朝食のひと時
昨夜は見張りの時間にすぐに起きられず、寝坊をしたので、これから少し多めに見張りをすることにした。
見張りの間は暇なので、私は気配を抑えながら魔法を集める修行をしていた。
ただひたすら、手のひらに球状に力を集めては霧散させてを繰り返す。
赤、黄、水、緑、黒とひたすら繰り返していくうちに、徐々に集まりが早くなってきた気がした。
暇なので、歩いて集めたり、走って集める練習もしてみた。
もうすぐ夜が明ける頃合いになってきたので、修行を打ち切って、朝ご飯の支度を始める。
先ずはお米を研ぎ、飯盒を火にかけてご飯を炊く。
次に、昨日の破損野菜を煮て味噌汁を作る。
香の物にと思い糠床をあさると、沢庵が出てきた。糠床には梅干しの汁と醤油がかかってしまったので、沢庵からちょっぴり梅と醤油の香りがした。一切れ食べると、香りの通り、沢庵に醤油と梅干し味が加わっていた。私としては、それほど悪いようには感じなかった。
空が白みかけてきた頃、朝食の支度がほぼできた。これを見越してというわけでもないのだろうが、更科さんと安塚さんが起きてきた。
私は、
「少し遅いですよ?」
と言ってみたところ、更科さんは、
「ごめんね。
明日は和人も疲れているだろうから、もう少し早く起きるようにするね?」
と言いながら私のそばに来ると、おでこを私の胸にちょこっとゴッツンコして、ニコッと笑ってきた。私はちょっと照れながら、
「わかりました。
期待していますね。」
と返した。何となく、意味もなく耳たぶを触り頬を掻いた。それから、私は、
「朝食はだいたい出来ていますので、最後、味噌汁の味を整えたら食べちゃってください。
あと、もう眠いので、ちょっとだけ仮眠してきますが、私もまだ食べていませんので、残しておいてくださいね。」
と言って、仮眠のために天幕に向かった。
天幕に歩みを進めるたびに、眠気が増してきた。
どうやら、自分で思っていたよりも眠かったらしく、天幕に入ると、そのまま寝袋にも入らずに寝てしまった。
ふと、体が揺さぶられているのに気がついた。
目を覚ますと、更科さんが少し顔を引きつらせていた。
「和人、起きた?」
私は、
「・・・なんとか。
何かありましたか?」
とまだ少し寝ぼけながら言った。すると更科さんは、
「なんでこっちの天幕で寝ているの?」
と聞いてきた。私は何のことか分からなかったので、
「天幕?」
と聞き返した。更科さんが、
「うん。
和人は蒼竜様と同じ天幕だったわよね?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
そうでした。」
と言った。次に更科さんは、
「で、今、何を抱きしめているの?」
と聞いてきた。私は寝袋を抱きしめているのに気がついたので、そのまま、
「寝袋です。」
と答えた。最後に更科さんは、
「その寝袋、誰の?」
と聞いてきた。ようやく更科さんが顔が引きつっている理由がわかってきた。
私は昨日、天幕に入った時の記憶が曖昧だったので、
「あれ?」
と思わず言った後、
「・・・私は薫の方の天幕に入っていたのですね。」
と恐る恐る確認した。どうも、寝る時に天幕を間違えていたらしい。そして、こちらの天幕では更科さんの他に安塚さんも寝ていたはずだ。今、更科さんが照れているのではなく、顔を引きつらせているということを考えると、今抱きしめている寝袋が更科さんの物だとは考えにくい。背中から冷や汗が出るのを感じた。
更科さんから、
「で、誰の寝袋?」
と再度の確認が入る。私はついさっき安塚さんの物だろうと薄々気づいてはいたのだが、
「すみません。
恐らく薫か安塚さんのどちらかの寝袋だと思うのですが、すみません。
どちらのものか、よく判りません。」
と答えた。すると更科さんは、
「和人、察しはいい方よね?
私の態度でだいたい見当がついているのでしょう?」
と念押しされた。どうしても私の口から言わせて説教したいらしい。一先ず
「ごめんなさい!
いえ、その言い訳ですが、暗くてどちらの天幕かよく判りませんでしたし・・・。
じゃなくて、天幕を移動します。
でもなくて、えっと、その・・・ごめんなさい!」
と、自分でもよく分からない事を言いながら土下座した。更科さんは、
「和人、どうせなら私のにしなさいよね。」
と言ってきたので、何故か犬を思い出し、
「では、薫の匂いを覚えたいので、あっちの寝袋を嗅がせていただきますね?」
と言ってしまった。しかし更科さんは、慌てて私と寝袋の間に入って、
「駄目、駄目、駄目、駄目、駄目!
