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拳骨の

いつもより長めです。(^^;)


 おやつ休憩の後、春高山に向かって登っていたのだが、蒼竜様が、


「山頂の方で何か気配がするな。

 狂熊かなにかのようだが・・・。」


と言った。私は今朝の里見さんの話を思い出し話をしようとしたのだが、先に安塚さんが、


「はい。

 確か、狂熊であれば、もっと山奥にいたはずです。」


と言った。私は今度こそと思って話をしようとしたのだが、先に更科さんが、


「そうなのですか?

 つい先週、春高山に登った時、山頂の奥の原っぱといいますか、天狗草がたくさん生えている辺りで()いましたよ?

 和人がやっつけましたが。」


と言った。すると、安塚さんが、


「あぁ、そうでしたね。

 拳骨(げんこつ)の和人さん?」


と、私を冷やかしてきた。しかし、私は、今は相手にしないことにして、


「今朝、葛町の冒険者組合の寄ったのですが、その時に、狂熊が春高山まで来ていると聞きました。

 なんでも、この奥の山で竜の目撃情報が頻繁にあるのだそうですよ。

 それで、生息域がずれたせいではないかと言っていました。」


と里見さんから聞いた情報を話した。蒼竜様は、


「なに?

 竜の目撃情報が頻繁にだと?

 ふむ・・・。」


と言って、少し考え始めた。安塚さんは、


「向こうは赤竜帝が住んでいるから、そこまで珍しいことではないのでは?」


と北東を指して推測したのだが、蒼竜様は、


「いや、それはないのだ。」


と否定した。蒼竜様は続けて、


「この辺りは隣の赤竜帝の領域が近いので、いらぬ緊張を()まぬように、竜の姿では年に数回程度しか巡回せんことになっているのだ。

 頻繁にという事は、はぐれの竜が迷い込んだということも考えられるが、最悪、隣の赤竜帝が工作活動をしている可能性もある。」


と付け加えた。私は、


「それは、昨日言っていた件の事でしょうか?」


と聞いた。更科さんが私に、


「昨日の件って?」


と確認したので、私は、


「えっと、蒼竜様から聞いた話なので、私から説明する話でもありませんが、隣の赤竜帝が色々とちょっかいを出そうとしているらしのですよ。」


と話した。すると蒼竜様が、


「あぁ。

 最近、田中に黒竜が倒されたのだがな。

 実際はどうあれ、当陣営(こちら)の力が減った()きに攻め入ろうと準備しているのではないかという噂があるのだ。

 商人の動きといい、いよいよ真実味が出てきおったわ。」


と眉をしかめながら言った。安塚さんが、


「実際にとは、どういうことでしょうか?」


と質問をした。蒼竜様は、


「いや、なに。

 敵討(かたきう)ちがどうのとか申してあちこちに行って、はっきり言って戦力外だったからな。

 まぁ、そんな事情も、向こうからすれば分からぬのだろう。」


と言った。私は、


「すみません。

 このような状況で、私なんぞに修行とかをつけている場合ではないのではありませんか?」


と進言した。すると蒼竜様は、


「それはそれ、これはこれだ。」


と言った後、


「今回は田中にも一端があるからな。

 それなりに働いてもらうとするさ。

 まぁ、一人で半分は行けるだろう。」


と、耳を疑うようなことを言った。私は、


「田中先輩が強いと行っても、人間ですよ?

 いくら何でも半分というのは多すぎませんか?」


と慌てて聞いた。だが、安塚さんが、


「えっと・・・。

 相手がどのくらいの戦力で攻めてくるか察しがついているということでしょうか?」


と確認した。私は数も確認せずに多すぎるなどと発言してしまったことに恥ずかしさを感じた。蒼竜様は、


「隣の赤竜帝が動かせる手駒は、多くて150匹くらいではないかと言われておる。

 この規模になれば、竜人は10人から15人といったところか。」


と返した。更科さんが、


「その半分ということは・・・。」


と言った後、安塚さんが私に、


「田中さんって、何者なの?」


と、真剣に確認してきた。私は、


「私では、皆目(かいもく)見当も付きません。

 どこまで強いか、私には判りかねますが、以前、超級冒険者でも手を焼く土蜘蛛(つちぐも)に致命的な一撃を与えたり、空鯨(くうげい)をほぼ単独で倒したと聞いています。」


と話した。すると安塚さんは、


「あれ?

