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温泉にて

 蒼竜様と私が温泉に着いた時、雫様や安塚さん、更科さんの姿がなかった。

 私は人質になってしまったのではないかと不安になり、


「蒼竜様!

 もぬけの殻です!」


と言った。すると蒼竜様は、


「いや、山上。

 そんなに長く湯に浸かっていては、湯あたりするだろうが。」


と当たり前のことを話した。私は、


「それにしても、書き置きとか、何かしていそうなものですが・・・。」


と不安になって見回したが、何もなかった。しかし蒼竜様は、


「このような所に、紙など持って()ぬし置いていても飛んでいくやもしれぬであろう。

 人は一度疑い始めると、悪い方につい考えがちだがな、少し、冷静になってはどうだ。」


と言って私をなだめた。私はひと呼吸して、


「分りました。

 ひとっ風呂浴びて、少し落ち着こうと思います。」


と言ったのだが、蒼竜様は、


「そういうのは拙者が言うセリフであって、自分で言うものではないぞ?」


と苦笑いされてしまった。そして、


「そこの奥に(おけ)が置いてある。

 あと、そこに泡っ子(あわっこ)が生えておる。

 それと、そこに焚き火の後があるゆえ、必要なら灰を使うが良い。

 返り血も浴びているのだから、しっかり洗えよ?」


と言った。私は、


「ありがとうございます。」


とお礼を言ってから、早速、虎杖(いたどり)と似た泡っ子という草をポキリと折って持っていった。

 服を脱ぎ、泡っ子から出る粘液を両手に取って泡を作り体を洗う。

 さっき教えてもらった桶に湯を()んで、温泉に流した湯が入らないところまで移動して洗い流す。

 私が温泉に入ろうとすると、既に蒼竜様はお湯に浸かっていた。私は、


「魔法でお湯が出せると、こういう時、すぐにかけ湯が出来て便利で(うらや)ましいです。」


と話しかけた。すると蒼竜様は、


「山上もそのうち、出来るようになるのではないか?」


と言った。私は、


「今朝の授業からすると、私はかなり努力しないと水が出せないようですので、出来るようになったとしても、かなり時間がかかりそうです。」


と言った。すると蒼竜様が、


「山上。

 いいことを思いついたぞ。」


と言って、顔をニヤつかせた。私はどうしたのだろうと思いながら、


「いい事というのは?」


と聞いた。すると、


「水を引き寄せれば良い。

 地面の下には(おおむ)ね、水脈はあるものだ。

 飲めるかどうかはさておき、水を出したいだけなら、水だけ引っ張り上げればよかろう。」


と話した。私は、


「泥水になりそうですね。

 それに、どうやって土をすり抜けさせるのですか?」


と聞いたのだが、


「それこそ、修行すればよかろう。」


と言った。私は、蒼竜様が実際に出来るのであれば修行の方法を教わろうと思い、


「蒼竜様はできるのですか?」


と聞いてみた。しかし蒼竜様は、


「いや、今思いついたゆえ、やったこともない。

 まぁ、試してみるのもよかろう?」


と返してきた。私は、少しがっかりしながら、


「それでは本当に出来るかは謎ということですね。

 それに、なんとなく錬金魔法を集めて水を作るのよりも、難易度が高い気がしますよ?」


と話した。すると蒼竜様は、


「確かに、そのような気もするな。」


と言って笑っていた。私も、


「駄目じゃないですか。」


と苦笑いした。

 私は普段、頭の中で百まで数えてから上がるのだが、十数えたところで更科さんが心配になったので、


「そろそろ山頂に戻りませんか?」


と聞いた。蒼竜様は、


「早風呂だな。

 もう良いのか?」


と聞いてきた。私は、


「はい。

 そんなに長湯の方でもありませんので。」


と答えたのだが、私の内心はお見通しのようで、蒼竜様は、


「奥方とは、どのみち山頂で会えるのだ。

 そんなに急がずとも、もう少しゆっくり入ってもよかろう。」


と言った。私は、


「その言い回しなら、私が今、気が気ではないのも分かっていますよね。

 出来れば、急いで戻りたいのですが・・・。」


と話した。しかし蒼竜様は、


「湯にゆっくり浸かって、少しは冷静になれ。

 余裕がなくなれば、それだけ見落としが出てくるというものだ。

 さっきはああは言ったが、絶対に戦いにならないとも言い切れん。

 逃げる頃合いを見計らうためにも、これは必要なことだぞ?

