この荷物の量は・・・
更科さんが店に顔を出して、
「こんにちは、みなさん。」
と挨拶した後、私に、
「ごめん、和人。
裏に荷物をまとめてるので、背負子に背負ってもらっていい?」
と、聞いてきた。私は軽い気持ちで、
「勿論です。」
と答えた。すると更科さんは、
「結構重いと思うけど、頑張ってね?」
と言った後、
「蒼竜様、荷物を積んだら、すぐに出発しますか?」
と確認した。蒼竜様は、
「そうだな。
咲花で昼でも食って、のんびり登るか。」
と言った。私は、
「その、天幕の設営や晩御飯の準備もありますので、少し急いだほうが良いかもしれません。」
と言ったところ、蒼竜様は、
「設営か。
まぁ、そうか。
山上一人ならともかく、奥方と年頃の魅力的な女性もいるから、寝袋にそのまま入ってごろ寝というわけにもいかんか。」
と言った。安塚さんは、
「そんな、魅力的だなんて、照れますよ。」
と喜んでいた。しかし更科さんは眉間に皺を寄せて、
「えっと・・・、安塚さんも行くのですか?」
と聞いた。蒼竜様は、
「賑やかな方がいいだろう?」
と言ったのだが、更科さんは皺を寄せたまま、
「安塚さんの分は、食材は準備していませんよ?」
と、敵対心剥き出しで言っているように見えた。安塚さんは、
「食材ですか?
荷物になるから、現地調達じゃないのですか?」
と聞いてきた。すると更科さんが、
「いいえ、いつも食材が獲れるとも限りませんし。
獲れなかった時、蒼竜様の食べ物がないというのも困りものです。
安塚さんが毎日1人分獲ってきてくれるのでしたら構いませんが。」
と淡々と言った。安塚さんは、
「薫りちゃん、今の季節なら、1人分なんて余裕です。
毎日1人前と言わず、4人分採ってこれると思いますよ。」
と笑顔で言った。私は二人の『とる』の漢字が違うように感じたが、そっとしておくことにした。
更科さんは、
「まぁ、決まったものは仕方がありません。」
とまだ渋っているようだった。そしてその勢いのまま更科さんが、
「和人、ひとまず、裏ね。」
と言ったものだから、私は怒られているように感じながら、
「はい。」
と返事をした後、慌てて店を出てぐるりと回って裏戸から入り直した。
そして私が縁側にたどり着いた時には、蒼竜様や安塚さん、更科さんが縁側で待っていた。どうも、店から入って家の中を通ったようだ。
更科さんは、
「和人、家の中を通ればればよかったのに、なんでわざわざ遠回りしたの?」
と聞いてきた。私は『それならなんですぐに引き止めなかったのか』と思ったが、
「その・・・、建物の中だと、背負子が色々な物に引っかかて傷をつけるかもしれませんので、ちょっと遠回りしてきました。」
と、ちょっと負け惜しみっぽい言い訳をした。しかし更科さんは、
「あ、それでなのね。
でも、別に少しくらい傷がついても問題ないわよ?
どうせ置物なんていっぱいあるんだし。」
と普通に受け答えしてくれた。安塚さんは、
「まぁ、薫ちゃん、別にいいじゃないの。
それよりも、早く荷物を積んでもらいましょう?」
と言った。更科さんは、
「そうね。」
と相槌を打ってから、私に、
「じゃぁ、これ、お願い。」
といって指を差した先には、米俵が1俵と、大きな箱が2個、あと中くらいの箱が1個置かれていた。私は、
「これは結構な荷物ですね。」
と言うと、更科さんは、
「1ヶ月も山に籠もるんだから、このくらいは必要よ?