 土蜘蛛とか空鯨って、多分、10年ちょっと前の話よね。

 でも、その時は超級冒険者が倒したって聞いたわよ?

 何かの間違いじゃないの?」


と反論してきた。なので私は、


「いえ、野辺山さんが言っていたので間違いないと思います。

 確か、田中先輩はポーターとして雇われていたけど、美味しい所は全部超級が持っていったようなことを言っていたと思います。

 冒険者の間では田中先輩の名が広まったようで、仕事が来なくなったと言っていましたよ。」


反駁(はんばく)した。安塚さんは首をひねりながら、


「それ、もう超超級の域じゃない。

 あと、それでなんで田中さんに仕事が来なくなるのよ。」


と言った。私は、


「なんでも、田中先輩はポーターだから荷物運びをしてもらうことになりますが、そんな格上の人に頼むのは流石(さすが)に恐れ多いとか言って、仕事が来なくなったそうです。」


と、聞いた話を想像で(おぎな)いながら説明したが、まだ安塚さんは首をひねっていた。


「というか、そもそもなんで田中さんはそこまでポーターにこだわっているのよ。

 とっとと転職でも何でもすればいいのに。」


と言った。すると更科さんが、


「確か、職業が変更できない呪いでしたっけ?

 でも、和人も職業変更していなかったし、案外、言わなきゃバレないんじゃないかなぁ。」


と言ったのだが、安塚さんが、


「いえ、そうもいかないのよ。

 役所とかがそうだけど、もし何かあった時に、『私達は最善を尽くしたけど駄目でした』と説明できれば諦めがつくでしょ?

 でも、その中に職業変更をしていない人がいると、『最善を尽くしていない人がいるじゃないか』って指摘されたりするの。

 過去には、これで辞めさせられた官吏もいるそうよ。」


と説明してくれた。私は、そいつはどうやって官吏になったのだろうかと不思議に思ったが、話も進まないので、


「そうなのですか。

 でも、私は特に確認とかもされませんでしたが。」


と話した。すると、安塚さんは、


「まぁ、会社の風土にもよるんじゃないかしら。

 おそらく、山上くんのところの会社は、給料並みに荷物さえ運べれば職業変更してもしなくても、そんなに影響がないというこ事なのかもしれないわね。」


と説明した。私は、田中先輩が社長に拾ってもらった時の話を思い出したが、話が長くなりそうだったので、ここでは黙っておいた。



 そうこう話しながら登っているうちに、山頂くの山小屋の辺りまで来た。

 前回の更科さんは体力を消耗して今にも倒れそうだったが、今回は途中で回復をしたおかげか、まだ歩けそうな感じだった。

 私は、


「薫、お疲れ様。

 今回は大丈夫だったね。」


と言ったのだが、更科さんは山小屋の方を指差して、


「3匹もいる!」


と言った。私も更科さんが指している方を見ると、ちょうど山小屋の入り口を取り囲むようにして3匹の狂熊がうろついていた。狂熊の向こうでは、冒険者5名が山小屋の入り口を守っているようだった。

 私は黄色い魔力を集めながら、


「大丈夫ですか?」


と、声を掛けたところ、狂熊の1匹が私に突進してきた。私はこのまま来ると更科さんが危ないと思い、腕から背中、さらに軸足にかけて身体強化を行いながら前に出ていった。すると、私が出てくるのに合わせて、狂熊が爪を出して、その豪腕をふるってきた。私はやばいと思って腕の下をかいくぐったのだが、背負子をぶつけた感触があったかと思うと、そのまま熊が覆いかぶさってきた。更科さんが、


駄目(だめ)っ!」


と叫んだのが聞こえてきた。私は下敷きになってあたふたしたのだが、背負子が邪魔で、なかなか狂熊の下から抜け出せない。上にいる狂熊もまだ動いている。私はかなり焦っていた。

 ところが、後ろから蒼竜様と安塚さんの声を噛み殺したような笑い声が聞こえてきた。

 きっと、私が無様だからだろうが、蒼竜様には、私の上に覆いかぶさってきた狂熊を倒していただきたいと思い、


「蒼竜様!

