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気を付けて下さいね

 屋敷の門に到着するのと同時に、パラパラと雪が降り始める。

 ここまで持ち(こた)えてくれた空に、感謝する。

 玄関の前まで着いたら、短い祝詞(のりと)を上げて行列を()(くく)る。

 氷川様が、


「では、又、明日な。」


とさよならの挨拶(あいさつ)。これから、稲荷神社に帰る。

 私も、


「はい。

 又、明日、お願いします。」


と挨拶を返した。



 玄関に入ると、更科さんが、


「お帰り。」


と挨拶をする。私も、


只今(ただいま)戻りました。」


と挨拶を返す。


 更科さんが、


「はい。」


と言いながら、すすぎに使うための手拭(てぬぐ)いを差し出す。

 私は、それを受け取りながら、


「ありがとう。」


とお礼を伝え、


「先程なのですがね。

 帰り道、何やら視線を感じたのですよ。」


と話を切り出した。更科さんが、


「視線?」


と聞き返す。

 私は、


「はい。」


(うなづ)くと、


「何か、妙に気になって佳央様にも聞いたのですがね。

 やはり、佳央様も、視線が気になっていたのだそうです。」


と話した。佳央様が、


「ええ。」


と同意する。私は、


「それで、誰か判らないかと聞いたのですがね。

 知らない人だと言うのですよ。」


と説明した。だが、更科さんは、


「そうなんだ。」


と興味がないとも取れる返事。私は心配になって、


「前に、狐講に(かどわ)かされそうになった事件がありましたよね。

 又という事もあるかもしれませんので、気を付けて下さい。」


と注意を(うなが)した。

 すると、更科さんは、


「そうね。

 気をつけるわ。」


と返事をしたのだが、あまり深刻そうな表情ではない。

 私は、大丈夫だろうかと、少し不安になった。



 着替えを済ませた後、晩飯の時間となったので、更科さんと座敷に移動する。

 暫くして、古川様と佳央様もやって来た。

 料理が出るまでの間、雑談を行う。


 私は、


「今日は、紅野様はいらっしゃらないので?」


と確認をした。昨晩お願いする事になった、養子(ようし)の件もある。

 出来れば、紅野様とも話をしたかったのだが、佳央様は、


「ええ。」


と頷いたので、今夜は来ない模様。佳央様は、、


「なかなか、暇にならないらしいから。」


と付け加えた。

 今更だが、私と一緒にいるように命令されるまでは、佳央様はずっと一人で食事をしていたのだろう。

 私は、


「それは、寂しいですね。」


と同情すると、佳央様は、


「いつも、居ないじゃない。

 どうして急に?」


と不思議そうな顔をした。私は、深堀しないほうが良いのだろうと思ったので、


「いえ。

 食事は、人数が多い方が楽しいと思いまして。」


誤魔化(ごまか)すと、佳央様は、


「まぁ、そうね。」


と軽く同意した。



 下女の人が、座敷の前までやってくる。そして、


夕餉(ゆうげ)を、お持ちいたしました。」


と声をかけてきた。

 佳央様が許可を出し、下女の人が障子(しょうじ)を開ける。

 そして、膳を運び込んできた。

 膳の上には、味噌がかかった串焼きが2種と、切り干し大根と人参の紅白なます、白菜の漬物。後は、白飯と細切りにした(たけのこ)入りの吸い物だ。

 串焼きは、一方は鳥か何かの肉だが、もう一方は柚のようだ。

 私が、


「柚を焼くというのは、珍しいですね。」


と言うと、更科さんも、


「そうね。」


と同意。だが、佳央様は昔から食べているのだろう。


「そう?」


と首を傾げている。私は、もう少し説明を求めているのだろうと思い、


「はい。

 普通は、()るか(しぼ)るかですので。」


と言ったのだが、佳央様は、


「そうなんだ。」


とあまり関心がない様子。

 私は、要らなかったかと思い、苦笑した。



 食事が終わった後は、雑談の時間となる。

 私は、古川様に、


「いつ頃、返事がきますかね。」


と質問をした。

 古川様は少し考えると、


「どう・・・かな。」


と想像も難しい模様。私は、


「子狐達をずっと(やしろ)に閉じ込めておくのも可愛そうです。

 早く来ればよいのですが・・・。」


と言うと、更科さんが、


「えっ?

 和人。

 今、社に子狐、いるの?」


と聞いてきた。私が、


「はい。」


と答えると、更科さんが、


「もう夜よ。

 お腹、すかせてない?」


と心配している様子。私が、


「それは、心配いりません。」


と返すと、更科さんが変な顔をする。

 私は、


「ほら。

 私は以前、社を壊したではありませんか。

 この時の、声の主ですよ。」


と説明した。すると、更科さんは少し間を置き、


「あぁ。

 そういう事ね。」


と納得した模様。更科さんは、


「毛並み、触れないんだ・・・。」


と残念がっていた。



 食後の雑談の時間が終わり、自室に戻る。

 一先ず、祝詞(のりと)の練習を始める。

 日課は10回。

 その10回目を読み上げた所で、更科さんが、


「和人、最後まで読めたね。」


と嬉しそうに言った。夢中で読んでいて気が付かなかったが、どうやら、最後まで一気に読めたらしい。

 私は嬉しくなり、更科さんの方を向いて、


「佳織!」


と手を取った。更科さんが笑顔で、


「今のを忘れないように、もう一回、読んでみる?」


と提案する。気分が良かった私は、


「はい。」


と返事をして11回目の祝詞を読み始めた。

 だが、数行読んだ所で、言葉を()んでしま。

 私は、今日は日課も終わっているし、ここで()めておこうかと思ったのだが、更科さんが、


「最後まで。」


と一言。私は、


「もう噛んでしまいましたので。」


と説明したのだが、更科さんは、


「本当なら、途中で噛んでも、最後まで読まないと駄目でしょ?

 その練習よ。」


と許してくれない。


──面倒だな。


 一瞬、私はそう感じたが、自分のためだと思い直し、


「分かりました。」


と返して、祝詞の続きを読んだ。

 結局、11回目は、途中、3度ほど噛んで読み終えた。

 私は、


「明日からも、もっと読み込まないといけませんね。」


と感想を言うと、更科さんも、


「そうね。

 頑張ってね、和人。」


と応援してくれた。

 私は、応援するだけなら、誰だって出来るだろうなどと思いながら、


「はい。

 佳織、ありがとうございます。」


と感謝の言葉だけ伝えたのだった。


 今回も短め。。。(--;)


 作中、味噌がかかった柚の串焼きが出てきますが、こちらは江戸時代の頃の柚田楽(ゆずでんがく)を想定しています。

 この柚田楽、柚珍秘密箱からの出典で、柚を蒸籠(せいろ)で蒸して竹串に刺し、火で炙ったところに、すった白味噌(みそ)にゴマを混ぜ、酒で伸ばしたものをかけた料理となります。

 現代の柚田楽と言えば、煮た大根に柚味噌をかけた料理ですので、随分と様子が異なります。

 おっさん、名前から「あぁ、あれね」と思ったら違っていたという事はしばしばですが、この料理も読むまで勘違いしていました。


・柚珍秘密箱 - 柚田楽の仕方

 https://dl.ndl.go.jp/pid/2536184/1/26

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