それに、天幕や調理道具だってあるんだから仕方ないじゃない。
まぁ、一人増えちゃったから足りないと思うけど。」
と言った。私は、
「まぁ、確かにそのくらいは必要かもしれませんね。」
と同意したのだが、安塚さんは、
「いえ、1月で1俵もあれば、4人でも十分でしょう。」
と指摘した。すると更科さんは、
「えっと・・・。
1俵というと、3人でも、結構ギリギリの量なのですよ。
まず、体を動かす男の人は1日5合くらいだけど、私は半分くらいだから1日に13合くらい食べるの。
で、30日だと390合ね。
1俵がだいたい400合だから、結構、ギリギリなのよ。」
と言った。すると安塚さんは笑いながら、
「いくら男でも、1日に5合は食べませんよ。」
と言った。しかし私は、
「すみません。
仕事の日は、だいたい4〜5合くらい食べていると思います。」
と、普段の生活を思い出して話した。すると蒼竜様も、
「拙者も大食いではないつもりだが、元の体がでかいのでな。
5合でも、動物を狩るなりせねば足りんな。」
と言った。安塚さんは、
「お二人とも、そんなの食べるのですか?」
と驚いていた。
こんな感じで私は少しおしゃべりをしながら背負子に荷物を積んでいたのだが、ここに弟君がやってきた。私は、
「修、怪我はもういいのですか?」
と話しかけた。すると弟君は、
「お陰様でこの通りです。」
と肩を回し、続けて、
「蒼竜様にも大変お世話になりましたが、そもそも蒼竜様を連れて来たのは和人さんです。
本当に、感謝をしてもしきれません。」
と、お礼を言われたのだが、弟君は先日と違って敬語になっていた。私は、
「そんな、畏まらなくても大丈夫ですよ。」
と普通に話してもらえるように言ったが、弟君は、
「いえ、そういう訳にも行きません。
命の恩人なのですから、和人さんと呼ばせてください。」
と拒否された。私は少し戸惑ったが、しばらくしてほとぼりが冷めた頃にもう一度お願いすることにして、
「分かりましたが、同い年の人に敬語を使われるとなんとなく落ち着きませんので、またそのうち普通に呼んでもらえると助かります。」
と、自分のことは棚に上げてお願いした。しかし、弟君は、
「そうですね・・・。
和人さんが普通に話すようになりましたら、僕もそのように話します。」
と揚げ足を取られてしまった。これは、敬語でなくなる日は未来永劫来ないかもしれない。私は笑うしか無かった。
ここで、蒼竜様が、
「修。
今のところは問題ないようだが、不足した血を拙者が錬成していてな。
念の為、1週間くらいは安静にしていろよ?」
と言った。弟君は、
「分かりました。」
と返したのだが、少しバツが悪そうに、
「すみません、蒼竜様。
先に身内と話をしてしまいまして・・・。」
と言って床に正座し、三つ指を付いて頭を下げた後、
「この度は本当にありがとうございました。
すっかり体調も良くなって普段と変わりませんでしたので、明日にでも依頼を受けに行こうと考えていましたが、分かりました。
今週は安静にしていようと思います。」
と言った。すると蒼竜様は、
「そうだ。」
と言ってポンと手を叩き、
「来週、修も春高山に来い。
ついでだ。
お前も修行してやろう。」
と言った。弟君は、
「そんな勿体無いです。
僕など、今、修行に行っても、拳骨の和人さんの足を引っ張るだけだと思います。
なので、冒険者組合で依頼を受けながら、徐々に鍛えていこうと思います。」
と辞退した。蒼竜様は、
「別に、薫も行くし、問題はないぞ?
来る時、手土産に米俵を1俵ほど持ってきてくれれば全く問題ない。」
と言った。どうやら蒼竜様は、安塚さんが増えたことで不足した米を弟君に持ってこさせようという算段らしい。弟君は、
「そういうことでしたら、是非、参加させていただきます。
来週から宜しくお願いします。」
と言って、1週間遅れで参加することになった。
こうして、今回の修行に参加する人が決まった。
蒼竜様は、
「よし、では行くか。」
と言って、安塚さん、更科さん、私の3人を引き連れて咲花村に向かった。
暫く歩いているとムーちゃんが私の頭に乗ってきたのだが、例によって私は気配すら感じられず、ちょっと驚いた。
いつものことながら、ムーちゃんの気配を消す能力には頭が下がる。
こうして、修行のための山ごもりに出発したのだった。
更科さん:和人、ひとまず、裏ね。
山上くん:はい。(ちょっと急ごうか。)
更科さん:あ、家の中を通って・・・って、いっちゃった。
蒼竜様:山上はそそっかしいな。(--;)
更科さん:はい。(蒼竜様の前で緊張していたのかな。)では、蒼竜様、こちらから上がって下さい。裏まで案内いたします。
蒼竜様:うむ。
安塚さん:(こういう店の中、緊張するわ。)すみません。お邪魔します。
作中で米を食べ過ぎじゃないかと思った方がいるかもしれません。
でも、山上くんが歩荷の仕事をする時、基礎代謝を含めて3500kcalくらいのカロリーを使っている想定です。
5合は約2500kcalなので、おかずが少なく、油ものもあまり多くないこの時代においては、おやつがないとカロリー不足になる想定です。