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修行に出掛ける日の朝

 翌朝、いつもの習慣で日の出前に起き、下に降りた。

 いつものように、千代ばあさんが飯をたいている。

 私は、


「おはようございます。」


と挨拶をすると、千代ばあさんも、


「おはようさん。」


と返したのだが、


「ん?

 今日はいつもと服装が違うね。

 どうしたんだい?」


と聞いてきた。今日の私の(よそお)いは、いつもの紺の半着に(はかま)の格好ではなく、冒険者が着る洋服の上下に胸当てをした格好をしていた。今日から行う修行には、いつもの格好よりもこの方がついていきやすいのではないかと考えたからだ。なにせ、和装に比べてお金はかかるが、洋服のほうが動きやすい。なんでも一般の冒険者は、冒険者組合が推奨していることもあり、半数以上が洋服を着ているそうだ。

 私は、


「実は、今日から1ヶ月間、山で修行することになりまして。」


と言った。すると、千代ばあさんは、


「ん?

 2日じゃなくてかい?」


と聞いてきた。私は、


「はい。

 その、お恥ずかしい話なのですが、私はこちらにお世話になる時に、物を知らなくて、神社で職業変更をやっていませんでした。

 それで、今度職業変更をしようということになったのですが、田中先輩が、その前に鍛えた方が力が付きやすいと言い出しまして。

 山で1ヶ月()もることになったのですよ。」


と蒼竜様の事を()せながら返した。千代ばあさんは、


「そうかい。

 そういや、最近の若者(わかもん)の中には神社に行かない不信心なやつがいるとか聞いたが、まさか山上がねぇ。

 結構、常識人だと思っていたのに、人は見かけによらんもんだねぇ。」


と、私の頭からつま先まで確認するように見て言った。私は、


「その、私の実家でも次兄(つぎにい)と言いますか、次男がいるのですが、就職もつい先日で職業変更をしたという話を聞いたことがなかったものですから。

 それに、長男の一兄(いちにい)も、農家を継ぐので『(仮)』なのだそうですが、職業変更する必要もなかったようでして。」


と言った。千代ばあさんは、


「あぁ、なるほどね。

 七五三で一先(ひとま)ず付けたので十分ってことかい。

 まぁ、それでも祈祷(きとう)はやってもらったほうがいいって聞いたよ。」


と、思い出しながら言っていた。私は、


「なるほど、そういうものなのですね。」


と相打ちを打った。

 その後も(しばら)く千代ばあさんと他愛(たわい)のない話をしてから、お別れの挨拶をした。


(しばら)く、こちらを留守にしますが、よろしくお願いします。」


 千代ばあさんは、


「せっかく若くていい男が毎朝挨拶してくれたってのに、1ヶ月もお預けってわけだ。

 まぁ、分かったよ。

 せいぜい怪我しないでちゃんと帰っといでよ!」


と言って、送り出してくれた。



 その後、いつもの集荷場の掃除が終わった頃、後藤先輩が出勤してきた。

 私は、


「おはようございます、後藤先輩。」


と挨拶すると、後藤先輩は、


「おう、おはよう。

 山上、山に行く格好を冒険者風にしたのか。

 まぁ、駄目とは言わんが、歩荷なんだからそれと判る格好のほうがいいんじゃないのか?」


と言ったが、すぐ、


「・・・あぁ、そう言えば、山上はこないだの登山演習で狂熊と戦う羽目になったからか。

 あれは事故みたいなものだろ?」


と事情を察した感じで話をしてきた。私は、


「いえ、その、今日から1ヶ月間、山で修行をすることになりまして。

 それで、動きやすいようにこの格好を選びました。」


と言った。すると、後藤先輩は、


「何?

 それは聞いていないぞ。」


と言ったが、また事情を察した感じで、


「あぁ、そう言えば昨日、裏の連中に襲われたとか言っていたな。

 ははぁん?

 さては裏の連中が怖いから、(しばら)く雲隠れでもしようって事になったのか?」


と聞いてきた。私は、


「いえ、そういう訳でもなくてですね、先日、田中先輩を訪ねてきた蒼竜様に修行をつけてもらうことになったのですよ。」


と返した。すると後藤先輩は、


「山上、歩荷がそれ以上強くなって、何をするつもりなんだ?

 それに、その蒼竜様ってのはどういう身の上のやつなんだ?」


と二つ質問をしてきた。私は、正体を言うわけにも行かないかなと思い、


「蒼竜様のご身分は、まぁ、その、さるやんごとなき、という事で勘弁してください。」


(にご)して言った。すると、


「『やんごとなき』ってことは公家か貴族で、これ以上は詮索するなって事か。

 まぁ、仕方ないな。」


と、それなりの解釈をしてくれた。

 そういえば、今日の後藤先輩は普段に比べて先走っている。何かあったのだろうか思ったが、家庭の事情が絡んでいる場合にこちらから聞くのはよろしくないので、ここは気が付かなかったことにした。


 ここで田中先輩が出社してきた。

 私は、


「おはようございます。」


と挨拶すると、田中先輩は私の服装が気になったようで、


「そういうのも買っていたのか。

 まぁ、冒険者登録したのだから、一式(そろ)えるのもいいかもな。」


と返してきた。私は、


「はい。

 後、一応、(なた)では格好がつかないので、小剣にでもしようかと思っています。」


と答えた。すると、


「・・・?

