隣からの飛来者
山頂に着いた後、前に野営をしたところで荷物を下ろし、荷を解いた。
更科さんが予想したとおり、野菜の箱の中は大惨事で、蕪も牛蒡も砕けて散乱していた。
調味料の方は、塩と味噌の瓶はヒビが入っただけで済んでいたが、梅干しや醤油、沢庵等の糠漬けの瓶は割れていて、糠床に梅干しの汁と醤油がかかっていた。
私が、
「これはひどいですね。」
と言うと、更科さんは、
「そうね。
で、誰がやったのかな?」
と、子供が悪さをした時のような尋ね方をしてきた。私は、
「いえ、あれは不可抗力ですよ。
いくらなんでも、あんな所に、狂熊がいるなんて思いませんよ。」
と弁明しようとした。しかし、更科さんは、
「和人。
蒼竜様が先に教えてくれていたわよね?
それに、荷物を持っているのだから、やはり蒼竜様にお願いすべきよ。
本職が聞いて呆れるわよ。」
と言われてしまった。私は返す言葉もなく、
「ごめんなさい。」
と謝った。すると更科さんが、
「これが本当のお客さんだったら、大変だったんだからね?
もう少し考えて行動したほうがいいわよ?」
と更に駄目押しされた。私は、
「はい。
今度から気をつけます。
ただ、あの時は薫に危害があってはいけないと思って必死だったので・・・。」
と言い訳をしていたのだが、安塚さんが、
「いつまでもそんなこと言っていないで、すぐに晩御飯の準備を始めるわよ。
薫ちゃんはこっちを手伝って!
山上くんは天幕ね!」
と言って、テキパキと動き始めた。更科さんは、
「和人は慣れてないから私が天幕やっておくね。
だから、手伝いはお願い!」
と言って、天幕を設置し始めた。安塚さんは、
「あぁ、そういうことね。」
と言って訳知り顔をしてから、
「山上くん、先ずは石を並べて炉を組んで!」
と私に指示を出した。私は、
「分かりました。
良さそうな石がないか、ちょっと集めてきます。」
と言って返事をした。今回は先週使った鍋よりも大きい鍋が入っていたので、前回よりも大きな炉を作るために適当な石を探した。
私は、山頂から少し外れた辺りでちょうどよい大きさの石がいくつか転がっているのを見つけたので、そこの石を使って炉を作っていった。
石を運んでいる途中、なんとなく蒼竜様を見ると、春高山よりも奥の山やその上の空を見ていた。私はどうしたのだろうかと思って視線の先を見ると、小さな鳥のようなものが飛んでいる。そういえばさっき、里見さんから聞いた竜の目撃情報を聞いたので警戒しているのだろう。
炉が出来ると、次はお米を研ぐために安塚さんに、
「すみません、安塚さん。
お米を研ぎたいので水を出してもらえませんか?」
と頼んだ。しかし安塚さんは、
「ごめんなさい。
私は水魔法は使えないのよ。」
と言って謝った後、更科さんに、
「薫りちゃん、水は出せる?」
と確認した。すると、
「すみません。
私は水球しか使えません。」
と返すと、安塚さんは、
「それじゃ駄目ね。
蒼竜様にお願いするしかないわね。」
と言った。私は更科さんに、
「水は出せるのに飲めないのですか?」
と聞いたところ、安塚さんが、
「魔法に疎い人にありがちな勘違いね。
同じ水魔法でも、飲める水と飲んだらいけない水があるのよ。
どう説明したらいいかしらね。
魔法で物質を作る時に魔力量が少ないと、だんだん霧散してしまうのよ。
飲水に使う水は、霧散しないだけの量の魔法を込めないといけないの。
そうなると、普通の駆け出しの冒険者程度じゃ難しいのよ。」
と説明してくれた。私は、
「それじゃ、なんで薫に聞いたのですか?」
と聞くと、安塚さんは、
「念の為よ。
やっぱり、始めから蒼竜様には聞き辛いじゃない?」
と返した。私は納得したので、
「なるほど。」
と言って返した。安塚さんは、
「そう言えば、先週も登ったって聞いたけど、水はどうしたの?」
と聞いてきた。おそらく安塚さんは、『もし近くの水源から汲んできたのなら、今回もそこから』と思ったのではないかと考えた。なので私は、
「えっとですね。
前回は、田中先輩が出してくれました。」
と返した。すると、安塚さんも諦めたようで、
「じゃぁ、やっぱり蒼竜様ね。」
