逃亡生活中の話
夜中、ぼーっとしながら天幕の外を見た。
なんだか、月が見えない。
今夜は子の刻くらいに交代するつもりだったが、徐々に寝過ごしてしまったことに思い至った。
私はハッとして慌てて起き出し、天幕を飛び出して蒼竜様のところに向かった。
ふと気になって、奥の山を見たところ、既に寝たのか、竜と思われる魔力は見えなかった。
私は少し安心したものの、気を取り直しながら蒼竜様のところに行った。
しかし、蒼竜様は船を漕いでいた。
私は、起こすかどうするか迷ったが、天幕で寝てもらったほうが良いだろうと思い、蒼竜様を起こすことにした。私は、
「蒼竜様、こちらで寝られては、風邪を引くかもしれません。
天幕でお休みになっていはいかがでしょうか?」
と声を掛けたのだが、返事がない。
仕方がないので蒼竜様の体を少し揺すってみたのだが、反応がない。
私は耳元で、
「蒼竜様、寝ていらっしゃいますか?」
と聞いてみたところ、肩から上をビクッとして頭をガッと上げ、
「寝てはおらぬ。」
と、返事をしてキョロキョロと周りを見た。私は蒼竜様はすっかり寝ていると思っていたのに、急に動きだしたので驚きながら、
「っ!
蒼竜様、交替の時間を過ぎたようなのですが、こちらで眠っていては風邪を引くかもしれません。
天幕でお休みになっていはいかがですか?」
と、もう一度聞いてみた。すると蒼竜様は、
「いや、月の沈んだ後の夜というものもまた風情がある。
もう少しここにいよう。」
と言った。そして蒼竜様は、
「まぁ、山上。
そこに座れ。」
と言って、近くの岩の方を見た。私はそこに座れという意味で解釈したので、岩に腰掛けた。
蒼竜様は一つため息をしてから、
「拙者が田中と旅をしていた頃の話だがな。」
と、唐突に話を始めた。ひょっとすると、蒼竜様はまだ寝ぼけているのかもしれない。
「こうやって、闇夜の晩に交替で見張りをしておったのだ。
もう、随分前のこと故、いつだったかは忘れたのだがな。」
と話しとか思うと、暫く黙り込み、また船を漕ぎ始めた。私は蒼竜様がまた眠ったかと思ったのだが、
「食事と言えば、そこらで狩りをしたり、野草や木の実を採ったりしておったのだ。」
と、また話を始めた。蒼竜様は、ぼーっと暗い夜空を見つめてから、
「たまたま夜に若い青竜が通りかかってな。
そいつは、昔、勉強を教えておった奴だったのだがな。
私を見つけるなり、こちらに降りてきて、
『先生、お久しぶりです。
このようなところでお会い出来るとは思いませんでした。
なぜ、人間と野宿などしていらっしゃるのですか?』
と聞かれてな。
でも、あれだけ大々的に追手がかかっておったからな。
知らぬほうが不自然だったのだ。
勿論、相手の出方を伺うために話を合わせたのだがな。
『今、たまたま銘酒を持っておりますので、再会を祝して乾杯いたしませんか?』
と聞いてきたのだ。」
と話した。私は、なんで途中、食事の話が挟まったのだろうと不思議に思っていたが、酒の肴ということで納得することにした。蒼竜様は天蓋の方を見やり、
「拙者が
『それなら、田中も起こそう。』
と言ったのだがな。
加納の奴は、
『人間となど、酒が不味くなります。』
と拒否したのだ。」
と言ってため息をついた。
どうやら、たまたま通りかかった竜は加納と言うらしい。
蒼竜様は続けて、
「拙者が浅はかだった頃に物を教えたものだから、その無知が帰ってきたのだな。
加納に人間が脆弱で無能で無知な生き物だと教えたのは拙者自信だったのを思い出してな。
『あれは、俺の誤りだ。
人間を知りもせずに教えてすまんな。』
と謝ったのだが、加納は訳がわからないという顔をしてな。」
と言った。私は蒼竜様が自分のことを『俺』と言った事にに首をひねると、それを見ていたのか、
「いやな、当時まだ思い上がっていたゆえ、自分のことを『俺』と呼んでおったのよ。」
と付け加えた。そして一息ついてから、
「加納がな、
『何が誤りだったのですか、先生。
それに、あのような数だけが頼りの生き物を、なぜ擁護するのですか?』
と聞いてきてな。拙者が、
『人間にも俺より強いのもいてな。
獣と違って、人間は俺達と同じ言葉を喋るだろ?
知能もそこそこあるのだ。
認めぬほうが愚かだったというものではないか。』
と正したのだがな、
『そのようなことはありません。
そもそも、先生よりも強い人間など、いるはずもないじゃありませんか。
なぜ、そのような下等動物に肩入れなさるのですか?』
と聞き返してきてな。
論より証拠と言うだろ?