 山上はどちらかと言うと魔法が中心だから、(じょう)の方じゃないのか?」


と聞いてきた。私は、


(じょう)だと、薫と同じになってなんとなく、『かぶる』とか言ってへそを曲げられそうな気がしまして・・・。」


と言った。すると田中先輩は、


「あぁ・・・。

 まぁ、そんなこともあるかもしれんな。」


と返した後、続けて、


「なら、剣の柄のところに玉がついていて、魔法の杖と剣の両方で使える(すぐ)れものがあるんだ。

 そういうのを探してもいいかもしれんぞ。」


と言った。私は、


「葛町の武器屋で見かけませんでしたが、どちらのお店でしょうか?」


と聞いた。しかし、田中先輩は、


「俺が知っている武器屋は、王都だからな。

 まぁ、この辺りで売っているかは定かじゃないな。」


と返してきた。王都までは遠いので、行くに行けない。私は、


「この辺りでは買えないのでしょうか?」


と聞いたのだが、田中先輩は、


「まぁ、そこは入ってみないと分からん。

 あれだぞ?

 男の魔法師で剣を使うやつは結構多いからな。

 需要はあるだろうから、大杉くらいなら、きっと売ってるんじゃないか?」


と、曖昧な返事が返ってきた。後藤先輩が、


「おいおい、この話だと山上、本格的に冒険者に転職しちまう勢いだな。」


と苦笑した。私は、


「冒険者は、当たれば大金が入りますが、危険も多いですし、坊主の日もあります。

 私はそれよりも、安定した収入がある方が嬉しいので、歩荷も続けますよ。」


と返した。すると田中先輩は、


「まぁ、怪我することもあるから、冒険者の仕事は程々(ほどほど)にな。」


と、こちらも苦笑いしていた。私は、


「はい。

 そうします。」


と言った。

 私は、まだ出発するには早いとは思ったが、


「では、そろそろ出掛ける準備をしますので、一旦、荷物を取りに行ってきます。」


と言って、荷物を取りに行って戻ってきた。田中先輩が、


「思ったよりも荷物が少ないが、それで1ヶ月も持つのか?」


と心配してきた。私は、


「1ヶ月ですので、着替えとかも現地で毎日洗うつもりで、思い切って少なくしました。」


と理由を言った。すると田中先輩は、


「更科も一緒なんだろ?

 身なりは小奇麗にしておかないと、更科に嫌われても知らんぞ?」


と言った。すると後藤先輩が、


「あの女の子か。

 山上も(すみ)に置けんな。」


と言ったので、私は、


「お陰様(かげさま)で、薫とは夫婦(めおと)になりました。」


と言った。すると、後藤先輩は、


「これは気が早気な。

 ちゃんと仮祝言(かりしゅうげん)は上げたのか?」


と確認してきた。しかし、私は更科家と何もしていなかったので、


「いえ。

 ただ、ちょっとやんごとない事情がありまして、薫のご両親に認めてもらったのですよ。」


と言った。後藤先輩は、


「また、『やんごとない』か。

 それで、山上の実家は?」


と聞いてきた。

 私はそこで初めて、自分の実家のことをすっかり忘れていたことに気がついた。

 私は慌てて、


「すぐに連絡します!」


と言ってから、紙を一枚もらい、平仮名だけの(ふみ)をしたためた。そして、


「田中先輩、申し訳ありませんが、こちらを私の実家まで届けていただけないでしょうか。」


とお願いした。すると、田中先輩は苦笑いしつつも快く、


「あぁ。

 分かった。

 届けておくから、安心して修行に励んで来い。」


と言った後、


「その代わりというわけではないんだがな、修行が終わったら、横山さんにステータスを見てもらってくれないか。」


とお願いされた。私は、


「構いませんが、どうしてですか?」


と聞いた所、


「実は、昨日、飲み屋で横山さんと偶然会ってな、山上の修行の話を肴に盛り上がったんだ。

 この時、修行が終わったらまたステータスを見させてくれって頼まれてな。

 悪いが、手紙は持っていってやるから頼まれてくれないか?」


と言ってきた。私は手紙を人質に取られたのではどうしようもないので、


「分かりました。」


と了承した後、こちらも


「すみませんが、手紙の方はよろしくお願いします。

 もし、(うち)の親に何か聞かれたら答えてやってください。」


と頼んだ。田中先輩は、


「あぁ、分かった。」


と答えた。後藤先輩は、


「お前、普通、手紙なんかじゃなくてちゃんと二人で行って伝えるのが礼儀というものだぞ?

 いくらなんぼ何でも、それは駄目だぞ?」


と言われた。私は、


「まさか、蒼竜様を連れていくわけにも行きませんので、今、行くに行けないのですよ。」


と答えると、田中先輩が、


「まぁ、今の蒼竜様は暇人だからな。

 言えば付き合ってくれると思うぞ?」


と言ったのだが、私は、


「そんな、恐れ多いことは逆立ちしても無理です。

 やはり、来月、戻ってきた後に伝えようと思います。」


と言った。そして、この件はこれ以上話をしても意味のない問答(もんどう)が続くだけだろうと思ったので、後藤先輩がなにか言う前に、


「それでは、冒険者組合に行ってひと声かけますので、すみませんが、ここで失礼いたします。」


と断ってから、葛町の冒険者組合に向かったのだった。


山上くん:お陰様(かげさま)で、薫とは夫婦(めおと)になりました。

後藤先輩:(見合いでもないのに、進展、早くないか?)これは気が早気な。(まさか手順を踏んでないということもあるまいが)ちゃんと仮祝言は上げたのか?

山上くん:いえ。ただ、ちょっとやんごとない事情がありまして、薫のご両親に認めてもらったのですよ。

後藤先輩:また、『やんごとない』か。(仮祝言もなしに夫婦とか、解ってんのかなぁ。って、あれ?更科の両親ってどういうことだ?)それで、山上の実家は?

山上くん:(ヤバッ!忘れてた!)すぐに連絡します!

後藤先輩:(マジカよ!今時の若いもんは・・・。)

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