 笑っていないで、早く、狂熊を倒してください!」


と言ったのだが、蒼竜様が、


「いや、もう狂熊は気絶しているぞ?

 ふふっ、いや、背負子がドンと来たもんだ。」


と、笑っている。私は、気絶していると聞いても、覆いかぶさっている狂熊が動いているのでそうは思えない。なんとかあがいて、下から抜け出したところ・・・、確かに狂熊は気絶していた。

 おそらく、狂熊が動いていると感じたのは、私が動いたのでずれたりしたことが原因だったのだろう。それに気がついて、私は恥ずかしさで顔が熱くなっていくのがわかった。蒼竜様と安塚さんはまだ笑いを噛み殺していた。しかし、更科さんは、何故か真っ青だった。

 私は狂熊の後の二匹がどうなったか気になったのだが、まだ山小屋の冒険者と睨み合っていた。他の狂熊はこちらに来る様子がない。折角、狂熊が気絶しているので、私は今のすきに首を思いっきり絞めて1匹目の狂熊を倒した。

 すると、安塚さんがまだ引き笑いしながら、


「さすが!

 拳骨の山上くんは一味違うわね!」


と大きめの声でからかってきた。それを聞いた山小屋の前にいた冒険者が、


「拳骨のだと!

 すまんが、こっちも頼む!」


と狂熊の退治をお願いされた。山小屋の前の冒険者には、その『拳骨の』という呼び名は止めてもらいたいものだと思った。

 と、そこでムーちゃんが知らない間に狂熊に近づき、


「キュイ!」


と、ひと鳴きした。狂熊は、二匹とも振り返らない。それで私は慌ててムーちゃんに駆け寄りながら、


「戻っておいで、危ないから!」


と言ったのだが、ムーちゃんは、一方の狂熊に登って、耳をひと(かじ)りしてしまった。


「グァッ!」


と、狂熊が鳴いて慌ててぐるぐると回り始め、誰が噛ったのか確認しようとしているようだった。だが、すでにムーちゃんは距離を取っていて、狂熊の視界に入っていないようだった。そこで、


「キュイ!」


と鳴いて狂熊の注意を引きつけたかと思うと、私の横を通って後ろに走って行った。狂熊がこっちに向かってきた。私が狂熊に向かうと、更科さんがまた、


「駄目!駄目!駄目!駄目!駄目っ!」


と叫んだ。しかし私は、


「薫、心配しなくても大丈夫ですよ。」


と返したのだが、更科さんは、


「荷物!荷物!荷物!荷物!荷物!」


と、連呼した。私は何のことかよく解っていなかったが、背負子を下ろして確認しようと思った。しかし、狂熊は確認するだけの時間を待ってはくれない。そこで私は狂熊に向かって、


「ちょっと待って!」


と思いっきり威嚇した。狂熊の方はと言うと・・・、白目を剥いて倒れてしまった。安塚さんが、


「黒竜の威嚇!

 やっぱり凄いわね。

 この、空気がビリっと震える感じ。」


と言って興奮していた。蒼竜様も、


「ほう。

 なかなかに使いこなせておる。

 ところで奥方殿、さっきから荷物とは何のことだ?」


と確認した。私も、


「それです。

 薫、何の話ですか?」


と聞いたのだが、更科さんは、


「箱の中、野菜とか、調味料とか入っているのよ?