・・・っていうか、それ、ずるい。」
と言って顔を真っ赤にした。私はなぜ更科さんが真っ赤になったかの意味も考えず、
「でも、それじゃぁ、匂いが覚えられませんが・・・。」
と首を傾げた。更科さんは、
「じゃぁ、私も和人の匂いを嗅いでいい?」
と聞いてきた。私は想像すると、物凄く恥ずかしくなったので、
「駄目、駄目、駄目、駄目、駄目!
・・・っていうか、ごめんなさい・・・。」
とまた土下座して謝った。少し更科さんの真似をしてしまったので、
「本当に反省してる?」
とジト目で確認された。私は、
「勿論です。」
と答えた後、逃げるために、
「朝食にしてもいいでしょうか。」
と聞いた。更科さんは、
「あ、うん。
じゃぁ、行こっか。」
と言った。私は一息ついたあと、更科さんについていこうとしたが、更科さんから、
「ねぇ、和人?
誤魔化せてないからね?」
と言ってきた。私は冷や汗をかきながら朝食に向かったのだった。
炉の近くに着くと、既に蒼竜様も安塚さんも朝食を食べ終えていた。
私は、
「おはようございます。」
と声を掛けたところ、蒼竜様から、
「ふむ。
ところで、奥方よ。
呼びに行くだけのはずなのに、時間がかかっておったな。
こちらには修行できているゆえ、テキパキと頼むぞ?」
と駄目出しが入った。私は、
「すみません。
私が寝ぼけてしまっていたもので・・・。」
と言うと、安塚さんから、
「朝から熱いわね〜。
で、あれだけの時間で済んじゃうんだ。」
とからかってきた。更科さんは、
「私が本気を出せば三秒です。」
と言ったのだが、蒼竜様が目を見開いて何か言いたそうにして押し黙っていた。
私は何のことかさっぱり分からなかったので、眉間に皺を寄せてしまったのだが、更科さんが、
「・・・えっと、冗談ですよ?」
と言った。私は首を傾げてしまったのだが、それを見て安塚さんは、
「・・・そうなんだ。」
と、少し顔を赤らめながら言った。更科さんは慌てて、
「ちょっと、和人!
その反応だと、誤解されるでしょ?」
と抗議してきた。しかし蒼竜様は、
「まぁ、まぁ。
そういうことにしておこう。」
と言ってから、
「山上、飯を食ったら講義を始めるからな。」
と話題を変えてきた。しかし安塚さんは何を誤解したのか、
「蒼竜様、抗議って、夫婦のことだからもうこの辺りにしておきませんか?」
と顔を赤らめながら言ってきた。私は、
「安塚さん、講義ですよ。
講義。
ほら、私に学がないから・・・。」
と言ったところ、安塚さんは、
「あぁ、ごめんなさい。
私としたことが・・・すみません。」
と謝った。
私が朝食を食べた後、片付けようとしたところ、蒼竜様は、
「山上が朝食を作ったのであろう?
片付けは奥方にでもやらしておけばよかろう。」
と言った。更科さんが、
「安塚さんは?」
と言ったのだが、蒼竜様は、
「安塚も講義を受けると言っておったであろう。
ひょっとして、奥方も受けたかったか?」
と確認した。しかし更科さんは、
「その、私も興味がないと言えば嘘になりますが、今回は和人を支えにきたので、全部は遠慮いたします。
ただ、神聖魔法に関係するところだけは、使用できる魔法の幅が広がりそうですので、参加させていただければと思います。」
と答えた。蒼竜様は、
「なるほどな。
奥方は感心だな。
それに引き換え、安塚はなぁ・・・。」
と言った。安塚さんは、
「そんな心外な。
私は研究するために来ましたから、講義は一言たりとも聞き漏らしたくないのです。
かわりに、昼や夜はがんばりますよ?」
と意気込みを語った。私は、
「では、当分私は朝食当番でしょうかね。」
と言ったところ、更科さんは、
「和人はお昼は手伝えないと思うから、私達に任せてね。」
と言ってきた。「昼は」と言っているので、夜も手伝えと言っているのかもしれない。私は、
「えっと、勿論、夜は私も手伝います。」
と言ったところ、蒼竜様が、
「それでは、拙者が出る幕はなさそうだな。」
と言った。私は、
「そんなことはありませんよ。
蒼竜様には、水をいただかねばなりません。」
と言った。蒼竜様は、ポンと手を叩いて、
「そうであったな。」
と納得した後、
「その無遠慮な物言い、田中の弟子なだけあるな。」
と思い出し笑いをしていた。
私は田中先輩ほど無遠慮なつもりはなかったので、ちょっとだけ口をとがらせた。
蒼竜様は、私の様子を見てまた笑いながら、
「よし。
では、そろそろ講義を開始するか。
先ずはついて来い。」
と言って、私達を連れてどこかに移動を始めたのだった。
> 赤、黄、水、緑、黒とひたすら繰り返していくうちに、徐々に集まりが早くなってきた気がした。
戦隊モノではありません。(^^;)