『明日、田中と力比べでもしてみれば分る。』
と言って、この晩は見張りの交替の時間まで加納と飲んだのだ。」
と話した。今夜の蒼竜様は、話がよく飛ぶ。やはり寝ぼけているのだろう。
蒼竜様は、
「交替の時にな。
加納が、
『あのような者に夜の番を任せて大丈夫なのですか?』
と言ってな。拙者が、
『恐らく、加納より腕は上だぞ?』
と指摘したのだが、それが間違いだったのだ。加納は、
『そのような筈はない。
おい、人間!
俺と尋常に勝負しろ!』
と言い出してな。拙者は田中に、
『ほどほどに相手してやってくれ。』
と声を掛けたのも悪かったのだな。田中は、
『ほどほどか。
尻尾を切るのも駄目ということか?』
と聞いてきてな。加納は激怒して、
『人間の分際で、片腹痛い!
切れるものなら切ってみるがいい!』
と喧嘩腰になってな。
拙者が、田中のほうが格上と認識していることに腹をたてたのだろうな。」
と言った。私は既に田中先輩が竜を何頭も倒しているのを聞いていたので、戦ったならば田中先輩がかったのだろうと予想はついていたが、蒼竜様の目は少し険しいように思えたので、
「それで加納様はどうなったのですか?」
と聞いた。すると蒼竜様も、
「結果なんてやる前から判っておろう?」
と言ってから目をつぶり、
「まぁ、そういうことなのだがな。
田中に尻尾も切ってもらえず、加納はおずおぞと帰ったのよ。」
と言った。私には尻尾を切るというのがどういう意味か分からなかったが、おそらく尻尾を切られるということは敗北を象徴していて、お情けで人間に尻尾を切られなかったというのが惨めに感じられたということなのだろうかと思った。しかし、ここで聞く雰囲気でもなかったので、
「それで話が終わったわけではないのですね?」
と言って、続きを促した。
しかし、蒼竜様は、
「いや、この話はここまでなのだがな。」
と言ってた。私は、
「ひょっとして、すぐ近くに来ている竜が加納様なのですか?」
と聞いてみた。しかし蒼竜様は、
「いや、加納ではない。
が、力の感じからして、昔、ちょっと遊んだ赤竜かもしれん。
それも懸念の一つなのではあるが・・・。」
と答えた。私は蒼竜様が『懸念』と言ったことに引っかかった。
蒼竜様は少し間を置いて、
「加納の事は、夜の番でウトウトしていたら、ふと思い出しただけのことよ。」
と言った。私はさっき引っかかったことをはっきりさせるため、
「ひょっとして、その赤竜は隣の国出身なのですか?」
と聞いたところ、案の定、蒼竜様は、
「ああ。
普通、国外に出ることは滅多になかろうからな。
似ているだけであれば・・・良いの・・・だが・・・。」
と言ってから、またウトウトと船を漕ぎ始めた。
暫く私は蒼竜様を見ていたのだが、このまま蒼竜様が寝てしまうと水がないことに思い至った。
このままでは、朝食に差し障る。私は、
「すみません。
鍋に水をいただいても構いませんか?」
と言いながら鍋を持っていくと、蒼竜様は、ぼーっとしながら、
「良かろう。」
と言って鍋に水を出してくれた。私は鍋に蓋をしてまだ火の付いていない炉の上に置こうとしたが、なんだか軽くなっていくので中を見てみた。すると、鍋の中に水がない。私は、
「すみませんが、無くなってしまいまして。
申し訳ありませんが、もう一度出していただいても良いでしょうか。」
と言って鍋を差し出すと、まだぼーっとしながら
「良かろう。」
と言って鍋に水を出してくれた。今度は大丈夫なのだろうかと思って少し眺めていると、サッと霧散した。私は、
「申し訳ありません。
水が霧散してしまいまして。
飲水をお願いします。」
と言ったところ、やはりぼーっとしながら
「良かろう。」
と言って水を出してくれた。私はまた霧散しないかとヒヤヒヤしながら蒼竜様が出してくれた水を見ていたが、三度目の正直で今度は暫く経っても霧散しなかった。私はこれで朝食の準備ができると思い安心した。
まだ蒼竜様はぼーっとしていたので、
「天幕にお入りください。」
と言って、蒼竜様を天幕まで連れていって寝袋に入ってもらった。
私はまたさっきの場所に戻ったのだが、一人で時間を持て余したので、暇つぶしに魔法を出しながら気配を消す修行をして過ごしたのだった。
山上くん:それで加納様はどうなったのですか?
蒼竜様:結果なんてやる前から判っておろう?まぁ、そういうことなのだがな。
山上くん:(田中先輩が無双したのだと思うけど、どんな戦いをしたのだろう・・・。)
蒼竜様:田中に尻尾も切ってもらえず、加納はおずおぞと帰ったのよ。
山上くん:(尻尾を切ったら、何かあるのかなぁ・・・。
それとも、決闘に負けたら切る習慣でもあるのかなぁ。それなら、切られなかったら屈辱か。
ちょっと聞きいてみたい気もするけど、そんな感じじゃないんだよな・・・。)