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狂熊王との戦い

 巨大な狂熊王。

 これをどう対処すればよいのか、私には皆目(かいもく)見当(けんとう)も付かなかった。

 魔法を見ると、あれはもう(もや)などではない。はっきり言って、黄色い(きり)が立ち込めていると言っても過言ではない濃さの黄色い(身体強化)魔法が全身から発せられている。


 狂熊王が腕をひと振りした。すると、狂熊王の爪から三本の緑の魔力が高速で飛んで来た。

 私は咄嗟(とっさ)に前に倒れた。倒れている最中、私の頭のすぐ上を風が通り過ぎる。

 私が地面に伏せ、起き上がろうとすると、後ろからギギギッ、ザザザッと音がする。一瞬だけ脇から後ろを見ると、木が倒れているところだった。

 狂熊王ともなると、身体強化だけではなく、風の魔法も操れるということか。あれをまともに食らったら大怪我(おおけが)じゃ済まないと思うと、全身から冷や汗が出た。

 狂熊王が、腹の底に響く低い声で


「グォォォォン!」


と鳴いた。私は慌てて起き上がって体勢を整えようとしたのだが、突然、黄金の狂熊が私めがけて突っ込んできた。

 この狂熊の攻略方法は分かっているが、まだ体勢が整っていない私には逃げの一手しか無い。

 命に関わるこの状況では、狂熊の毛並みの心配をするどころではない。

 私は起き上がる最中、眼の前に迫ってくる黄金の狂熊の後ろに回り込もうと思いついた。思い切って前に駆け出し、四本足で迫ってくる黄金の狂熊の横を抜ける。手には透明の錬金魔法を集める。

 だがしかし、横を抜けた後になって黄金の狂熊と狂熊王の間に入ったということは、挟撃(きょうげき)されてしまうかもしれないという事に気が付いた。


 ──今の行動は悪手(あくしゅ)か!


 私はかなり(あせ)ったのだが、やってしまったものは仕方がない。集めた透明の魔法に緑の魔法を加えて狂熊王に目掛けて投げつける。これに火魔法を当てれば、爆発するはずだ。私は火魔法の準備を始めながら、どう走り抜けるか考えていた。

 が、しかし、狂熊王がまた腕をひと振りした。

 三本の緑の魔法が私の放った透明の魔法を霧散させる。なおも、三本の緑の魔法は私目掛けて飛んできたので、右斜め前に滑るようして方向を変えて避け、狂熊王の(かいな)の間合いに入らないようにそのまま駆け抜ける。狂熊王には、私の攻撃は通用しないので、そのまま逃げることにした。

 私は、木々の間隔が狭いところを選んで走って逃げた。

 これで狂熊王と少し離れたはずだと思ったのだが、後ろからバキバキと凄まじい音が響いてきた。私はまさかと思いながら、走りながら後ろを脇から(のぞ)いた。すると、狂熊王が森の木々を腕でなぎ倒しながら私を追いかけてきていたのが見えた。


 徐々(じょじょ)に距離が縮まっていく。

 私は、何とか切り札はないかと考えつつ、泣きそうな思いで駆けた。

 目の前に私の背丈と同じくらいの大きく突き出た岩が見えてきた時、春高山から下山した時のことを思い出した。

 確か、あの時は茶色の()魔法に緑の()魔法を加えて回転させて岩めがけて投げたのだが、岩に当たるとその岩が破裂して周囲に欠片(かけら)を撒き散らしていた。あの時は田中先輩が魔法で対処してくれたが、かなりの威力(いりょく)があったと思う。


 ──これなら、時間稼ぎになるかもしれない!


 私はそう思い、なんとか土魔法と風魔法を球状に込め、その岩めがけて()を描くように投げた。とっさに作った割には、前回よりも大きな球が出来たので、眼の前の岩の半分くらいが(くだ)けてくれるに違いない。

 私は、山なりに飛んでいく魔法の球の下を追い越した。きちんと魔法の球が岩に着弾するか、結果が気になる。岩の右側を走り抜けた時、私は左斜め後ろをチラ見すると、思っていたよりも早く岩に着弾してしまった。これでは、狂熊王が来るよりもずいぶん前に破裂するに違いないと思った。

 流石にこれは『やってしまった!』と思った。だが、数歩前に駆けた後も岩は破裂しなかった。魔法自体も失敗したのだろう。もう駄目だと思ったが、更科さんの顔をちらりと思い出したので、覚悟を決めて岩の方を振り返った。わざわざ岩を超えるように狂熊王の頭の上の方が見えてきた。

 と、その時だ。

 突然、岩がドーンと大きな音を出して向こう側に砕け散り、岩の破片(破片)が狂熊王を襲ったのだ。

 そういえば、前回の時も岩が飛び散るまで田中先輩が詠唱できるくらいの時間があった事を思い出した。

 私が思ってたのとは違ったが、偶然、当初の目論見通りに岩が破裂したのだ。

 狂熊王は


「グァァァァ!」


と鳴いたかと思うと、今まで走ってきたその勢いのまま岩に衝突し、前方宙返りするように跳ね上がった後、顔面から地面に激突、ズザザザザッと滑って落ちた。私はやったかと思ったのだが、さっきまでと違い、強烈な殺気を感じた。私は全身にできるだけ沢山の黄色い魔法を(まと)って、狂熊王の攻撃に備えた。

