蒼竜様の授業
蒼竜様についていくと、蒼竜様と同じくらいの黒い石が建てられていた。石の表面は平らに削られている。
石の前には、木製の長机と長椅子が置いてある。
どうも、この石に向かって座るように配置しているようだが、この石の用途がわからない。
私はひょっとしてと思い、
「表面を綺麗に削り出して持ってくる修行でしょうか?」
と聞いてみた。すると安塚さんから肘で小突かれて、
「山上くん、石筆で絵や字を書いて教えるための道具よ。」
と説明してくれた。蒼竜様が、
「山上、そこからか・・・。」
と困り気味な様子だったのだが、私は勉強をやったことがなく、どんな道具でどのように教えるのかさっぱりわからないので、むしろ説明して欲しいと思った。
蒼竜様は額に手をやってから、
「まぁ、まずはそこに椅子を作ったゆえ、座るが良い。」
と言った。私は昨日、ここに椅子も机も見かけなかったので、
「いつの間に作ったのですか?」
と聞いてみた。すると、
「いや、夜の番が暇だったゆえ、ちょっとな。」
と言った。私はこれでは番の意味がないではないかと思い、
「夜の番なので近くにいないといけないのに、遠くまで机になる木を取りに行ったり、石を磨いたりしていたのですか?」
と指摘した。しかし、安塚さんが、
「今は授業だから、そんな些事はどうでもいいでしょ?」
と言ってきた。私は番がいない間を狙って魔獣が来たら命に関わるので時間を取って話し合うべきだと思った。私は安塚さんに、
「駄目です。
もし、蒼竜様が離れている時に狂熊が来たらどうなっていたと思いますか?
安塚さん。」
と安塚さんの目を見て言った。そして私は、
「見張りがいないということはですね。
寝ている時に突然猛烈な痛みが襲って来るかもしれないということですよ。
えっと、たまらず痛みで目を開けたら、自分の腸をむしゃむしゃしている狂熊がいたらどうしますか?」
と具体的に説明した。すると、安塚さんの顔が青くなった。そして蒼竜様にも、
「田中先輩なら熟睡していてもどうにかするでしょうが、私達にはそんな力はありません。
すみませんが、何か来た時、すぐに対応出来る距離で見張りをお願いできないでしょうか。」
と文句を言った。すると蒼竜様はバツの悪そうな顔をして、
「あぁ、それは済まなんだ。
つい、同胞や田中といる感覚で出かけてしまった。
今度から気をつける事にしよう。」
と言った。私は、
「すみませんが、お願いします。」
と確認した後、気持ちを切り替えて、
「では、この件はここまでということで、授業をお願いします。」
と言った。蒼竜様は、
「ああ。
始めよう。」
と言って、授業を始めた。
蒼竜様は石版の前に立つと、何やら漢字を交えて文字を書き始めた。
私は慌てて、
「蒼竜様!」
と呼んだものの、安塚さんが怪訝そうに私を見てきたので、少し遠慮がちに、
「申し訳ありませんが・・・、お恥ずかしながら、私は平仮名しか読めません。
漢字は、先日自分の字を覚えたばかりでして・・・。」
と、自己申告した。すると蒼竜様は、
「あぁ・・・。
そう言えば、学校は通ったことがないのであったな。
どうしたものか。」
と、思案顔になった後、
「山上。
すまぬが、授業では、拙者は石版に文字は書くが、それ以上の内容を喋るのだ。
しっかり聞いて学ぶしかなかろうな。」
と続けた。安塚さんが、
「山上くん、板書は私がやるから、後で忘れたところがあったら聞いていいわよ。」
と言ってくれた。私は、番所がなぜ今出てくるのだろうかとは思ったが、聞くのも恥ずかしいので、
「私の学がないばかりに、本当にお手間を取らせてしまって申し訳ありません。」
と謝った。蒼竜様は、
「まぁ、仕方あるまい。
では、魔法の概要について話をしよう。」
と話し始めた。
そして、
「まず、山上は竜の眼・・・というか、魔法が色で見えるのだったな?」
と言った。私は、
「はい。」
と返事を返すと、蒼竜様は、
「うむ。」
と頷いた。そして、
「魔法というものはな。
どんな魔法であれ、実は空間に存在しているのだがな。
行使すると濃度が変わるのだ。
それで、その濃度の勾配が竜の眼では光の屈折のように見えて色が付いているように見えるのだ。」
と説明した。私にはさっぱり意味が解らなかったので、
「蒼竜様。
濃度とか勾配とか、よくわからないのですがどういう感じの物なのでしょうか。」
と聞いた。すると隣の安塚さんが、
「私も初めて聞く表現ね。
蒼竜様、もし違っていたら訂正してください。」
と前置きをして、私に、
「勾配というのは、坂道のような傾斜の事ね。
例えば、平地から山に向かって急な勾配を登ると息が切れるでしょ?」
と言った。私は、
「はい。」
と合いの手を入れると、安塚さんは続けて、
「魔法も同じでね。
勾配が急なところは、山と一緒で登りにくくて進みづらいの。
この山の高さというのが、蒼竜様の言うところの『魔法の濃度』ということじゃないかしら。
魔法を使おうとしたら、その魔法の力がたくさん出るでしょ?
