二人で見張り
今夜は、更科さんと私の二人で最初の見張りを行う。
私は更科さんと二人の見張りは初めてなので、何をしようかと考えていた。
焚き火が燃える時の、パチパチという音だけが響く。
更科さんが、
「和人、今日は一日、お疲れ様。」
と話しかけてきた。私は今日一日を振り返り、
「ええ。
朝一番で勉強をして、私のあまりの出来なさに蒼竜様に愕然とされたり。
次に、今後の学習方針を考えるからと言って咲花村まで往復で走らされたり。
午後から温泉に行って楽しく汗を流すはずが、狂熊王や雷熊と戦って全身冷や汗が出たり。
本当に、いろいろありました。」
と返した。特に最後のは、よく生きて帰れたと思う。そして、
「薫は、どんな一日だったのですか?」
と聞いた。すると、更科さんは、
「えっと、朝は御飯を作って、片付けをした後、和人が咲花村まで往復している間に、蒼竜様から細胞を劣化させない神聖魔法を教わったの。
午後は一人と別れた後、雫様と温泉に入ってから、角うさぎを狩るのを見学させてもらってから、血抜きの方法を教えて、山頂に戻ってから晩御飯を作ったの。
雫様が、
『こうやって鍋に圧力をかけると、早く煮えるんや。』
と言って鍋に魔法をかけたら、穴が空いちゃったのには驚いたけど・・・。」
と言ったところで、話しが止まった。私は鍋の件を思い出し、しまったと思った。案の定、更科さんは夕食前のことを思い出したようで、
「和人。
そう言えば、私にひどいこと、言っていなかった?」
と先に切り出されてしまった。経験的に、こういうのは先に話したほうが許されやすい。私は、
「薫、ごめんなさい。
あれは、雫様の機嫌を取るために、『私だと言って』という振りだと思ってしまいまして・・・。」
と言い訳をした。すると更科さんは、
「そんなわけ無いでしょ?」
と、私を叱った。私は言い訳を重ねても火に油を注ぐだけではないかと思ったが、
「いえ、だって、薫は自分を指差していたではありませんか。」
と理由を話した。すると更科さんは少し考えてから、
「あぁ、そういうことね。」
と言った後、
「確かに、そういう風にも取れるけど、でも、やっぱり私の名前も出して欲しかったわよ。」
とちょっと拗ねたように言った。言ったら怒られるだろうが、更科さんの仕草が可愛らしい。
私は、
「そうですね。
私も指を差さなかったら、薫の名前をちゃんと言えてスッキリでした。」
と言った。しかし、更科さんから、
「本当にそう思ってる?」
とじゃれるように聞いてきた。なので私は、
「思っていますよ。
こちらでも、御飯と煮物、他にもお味噌汁も作っていますよね。」
と言った。すると、更科さんが、
「私、煮物は取り分けただけで、作ってないかな・・・。」
と言った。更科さんの顔を見ると、焚き火に照らされた目が泳いでいた。
私は、
「でも、他にもお漬物を塩抜きしたり、切ったりもしていますよね?」
と山頂で食べたものを思い出しながら話した。だが、更科さんは、
「塩抜きも安塚さんが『こうやったほうが美味しい』って言って、塩水に浸してたし・・・。」
と、また、目を泳がせながら話した。私は、
「そうなのですか。
でも、塩抜きは水に漬けておくだけで大丈夫ですよ。」
と教えた。すると更科さんは、
「ううん、違うのよ。
塩水につけたほうが、塩分がまんべんなく抜けるのよ。」
と説明した。私は実家を思い出して、
「そうなのですか?
でも、私は、ちょうどよい小さな桶に水を入れて抜くように教わりましたよ?」
と言った。すると更科さんは、
「それだと、まんべんなく抜けないんじゃない?」
と聞いてきたのだが、私は、
「そんなことはありませんよ。
昔、私が塩を入れて抜こうとしたら、母に、
『どうせ一晩置くんよ。
抜けた塩が塩水になるから勿体無いじゃろ。』
と怒られた事があります。」
と説明した。すると更科さんは、
「確かに、言われてみればそうよね。
どうせ、塩水になるなら、なんで呼び塩なんて入れるんだろうね。」
と私と一緒に不思議に思ったようだった。私は、
「明日、安塚さんにでも聞いてみますか。」
と提案すると、更科さんも、
「そうね。
お家によって、いろいろな方法があるというだけかもしれないけどね。」
と少し笑いながら話した。
私は、鍋の件の話をうまくすり替えることができて、機嫌も直ったようだったのでホッとした。だが、私は鍋という単語が頭に残ったせいで、うっかり、
「それぞれの家でやり方が違うと言えば、煮物もそうですよね。」
と話を切り出してしまった。私は話し始めた後に煮物からまた鍋を連想してしまうのではないかとヒヤヒヤしたが、更科さんは、
「そうね。
私の実家では、最近はお醤油をよく使って煮付けるけど、和人の実家は違うわよね?」
と、そのまま話に乗っかってくれた。私はホッとしたのを顔に出さないように気をつけながら、
「ええ。
私の実家は、干し椎茸の出汁やお味噌を使った味付けが多いです。
たまに、唐辛子や山椒が入ることもありますが、小さい頃は辛いのは苦手でした。」
と話した。すると更科さんが、
「ふーん。
今は、もう辛いのは大丈夫なの?」
と聞いてきたので、私は、
「ちょっとなら、大丈夫ですよ。
特に、正月の大根と蓮根、あと蒟蒻を味噌と粉にした唐辛子を少し入れて味付けした煮物は好物です。」
と言った。更科さんは、嬉しそうに、
「じゃぁ、今度、和人の実家に行って教わってくるね?」
と言ったので、私も、
「楽しみにしていますね。」
と答えた。
こんな感じで私達は、見張りを交代する時間まで楽しく雑談をしたのだった。
〜後日談
山上くん:すみません、安塚さん。ちょっと聞いていいですか?
安塚さん:授業の話?
山上くん:いえ、料理の話なのですが。
安塚さん:?
山上くん:先日、薫に呼び塩を教えたそうですが、呼び塩はやったほうが良いのでしょうか。
安塚さん:あぁ、あれね。
山上くん:はい。実家の母からは、どのみち塩水になるのだし、やらなくてもよいと教わりまして。
安塚さん:ちゃんと説明すると浸透圧とか難しいんだけど、浸透圧は聞いたことが有る?
山上くん:えっと、お恥ずかしながら聞いたことありません。
安塚さん:(まぁ、学校に行ってないらしいしそうよね。)・・・そうね。簡単に説明すると、勢い良く塩が抜けると、一緒に旨味も抜けるのよ。だから、塩水に入れて塩分の差を小さくしてゆっくり塩が抜けるようにしているの。ほら、緩やかな坂だと滑り落ちないものでも、急な坂だとずれ落ちる事が有るでしょ?あれと似たようなものよ。
山上くん:なるほど、水だと急な坂になって旨味がどんどん出ていくけど、塩水だと緩やかな坂になるので旨味が逃げにくいのですか。なんとなく、分かったような気がします。ありがとうございました。
安塚さん:(普通、男の子はこういうの知らないし興味もないのに、山上くんはお母さんっ子だったのね。)
 