 狂熊王が立ち上がろうとしたまさにその時、ついには黄金の狂熊まで追いついてきた。黄金の狂熊は、金色の魔法を全て右前足に集めていた。


 ──この一撃は本当にヤバい。


 私はどうやったら生き残れるか考え、そのまま真正面から突っ込み、狂熊達の脇を抜けて温泉がある方角に逃げることにした。運が良ければ、蒼竜様が追いついてくれるに違いない。蒼竜様と出会わなかったとしても、温泉まで逃げ切れば雫様がいる。雫様は竜人なので、私よりも遥かに強いに違いないから、狂熊王も倒せるだろう。

 私は、まずは眼前に迫ってくる黄金の狂熊めがけて駆け出した。そして、二歩目を踏み出した時だ。物凄い稲光が走るとともにドンという爆音が響いた。

 黄金の狂熊が、狂熊王にあのヤバい一撃を叩き込んだのだ。

 が、しかしあまりに(まぶ)しくて、しばらく目が見えなかった。魔法を見ると、どちらの狂熊も見えなかった。闇雲に走って逃げるわけにも行かないので足が止まる。今は音だけが頼りだが、狂熊が動き出したような感じはしない。黄金の狂熊の大きな息遣いだけがはっきりと聞こえてくる。徐々に目が見えるようになってきた時、黄金の狂熊が誇るように二本足で立ち、狂熊王は全身から煙をあげ体をピクつかせていた。

 私は、まさかの下克上(げこくじょう)かと思い、呆然(ぽうぜん)としてしまった。

 黄金の狂熊が、


「グォォォォ!」


と、勝ち誇ったかのような雄叫びを上げ、四つん()いに戻る。


 私はこの雄叫びを聞き、我に返った。

 魔法を見ると、まだ、黄金の魔法が体に戻っていない。


 ──再び黄金の魔法が体を覆えば、今度は私が殺られるかもしれない。


 そう思うと、ちょっとずるい気もするが、体が動いてしまった。後ろから素早く黄金の狂熊に近づき、黄色い魔法を使って思いっきり拳骨で気絶させた。

 次に、まだ動けないでいる狂熊王の首の骨を折ろうと思ったが、腕が首を回らなかった。狂熊王の巨体に、私は改めて驚いた。

 仕方がないので首に(ひざ)を当て、黄色の魔法を体に()わせ、両手で頭を思いっきり引き、背筋を使って一気に()し折る。そして、真の狂熊王を倒した黄金の狂熊も同じように首に(ひざ)を当てて()し折った。

 私はようやく一息ついたのだが、狂熊王の頭には、片目に細長く砕けた岩が突き刺さっており、他にも何箇所か、岩が毛皮を貫通していた。他にも、黄金の狂熊が一撃を加えたあたりは毛が黒く焼けていた。私は、


 「これは、薫に怒られるな・・・。」


と、苦笑いしながら、独り言を(つぶや)いてしまった。


 暫くその場に座って休んでいると、ムーちゃんに先導されて蒼竜様がやって来た。

 どうやら、ムーちゃんは隠れていたわけではなかったようだ。

 蒼竜様がこの様子を見て、


「山上が殺ったのか?」


と聞いてきた。しかし、私が狂熊王を倒したとも言い難いので、


「いえ、本当に運が良かったのです。」


と蒼竜様に言い訳をした。すると蒼竜様は、


「まぁ、そうだろうな。

 山上はまだ戦闘慣れしていないからな。

 自分が動けたと思っていても、まだまだ無駄な動きも多かろう。」


と苦笑いしつつ状況を検分を始めた。私は、戦闘中の悪手の数々を思い出し(うなず)いた。蒼竜様は、


「ふむ。

 土魔法で岩を破壊し、怪我(けが)を負わせたところで、すかさず雷魔法で(とど)めを刺したのか。

 なかなか良い手際ではないか。

 これは、運だけでは出来ぬぞ?」


と褒めてくれた。が、しかし(とど)めを刺したのは黄金の狂熊の方だ。私は、


「その・・・。

 私は、土魔法と風魔法で追いつかれないようにそこの岩を砕いただけなのです。

 そのせいで狂熊王は頭からズッコケたのですが、この時点では、まだ生きておりまして。

 で、そっちにいる小さい方の狂熊が金色の魔法を全て右前足に集めて、狂熊王に叩き込んだのです。」


と説明した。すると蒼竜様は、


「狂熊が金色の雷魔法を使ったということか?

