狂熊王
私は、湯気の中、ぼんやり魔力で見えていた雫様が指した方に向かってムーちゃんと二人(というか1人と1匹)で歩いていた。
とは言え、はっきり見えたわけでもないし、その方角に今も狂熊王がいるのかも謎だ。
しかし、今は手がかりが何もないので、これに頼るほかはない。
たまに魔法を見ながら、山奥に向かって進んでいく。
ザザッと下草が揺れる音がするが、ムーちゃんを見ると警戒している様子がない。おそらく、私達に敵意を持たない動物か何かなのだろう。
私は、ムーちゃん先生の勘を頼りに、今は安全だと信じて歩くことにする。
森の木々は、春先に比べれば濃くなってきたものの、葉の色は、まだまだ明るい緑だ。もう一月も経てば、鬱蒼として暗くなっている筈なので、今の時期で良かったと思う。
クヮークヮと雉が鳴く声がする。
そういえば小さい頃、昔話で雉の鳴き声は『ケーンケーン』と言っていたのを思い出した。雑木林で初めて雉の鳴き声を聞いた時は、昔話のせいで雉だとは思わなかったっけ。
雉は食べられるので、獲って帰ると喜ばれるに違いない。だが、雉はあまり飛ばないがすばしっこいしので、探したとしても、今の私ではお土産にすることは出来ないだろう。
暫く行くと、ムーちゃんが私の頭に登ってきた。
小さな声で、
「キュ!」
と鳴いた。私は、ムーちゃんが滅多に無駄鳴きをしないことを知っているので、周りを警戒した。今、視界に獣は見えないが、近くに何か必ずいるはずだ。しかし、魔力を見て確認しても、何も見つからなかった。
──ひょっとしたら上か?
勢い良く上を向いたが、何もいない。後は、考えられるとしたら土の中か。地面の中は、私には見えないので、逃げることにする。じっとしていると狙われやすいと思ったので、右に左に歩き始めた。
しかし、この歩き方だと、元来た方角が判らなくなりそうだ。迷子になると困るので、少し早足でまっすぐに進む。
また、魔力を見て確認するが何もいない。慎重に前後左右、そして上を警戒しながら進む。時折、一回転してみたりもした。
ムーちゃんが、
「キュ〜〜〜!キキッ!」
と鳴いて頭から地面に降りた。
──危険で無くなったのか?
と一瞬思ったが、ムーちゃんは、毛を逆立てるようにして前方を警戒し始めた。
そして、ムーちゃんは頭をクイッとしながら、小さな声で、
「キュ!」
と鳴いた。ムーちゃんが歩き始める。私は、その後をついて歩いた。
ムーちゃんが震えているように見える。
昨日、山小屋で3匹の狂熊と対面した時は自分から耳を囓って挑発するぐらいだったから、ここにいる相手は相当強いのかもしれない。
前方に集中して魔力を見ると、遠くに黄色い魔法が見える。この力の見え方は、狂熊にしては違和感がある。まるで焚火みたいだ。
少しづつ近づいていったところ、一つ一つの狂熊の出した魔法が別れて見えるようになってきた。10匹はいるように見える。変な見え方をしたのは、いくつもの狂熊が身体強化の魔法を使っていたので、重なって見えたからのようだ。
しかし、野生の魔獣が魔法を使うということは、今、まさに戦闘をしているという事なのだろうか。
がここで、余計な邪念が強烈に頭をよぎった。
──本当に薫を預けても良かったのだろうか。
なぜ、温泉に浸かっているのに、雫様は魔力を放出していたのだろうか。
私達が温泉に近づいた時は、敵か味方かもわからないので威嚇していたのであれば分かる。
しかし、蒼竜様と知り、なお、魔力の放出を止めなかった。
仮に蒼竜様を味方だと思っていれば、魔力の放出は止めるのではないだろうか。
今更ながら、不安になる。
ムーちゃんが私の足に軽く体当りして、小さな声で、
「キュ!」
と鳴いた。集中しろということなのだろうか。前を見ると、1匹の狂熊がのそのそと真っ直ぐこちらに近づいて来ていた。
ここにいる事がバレたのだろう。
私は鉈を構えようとも思ったが、更科さんが傷つけないようにと言っていたのを思い出し、拳骨で対処することにした。
よく見ると、奥にひときわ大きい狂熊がいる。
あれが狂熊王なのだろうか。
黄色と言うよりも、金色に輝いているように見える。
身体強化が強力になると金色になるのだろうか。それとも、違う魔法だからなのだろうか。
何か嫌な予感がする。
一先ず、私も黄色い魔法を腕から足にかけて纏う。
次に、金色の魔法がどういうものか分からないので、集めてみる。
なんとなく、パチパチしている気がした。
風魔法を加え、近づいてくる狂熊の頭に向けて放った。
私が放った魔法は、狂熊の近くまではノロノロと飛んでいたのだが、熊に近づくと急激に速度を早めて熊に吸い寄せられるように当たり、バチッと火花を散らせて大きな音が響いた。
──全ての狂熊がこちらを向いた!
