、男も意識を失ったまま昏倒した。
残された三人の男はその一部始終をう来ずにじっと見据えている。正確には、それにとりついたモノが。
「さて、一匹ずつなんて面倒なことはしたくねぇ。まとめて来いよ」
挑発するように光亮は顎を一度しゃくる。拳銃をトントンと肩に担ぎ、間合いを測る。
「龍馬――おびき出せ」
「――了解」
姿の見えない相手に静かなやり取り。光亮は返答を待ってから、腰を沈めて三人に向かって突進するように走り出した。
三人が獲物をそれぞれ身構える。だが、街灯に照らされた影から長い針のようなものが飛び出し、それぞれの得物に突き立った。
光亮は走る。驚愕する三人の得物がブクリと泡立ち、不気味に膨れ上がる。
同時に、縫いとめられたように男たちの動きが止まった。
「隠れてちゃ、何も始まんないだろっ」
ガチャッ!
一番近くにいた木刀の男の、泡立った不気味な物体に銃口を押し当てる。
「二匹目だ!」
きっちりと三発の弾丸が撃ち込まれる。
崩れ落ちる木刀の男を乗り越えて釘バットの男。
「三匹目!」
ヌッと突き出された銃にあらがえもせず、釘バットの泡に弾痕が穿たれる。
「ラスト!」
身をひるがえし、振り向きざまに鉄パイプを持った男に銃を向ける。正気を失った瞳。不気味に泡立った鉄パイプ。
鉄パイプの泡が蠢き、その質量を増大させる。それは形を持ち、巨大な蛇へと…。
「なっ」
向けられた銃。引き金が引かれる一瞬。その蛇はその大きさに似合わぬ速さで光亮の腕に巻きついた。
「があっ」
メキメキと腕が締めあげられ、光亮は思わず銃をとり落とす。
「くそっ、油断したか」
光亮は額に冷や汗を浮かべながら、なお余裕の笑みを浮かべた。
「いいだろう、見せてやる。これが本当の、九十九神だっ!」
地面に転がったデザートイーグルが輝きだす。あたりが昼間のように明るくなり、光の粒子が質量をもってその銃に収束する。
「――来い! マグナ!」
光の爆発。溢れ出す光が束となり終息していく。それは脚を形成し、細い腕を生み、流れるような肢体を形作り、幼い女子の顔を作る。その背には透き通った水晶が、蝶の羽のように広がった。
一瞬のような出来事。だが、そこにははっきりとした、歴然とした美しき『力』が顕現していた。
マグナと呼ばれたその少女は、生まれたばかりの幼子のように汚れなく、純真で、無垢で、光り輝き、その瞳がうっすらと開かれる。
「――コウ君」
光亮ははっきりと意識できた。自分の愛銃。黄金の拳銃、デザートイーグル。それが今、想いでつながった.
今、自分は何だってできる。
「いくぞ!」