 いや、そうすると、こいつは雷熊だったということか。

 この馬鹿でかいのと言い、ここの生態系はおかしな事になっておるな・・・。」


と言って少し考え込んだのだが、私が蒼竜様の言葉の続きを待っていることに気がついて、


「拙者は少し考えるゆえ、山上は熊の素材でも回収するがよかろう。」


と言って指示を出した。私は、


「分りました。」


とだけ答え、狂熊王と黄金の狂熊の解体を行った。

 私が解体を終え、持ち帰れない部位を穴に埋め終わった頃、蒼竜様が、


「では、温泉にでも入りに行くか。」


と言って(ねぎら)ってくれた。私は、


「そうですね。

 あと、出来れば、晩御飯用に1匹何か狩りたいところです。」


と提案したのだが、蒼竜様は、


「それなら問題ないぞ。

 今晩は雫も一緒するとかで、手ぶらだと悪いからと角うさぎを2匹ほど狩ると言っておった。」


と返したので、ちょっと安心したのだが、ふと戦闘中に考えたことを思い出した。私は、


「蒼竜様。

 雫様は、本当に大丈夫なのでしょうか。」


と聞いたのだが、蒼竜様は、


「それは、今、考えねばならぬか?」


と困った顔で返事をした。私は、


「戻ったら、薫や安塚さんが人質になっていましたというのは嫌ですよ?

 狂熊王を育てたのが雫様だったら、どうしますか?

 狂熊を殺さないように言ったこととも、筋が通ってしまいます。」


と私が思う最悪の筋書きについて聞いた。

 蒼竜様は、


「これ以上は言うな。

 それは拙者も考えておったゆえ・・・。」


と言った。私は、


「分りました。

 今晩は気が付かなかったことにしようと思いますが、明日、どう対処するのかお願いします。

 こういう話は、私達が考えるには荷が重すぎます。」


とだけ言っておいた。蒼竜様は、


「む。

 ・・・分かっておる。

 晩御飯の時、険悪になるやもしれぬが雫がここで何をしているか聞くゆえ、なるべく雫に(さと)られないように体力の実でも食べておいてくれ。」


と苦虫を噛み潰したような顔で話した。私は、


「分りました。

 では、温泉に戻りましょう。」


と言って、蒼竜様が準備してくれた簡素(かんそ)背負子(しょいこ)を背負って温泉に向けて歩きだそうとした。すると蒼竜様は、


「山上。

 こっちだ。」


と言って歩き出した。私は狂熊と戦ったところを経由して戻ろうとしたのだが、蒼竜様は一直線に進む道を知っていたのだろう。蒼竜様は、


「まぁ、気にせんでも良い。

 山の中は色々と方向を狂わせるものがあるゆえ、仕方はないのだ。

 明日の授業は、例えばあの太陽の位置や高さからおおよその方角を知る(すべ)とか、そういう冒険者に必要な細々としたものでも教えるとするか。

 こういうのは、歩荷(ぼっか)をやっておっても身につかんだろうからな。」


と言った。私は特に方向音痴というわけでもなかったが、確かにそういうのは分かったほうがいいので、


(おっしゃ)るとおりです。

 また、よろしくお願いします。

 でも、向こうで沢山の狂熊と遭遇して気絶させましたので、出来ればもう一度行きたいのですが。」


と返した。すると蒼竜様は、


「もう、背負子には載るまい?

 それに、もう目が覚めた後やもしれぬ。

 なに、また修行でこの辺りに来て倒せば良いだけの話だ。」


と言った。確かにこれ以上は積めないが、鼻だけ持って帰る気でいたのでなんとなくモヤモヤする。が、ここで言っても仕方がないので、


「分りました。

 また、今度にします。」


とため息混じりに言った。すると蒼竜様は、


「そのほうが、皮を売ることも出来るゆえ、金策にも都合が良かろう。」


とその意図を話してくれた。私は結納金の件もあるので、そのほうが良さそうだと納得した。


 2人と1匹で温泉まで戻る道すがらも、蒼竜様は何か考えていた様子だった。

 もうすぐ温泉というところで、蒼竜様は何か思いついたようで、歩きながら私の方を見て、


「明日、山上達は一度山から降り、冒険者組合に行ってその狂熊王の皮を買い取ってもらうが良い。

 これなら、3人が下山しても辻褄(つじつま)はあう。」


と言った。私はなぜ下山か疑問に思ったが、


「その・・・。

 そう言えば、前回狂熊を倒した時、支払いまでおおよそ1週間かかりました。

 今回は前回よりも大物ですので、それ以上かかるかもしれませんがどうしましょうか。」


と聞いた。すると蒼竜様は、


「なるほど。

 まぁ、来週また1往復すればよかろう。

 状況は戻ってから聞くとしよう。」


と言った。私は雫様と話し合いをした時、最悪、戦いになるかもしれないので、3人が山を降りている間にケリをつけようとしているのだろうということに思い至った。

 私は蒼竜様に、


「分りました。」


と一旦了承したが、今夜の手筈(てはず)を確認するために、


「では、今夜はお話しにならないのですね。」


と質問した。すると蒼竜様は、


「話の流れにもよるがな。

 まぁ、その場で戦いになることもあるまいよ。」


と作り笑いで返してきたのだった。


狂熊王、雷熊、山上くんの力関係は、

 雷熊>狂熊王>山上くん

ですが、雷熊が魔法を使えない間は、

 狂熊王>山上くん>雷熊

となります。


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