と言った後、
「山上くん、頼んできてくれる?」
とお願いされた。私も小川まで降りて汲んでくるのは大変なので、
「そうします。」
と言って、大きな鍋を持って蒼竜様のところまで行ってから、
「すみません、蒼竜様。
その、大変申し訳ないのですが、料理に使う水をお願いしてもよいでしょうか。」
と聞いた。すると蒼竜様は、
「わかった。
この鍋に出せばよいのだな?」
と確認してきたので、私は、
「はい。
お願いします。」
と同意した。蒼竜様が水を出し始めたのだが、鍋の水がいっぱいになるまで暇だったので、さっきまで蒼竜様が見ていた方を確認した。するとやはり、鳥のようなものが飛んでいた。そしてその鳥が山に降りたのだが、よくよく考えてみると縮尺がおかしいことに気がついた。降りた距離を考えると、かなり大きな鳥かなにかのようだ。が、ふと冒険者組合の情報を思い出した。
ひょっとすると、あれは実は竜なのかもしれない。
私は蒼竜様に、
「あれは鳥にしては大きすぎるのですが、ひょっとして竜なのでしょうか?」
と聞いてみた。すると蒼竜様は、
「そのようだ。
さて、どうしたものか。
下手に刺激もしたくないし、かと言って見過ごすわけにも行かぬ。」
と言った。私は鍋いっぱいになったので、
「ありがとうございます。」
と水のお礼を言ってから、
「やはり竜なのですね。
鳥にしては大きいので、そうではないかと思いました。」
と感想を言った。そして、
「これからご飯ですし、食べてから考えたので良いのではないでしょうか。」
と適当に言ってみた。すると蒼竜様も、
「そうだな。
目撃情報があったなら、昨日今日来たというわけでもあるまいしな。
まぁ、明日にでも会いに行ってみるか。」
と先送りにしたようだった。私が水の入った鍋を抱えて安塚さんの所に戻ると、
「お疲れ様。
そのまま、炊飯もよろしくね。」
とお願いされた。私は飯盒の中にお米と水を入れて研いだ後、新しい水に替えて飯盒を火に掛けた。安塚さんを見ると、砕けた野菜の欠片を使って煮物を作っていた。更に細かく砕けて煮物にもならない野菜は、ムーちゃんに食べさせているようだ。
更科さんがこちらにやって来た。恐らく天幕の設置が終わったのだろう。
更科さんが料理を覗き込んで、
「あれ?
今日はお肉はないの?」
と聞いてきた。私は、
「今日は狩っていないのでありませんよ。」
と話すと、更科さんは絶望したような顔をしていた。安塚さんが、
「薫ちゃん、明日は狩りをしましょうね?」
と狩りに誘ったのだが、更科さんは、
「その、私は治癒魔法だけだから、基本的に狩りのお役には立ちませんよ?」
と言ってやんわりと断っていた。私は、
「明日からの修行の中で、美味しいものが狩れればよいのでしょうが・・・。」
と言ったのだが、安塚さんから、
「修行で同じ獲物を狩ると乱獲になっちゃうけど、乱獲は駄目よ?
生態系に影響が出て、本来増えないはずの害獣が増えたりする場合もあるからね。」
と注意を受けた。私は、
「分かりました。」
と答えたが、ふと気になって、
「でも、どのくらいの量が乱獲になるのでしょうか。」
と聞いた。安塚さんは、
「それは、学者の間でも意見が割れるところね。
その地域の1割くらい捕獲すれば次の世代の数が大きく減るから乱獲だという人もいれば、その地域で種の継続が困難になる量まで減った時に初めて乱獲だという人もいるの。
でも、私が思っているのはどちらかというと前者に近いわね。」
と説明してくれた。しかし更科さんは、
「要するに、自分たちが食べられる量だけ獲るのは問題ないってことね。
和人、明日のお肉はお願いね?」
と言って、乱獲云々はどうでもいいようだった。
更科さん:あれ?今日はお肉はないの?
山上くん:今日は狩っていないのでありませんよ。
更科さん:(うそ、お肉、期待してたのに・・・。)
安塚さん:(そんなにお肉が良かったのかしら。)薫ちゃん、明日は狩りをしましょうね?
更科さん:(あれ?和人と安塚さん、なんか息があってない?)その、私は治癒魔法だけだから、基本的に狩りのお役には立ちませんよ?
安塚さん:(あれ?薫ちゃんに警戒された?)