だから濃度が濃いのね。」
と言った。少しは分かりやすくなった気がするが、まだピンとこない。すると蒼竜様が、
「まぁ、そんなところだ。
要するに、山上の色が濃く見える所は魔法の力が高まっているという事だな。」
と説明してくれた。私は最後の要約の部分でなんとなく解った気がしたので、
「ありがとうございます。
これなら、私でも理解できそうです。」
と言った。安塚さんが
「私には見えないから分からないけど、普通に目に届く景色と比べて魔法が遅れて届くから、その違和感で色が付いているように見えるんじゃないかなぁ。」
と言ったのだが、こちらは私にはさっぱり解らなかった。蒼竜様は、
「そのような感じだな。
これが魔法毎に決まった遅れ方をするので、どんな魔法が使われたかが分るというわけだ。」
と説明したが、安塚さんの話が合っているようなので、どう理解すればよいかピンと来なかった。ただ、『魔法毎』と言っているから、魔法毎に遅れ方が違うのだろう。こんな調子で、授業についていけるのだろうか・・・。
蒼竜様は、
「まず、ここまでは良いか?」
と聞いてきたので、さっきの推測した部分も含めて、
「はい。
魔法の色の濃さと色の違いがでる理由について、なんとなくですが分かったような気がします。」
と言ってはみたが、解ってはいない。すると蒼竜様は、
「あれで『なんとなく』か。
まぁ、ここは仕方あるまい。」
と苦笑いした。蒼竜様は、
「次に、魔法の分類なのだがな。
まず、物の性質を司る基本魔法というものと、それらを組み合わせた応用魔法に分類できる。
基本魔法というのは、温度であれば火魔法、電気であれば、光魔法や雷魔法が挙げられる。」
と言った。すると安塚さんが、
「電気とは何でしょうか?」
と聞いていた。私もよく分からない。蒼竜様は、
「まぁ、雷だな。」
と言った。私は、雷は光るから光魔法も同じ括りなのだろうという理解だったが、安塚さんは、
「同じ分類なのですか?
確かに雷は光りますが、火だって光りますよね?」
と聞いてきた。蒼竜様は、
「ふむ。
この辺りはちょっと難しいのだがな。
電磁力ということで同じ括りで扱っておるのだ。
竜の眼でも厳密には違った色で見えているのだそうだがな。
拙者も含め、みな同じ色と言っておるよ。」
と言った。よほど色の感覚に鋭い人でないと解らないらしい。
私は、
「他にどんな基本魔法があるのですか?」
と聞いたところ、蒼竜様は、
「そうだな。
重力を司る重さ魔法、空間を司る闇魔法、物に勢いを与える風魔法、物を作り出す錬金魔法と言ったところか。
神聖魔法も基本魔法としておるが、拙者は複合魔法だと考えておる。」
と話した。私は、
「水魔法とかは基本魔法ではないのですか?」
と聞いてみたところ、蒼竜様は、
「あれは残念魔法だからな。」
と言った。私は、
「残念魔法なのですか?」
と聞いたところ、安塚さんが、
「水魔法だけでは水が出せないのよ。
あれ、水が作りやすくなる魔法なのよね。
なんで、あんな中途半端な魔法があるのか、未だに謎なの。」
と説明してくれた。蒼竜様は、
「まぁ、残念魔法だしな。」
と言った。安塚さんも、
「火魔法ならちゃんと物が燃やせるのに、水魔法は本当に残念魔法ね。」
と少し笑いながら言った。
私は、それなら、水魔法が使える人はどうやって水を出しているのか、なおのこと不思議に思ったのだった。
蒼竜様:要するに、山上の色が濃く見える所は魔法の力が高まっているという事だな。
山上くん:(なるほど)ありがとうございます。これなら、私でも理解できます。(というか、始めからそう説明してもらえるといいのに・・・。)
安塚さん:(濃く見えるんだ・・・。)私には見えないから分からないけど、普通に目に届く景色と比べて魔法が遅れて届くから、その違和感で色が付いているように見えるんじゃないかなぁ。
山上くん:(景色が遅れて届くのでは、重なって見えるのでは・・・。魔法固有の色が沸き立っているならともかく。う〜ん、良く分からないや。)
蒼竜様:(単に目で魔法を感知できるだけらしいが、人が解りやすいなら、まぁ良いか。)そのような感じだな。