 あんなに派手に動いたら、梅干しの(かめ)とかも割れてたらどうするのよ!」


と怒られた。

 私は、やってしまったと思い、慌てて背負子を下ろした。

 私が背負子を下ろそうとした時、蒼竜様は、


「あぁ、そういうことか。

 山上、とりあえず荷物を置いておけよ。

 あと、折角の機会だから、残りの1匹も対処してみろ。」


と言ってきた。私は、


「蒼竜様は手伝ってくれないのですか?」


と聞きながら、背負子を下ろし終わったので、白目を剥いている狂熊に向かって小走りで駆け寄ったのだが、蒼竜様は、


「修行だ。

 このくらいは一人で出来んとな。」


と言った。私は狂熊の首を両手で抱えて、


「よっと。」


と掛け声とともに絞めて倒してから、


「分かりましたが、狂熊に(にら)まれると、結構怖いのですよ?」


と言った。すると蒼竜様は、


「それだけ倒せれば、怖いものか。」


と言った。更科さんが、


「和人、狂熊が山小屋の方に近づき始めたわよ!

 早く行かないと!

 ガツンと一発、早く!」


と狂熊を指差して急かした。私は、最後の1匹の死角から一気に近づいて、頭に拳骨を一発入れて気絶させてから、首に手を掛けて絞めて倒した。

 冒険者のうち4人が駆け寄ってきて、


「さすがは拳骨の!」

「ありがとうございました!拳骨の!」

「先日結婚したのが残念です!拳骨の!」

「本当に助かりました!拳骨の!」


と口々に言ってきた。残りの一人はその場でへたり込んでいた。

 後ろからも蒼竜様が、


「拳骨の。

 そろそろ山頂に行くぞ。

 後、どうせ山から(しばら)く下りんのだ。

 狂熊はそいつらにくれてやれ!」


と言ってきた。後ろを振り向くと、蒼竜様がニヤニヤしている。冒険者の一人が恐る恐る、


「本当に宜しいのですか?」


と言ったのだが、私も、ここで解体しても腐るだけだし、熊肉は丁寧(ていねい)に処理しないと(くさ)くて食べられないので、


「はい。

 ここで欲張っても、持って帰れないのでは意味がありませんから。」


と遠慮した。安塚さんと更科さんは特に意見はないようだった。ムーちゃんは更科さんの肩に乗っていた。

 蒼竜様が山頂に向かい始めたので、慌てて私達もついていこうとしたのだが、冒険者の一人が、


「ちょっとだけ待ってくれ!」


と言ってから、狂熊の鼻先を3匹とも切り取って手渡してきた。私はそんなものを貰っても困ると思ったのだが、鼻先を渡した冒険者が、


「狂熊の鼻先は、見る人が見れば(しな)びていても狂熊のものだと判ります。

 これを持っていけば何匹倒したか判るから、これで討伐報酬がもらえるはずです。

 せめて、これだけでも持って行ってください。」


と教えてくれた。私は鼻先のことを知らなかったので、


「それは良いことを聞きました。

 こちらこそ、駆け出しで知らないことばかりなので助かります。」


と言ってありがたく受け取ったのだが、蒼竜様はその間も山頂に向かって歩いていたので、私は大急ぎで走って蒼竜様に追いついたのだった。


蒼竜様:まぁ、一人で半分は行けるだろう。

山上くん:田中先輩が強いと行っても、人間ですよ?いくら何でも半分というのは多すぎませんか?

更科さん:(確かに多いわね。)

蒼竜様:(それでも田中なら、楽勝だろうな。)

安塚さん:えっと・・・。相手がどのくらいの戦力で攻めてくるか察しがついているということでしょうか?

山上くん:(あっ!規模もわからないのに言っちゃった。⍤)

更科さん:(ほんとだ。聞いていなかったわ。)

蒼竜様:(なかなか(さと)いな。)隣の赤竜帝が動かせる手駒は、多くて150匹くらいではないかと言われておる。

安塚さん:(なるほど、多いわね。山上くんは事前に聞いていたのかしら。)


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