 見誤れば、人なぞ風前の灯火(ともしび)だからな。」


と言った。私はその話も(もっと)もだと思ったが、


「薫の顔を見れば落ち着くと思いますので。」


と言った。すると蒼竜様も、


「まぁ、直接見れば安心もするか。」


と納得してくれたのだが、


「しかし、露骨(ろこつ)に安心するような真似は警戒しているのがバレるゆえ、冷静にな。」


と釘をさされてしまった。私が、


「はい。」


と返事をすると、蒼竜様は、


「急がば(まわ)れという(ことわざ)もある。

 ゆっくり温泉に入っていたほうが、気持ちも落ち着いてバレにくくなるということもあるであろう。」


と言った。私は、


「そうかもしれませんが・・・。」


と口ごもった。しかし蒼竜様は、


「獣の(にお)いは、簡単には取れん。

 竜人化しておっても、元は竜ぞ。

 早風呂したとバレるであろうな。

 そうすれば、一刻も早く戻りたかった理由から拙者らが疑っていることも察しがついてしまうやもしれぬ。」


と言った。そう言われてしまっては、私は竜人がどのくらい()ぎ分けられるのか知らないので反論のしようもない。なので、


「分かりました。

 そのようにします。」


と言って、蒼竜様が良いと言うまで待つことにした。

 しばらく二人で黙って湯に浸っていたのだが、突然蒼竜様は、


「まぁ、暇つぶしなのだがな。

 昔も似たようなことがあってな。

 拙者には加納(かのう) (ほむら)という教え子がおってな。

 田中との逃亡中に偶然会って、酒を飲んだことがあったのだがな。」


と話し始めた。恐らく、昨夜話していた加納様の話だろう。

 蒼竜様は、


「そいつは、拙者が田中と一緒に旅をしているが気に入らなかったようでな。

 勝手に田中に挑んで倒されても困るゆえ、『力比べ』という体で戦わせて納得してもらうことにしたのだ。

 結果は、まぁ、田中にコテンパンにされたのだがな。」


と話した。ここまでは昨晩聞いたのだが、蒼竜様も寝ぼけて話していたようだったので、


「そのような事があったのですね。」


()の手を入れた。すると蒼竜様は、


「ふむ。

 その後、加納がまた現れてな。

 『先日は遅れを取ったが、赤竜帝の命によって参ったので今日は本気で行くぞ!』

 と言って、竜に戻って突っ込んでいったのだ。

 まぁ、あっという間に加納が尻尾を切り落とされてしまったのだがな。

 竜は尻尾を落とされると力が半減してしまうのだがな、それでもなお、加納は戦うことを()めんでな。

 拙者も説得はしたものの、加納も涙目で、

 『人一人倒せないようでは、帰るに帰れん。』

 と言って大変だったのだ。」


と話した。私は、


「当時から田中先輩は、竜相手でも楽勝だったのですか・・・。

 ところで、今回の雫様の件も同じように揉めるのでしょうか。」


と聞いてみた。すると蒼竜様は、


「どうであろうな。」


と言って空を見上げたあと、


「あの時も(なだ)めすかしたりしてな。

 拙者が、

 『もう、これ以上やっても(らち)が明かぬなら、俺が預かるぞ。』

 と言ったのだ。

 しかし加納から、

 『先生も、今はお尋ね者なのですよ?

  その先生に預けても、まとまるものもまとまりません。』

 と言われてな。

 どうにもならぬゆえ、

 『ならば、俺の尻尾を半分持っていけ!』

 と言って、先っぽだけ尻尾を切って加納に渡したのよ。

 そうしたら、加納も流石に引っ込まざるを得ぬゆえ、

 『そこまでなさらずとも!

  俺の我儘(わがまま)のせいで、先生にそこまでさせてしまい、申し訳ありません!

  これを持って帰って、先生に一太刀(ひとたち)入れるのがやっとだったと言えば、俺の面目は立ちます。』

 と言って、ようやく加納は戦いを()めてくれたという事があったのだ。」


と眉間に(しわ)を寄せた。私は、


「つまり、どういうことでしょうか。」


と聞いた。すると蒼竜様は、


「ふむ。

 たとえ知り合いであったとしてもだ。

 上意(じょうい)である以上、どんな相手であれ、他の者が納得できる理由がなければ戦いを止める訳にもいかぬ。

 最後まで戦わねば、今度は自分が裏切り者にされたてしまうのだからな。

 今回の件も、同じことが言えると思わんか?」


と言った。私は少し考えて、


「上から指示されては、たとえ悪いと思っていても、やらざるを得ないという事でしょうか。」


と答えた。蒼竜様は、


「まぁ、そういうことではあるのだがな。

 上意を出した張本人が取り下げぬ以上、根本(こんぽん)解決はせぬということだ。」


と話した。私は話の流れと違う解答に戸惑ったが、確かに根本はそこなので、


「かと言って、上の人も一度出した命令はなかなか取り消せないでしょうし。」


と合いの手を入れた。すると蒼竜様は、


「そうであるな。

 面子という物は厄介なことよ。」


と苦い顔をしながら言った。がしかし、蒼竜様は無理やり笑い顔に変えて、


「ただ、まだそうと決まったわけでもなし、まずは晩飯でも楽しもうではないか。」


と話した。私も、


「はい。

 温泉で少しは気持ちも落ち着きましたので、そろそろ戻りましょうか。」


と返した。蒼竜様は、


「そうだな。

 そろそろ良かろう。」


と言って、ようやく春高山の頂上に戻ることになった。

 私は、蒼竜様に(はや)る気持ちを悟られないように気をつけながら湯から上がり、なるべく早く体を()いて服を着た。

 蒼竜様が、


「では、行くぞ。」


と言って歩き始めたので、私もそれに続いて歩いた。

 なんとなく蒼竜様の声に、決意を感じた気がした。

 私も更科さんが心配なように、蒼竜様も、雫様と敵対することになるのは本意(ほい)ではないのだろうなと思ったのだった。


蒼竜様:面子という物は厄介なことよ。

山上くん:(そういえば昔、次兄が『中途半端に頭が切れる人ほど、一貫性を保とうとして泥沼に(はま)まるから厄介(やっかい)だ』とか言ってたっけな。)

蒼竜様:ただ、まだそうと決まったわけでもなし、まずは晩飯でも楽しもうではないか。

山上くん:(ちょっと面白い顔だけど、笑ったら不味(まず)いんだろうな・・・。)


今回は温泉回ではありますが、既に女の子は山頂に戻っていましたとさ。(^^;)


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