魔法が当たった狂熊は白目を剥き、手足がピクピクして倒れてしまった。
よく見ると、狂熊の毛並みが荒れている。私は、この魔法を使うと更科さんに怒られると思い、使わないことにした。
──厄介だな・・・。
あの大きな金色に輝く黄金の狂熊は、このパチパチする魔法を使うということになる。
このような強力な魔法を分厚く纏っているということは、やはりあの個体が狂熊王なのだろう。
直接殴れば、あの狂熊のように白目をむく事になるかもしれない。
「グォォォォン!」
黄金の狂熊王がひと吠えした。周りに控えていた狂熊が一斉に私に殺到し始める。
私は拳骨に力を込め、思い切り熊に向かって威嚇しながら、突っ込んでいった。
殆どの狂熊は、私の威嚇で気絶したり怖気づいて固まってしまった。
おかげで、数の割には1対1になって順番に気絶させていくことが出来たので、すぐに片付いた。
しかし、まだ油断するわけには行かない。
最後に、黄金の狂熊王が残っている。
それに、急いで倒したこともあって、かなり疲れてしまった。
咲花村の門番さんに『余裕を残すのも修行のうちだでな?熊さ襲ってきた時に対処できねば、死ぬんはおめぇだぞ?』と言われたことを思い出した。体力の温存を考えていなかったことに気が付き、冷や汗が出てきた。
だが、ムーちゃんが
「キュィ!」
と鳴いたおかげで、咲花村に行く前に更科さんから受け取った体力の実が残っている事を思い出した。
私はなるべく狂熊王から目を離さないように気をつけながら、袋から体力の実を取り出した。そして、ムーちゃんと私で1粒づつ食べた。体力の実のおかげか、少しだけ体が楽になった気がした。
狂熊王は、下手に殴ると最初の狂熊のように痙攣してしまい、自滅してしまうかもしれない。
立ち上る黄色い靄の量は、さっき私が集めた量と比較にならない。
そういえば、今朝、水魔法に火魔法を加えて爆発させてしまった。これを応用すれば、ひょっとして安全に倒せるのではないかという考えが頭をよぎった。だが、この方法では皮が傷んでしまうので、どうしても駄目だった時の最後の手段として取っておくことにする。
──何か良い裏技はないものか。
黄金の狂熊王も、私に手が出せないでいるようだ。
おそらく、向こうも決め手がないのだろう。
時間が経てば、今気絶している、狂熊が復活する。
そうなれば、もう一度狂熊を相手する事になり、おそらく私は体力が尽きて殺られてしまうだろう。
早くなんとか打開策を考えないといけないと思うと、気ばかりが流行る。
動いてもいないのに、額に汗がにじみ出てきた。
額の汗を右手で拭ったのだが、この時、私はふと思いついてしまった。
周りから魔法を集められるのであれば、あの狂熊王の周りの魔法も集められるのではないだろうか。全部でなくてもいい。一部だけでもいいから、私が殴る場所だけでもひん剥く事が出来れば、最初の狂熊のようにならずに済むのではないか。
これが成功すれば、膠着状態を抜け出せる。
私は、意を決して狂熊王に突っ込んでいった。
狂熊王の腕が振り下ろされる。
私はその腕をかいくぐり、狂熊王の後ろに回り込むと、即座に後頭部の金色の魔法を削り取るように腕をふるった。すると、頭に拳が当たることはなかったものの、毛並みはそのままに、その部分だけ金色の魔法を剥ご事に成功した。
私は『やった!』と思い、早速魔法が剥げたところを殴ろうとしたのだが、一瞬でまた金色の魔法で覆われてしまった。狂熊王が、腕を横に薙ぎ払うように振るった。私は慌てて、後ろに跳ね退き距離をとった。
一瞬で黄金の魔法に覆われたのは、狂熊王は自ら外に力を放出しているからだろう。
だが、魔法が剥げると判ったことは大きい。
次に魔法を剥いだら、間髪入れずに殴れば倒せるかもしれない。
私は、狂熊王との戦いに光明を見出した思いだった。
しかし、世の中、そんなに甘くはない。後ろから巨大な何かが近づいてきたのだ。
見上げると、そいつと目があった。狂熊だ。今対峙している狂熊王に比べるても倍以上の大きさがある。その威風堂々とした姿は、まさに狂熊王と言うに相応しいと感じる。
あの金色に輝く狂熊は、狂熊王では無かったのだった。
〜時折、一回転してみたりもした。
ムーちゃん:キュ〜〜〜!キキッ!(訳:あ〜〜〜!もう!(ムカつくとね!酔ってしまうたい!))
山上くん:(危険で無くなったのか?・・・いや、かなり警戒しているのか。)
ムーちゃん:キュ!(訳:来い!)
山上くん:(ん?ついて来いって事かな?)
年賀状の追い込みが・・・。(--;)
クリスマス?そんなの知らんがな。(;_;)




