3匹のひそひそ話
御慶、申し入れます。
相変わらずの駄作で恐縮ですが、今年も宜しく願います。
午後の作業の、片付けが終わる。
さて帰ろうかと思った時、古川様が、
「それで、・・・あの子達はどうする・・・の?」
と声を掛けてきた。私は、
「あの子達?」
と首を傾げると、古川様は、社の隅っこを見た。
私もそちらの方に視線を向けると、そこには、ぼんやりとした例の3匹の子狐がいた。
──しまった!
午後から昼食の件やら何やらで、すっかり忘れていた。
私は思わず、
「あぁ!」
と声を漏らしたが、咄嗟に、
「でも・・・。」
と時間を稼ぎ、
「稲荷にした問い合わせの返事が、まだ来ていませんよ?
回答が来る前に何かするのは、駄目な気がするのですが・・・。」
と言い訳をした。ちゃんと、筋も通っている・・・気がする。
だが、古川様は、
「だからって、・・・ずっと放置は良くないわ・・・よ?」
と諭すように言ってきた。確かに、その通りだ。
──でも、そう思ったのなら、もっと早く指摘してくれれば良かったのに。
私はそんな風に思いながら、子狐達に、
「済みません。」
と謝り、
「まだ回答が来ませんが、今日はもう帰る時間です。
済みませんが、明日まで待って下さい。」
と説明した。
『何、それ。』
『仕方ないよ。』
『いや、いや、いや、いや、いや。』
私も同じ状況なら、文句を付けるに違いない。
私は、
「気持ちは分かりますが、回答が来ない事には処遇を決められません。
こればかりは、待ってもらうしかありませんので。」
と説明した。古川様から、
「催促・・・してみるわ・・・ね。」
と提案してくれた。私は、
「ありがとうございます。
助かります。」
とお礼を伝え、子狐達に、
「そういう事ですので、もう暫くお待ち下さい。」
とお願いした。
『うん。』
『分かった。』
『きっと、返事なんてないよ・・・。』
2匹は素直だが、1匹だけいつもの捻くれた反応。
私は、
「まぁ、そうかもしれませんね・・・。」
と苦笑いをした。
古川様が目を瞑り、念話を始める。
全員が、古川様を注目。
少しして目を開けた古川様は、
「えっと・・・ね。」
と気まずそうに言うと、
「一朝一夕で調べられない・・・との事・・・よ。」
と答えた。考えて見れば、既に情報を持っているならばともかく、そうではないならば当然だろう。
私は、そこまで考えていなかったが、
「やはりですか。」
と頷いた。
『そっか。』
『なら、仕方ないね。』
『で、いつまで待てば良いの?』
3匹目の質問も、ご尤も。
古川様が、
「数日・・・かかるそう・・・よ。」
と答えた。
『分かった。』
『しょうがないね。』
『帰ろっか。』
子狐達が、流れで社から出ようとする。
私は、何となく、
「どちらに帰るので?」
と質問をすると、子狐達が止まった。
『みんなのとこ!』
『御神木!』
『こらっ!』
またしても、ボロが出た。
もう少し問い詰めれば、拠点が分かりそうな気がする。
私は、
「御神木ですか。」
と反復し、氷川様に、
「どちらの御神木か、判りませんか?」
と聞いた。すると、氷川様が胸を張り、
「それは、神社の境内じゃろう。」
と答える。それは、そうに違いない。
だが、ここ谷竜稲荷のように、神社は里の中や周囲にも何箇所かある。
私は、
「それで、どちらの神社だと思いますか?」
と確認すると、氷川様は、
「む。
それは、・・・解らぬ。」
と口籠った。だが、神社であればそれほど多くないに違いない。
私は、
「そうですか。
でも、神社なら数は限られます。
もう少しで、正体が掴めるかもしれませんね。」
と少し安心した。が、佳央様が、
「庭にある、木を祀る祠とかは?
あれも、御神木の類じゃない?」
と指摘する。
そういえば、村の庄屋様の庭にも祠があり、その後ろには立派な木が立っていた。
その木の謂れは聞いていないが、あれが御神木だったのではないだろうか。
仮に人の庭まで探すのであれば、許可含め面倒そうだ。
私は、
「あぁ・・・。」
という声とともに、溜息を吐いた。
氷川様が、
「そうじゃな。」
と肯定し、古川様も頷く。
第一感よりも、対象が多そうだ。
3匹のひそひそ話が聞こえてくる。
『帰っていいの?』
『駄目なの?』
『付けられちゃうよ!』
3匹目の発言に、その手があったかと感心する。
『そっか。』
『残念。』
『そんな事、ないよ。』
3匹目に妙案がある模様。
『そうなの?』
『帰れるの?』
『こいつらが帰った後なら!』
どうやら、私達が帰路についた後に逃げ出そうとしているようだ。
ならば、帰ったふりをして、こっそり監視するのはどうだろうか。
そう思ったが、二六時中見張るわけには行かない。
──そういえば、昼食を食べに行っている間、どうして逃げなかったのだろうか?
そんな疑問が、頭を過ぎる。
『すぐ、ばれるよ?』
『祓われちゃうよ?』
『平気の平左!』
どうやら、私達にすぐに見つかると思っていたから、逃げなかったようだ。
だが、後の1匹は逃げられると思っているようだ。
私から、
「どうして、平気なので?」
と質問をしてみる。
『知らない。』
『解らない。』
『聞いてたのか!』
3匹目がぎょっとする。
私が、
「どうして、聞こえないと思ったので?」
と首を傾げると、氷川様が、
「こやつら、何か話しておるのか?」
とこちらを向き、古川様も、
「そう・・・なの?」
と不思議そうに見てきた。私は、
「先程から、小声で話をしていましたよね?」
と確認したが、古川様は、
「いえ。
私は、・・・聞こえなかった・・・わ。」
と否定。そして、
「音を消す・・・術か何かを・・・使って・・・た?」
と憶測を話す。私には聞かれても判らないので、
「そうなので?」
と子狐達に質問する。
『うん。』
『狐だけ。』
『白狐のせいか!』
どうやら、狐同士でしか聞こえない術を使っていた模様。
だが、私にば白狐が憑いているので、聞こえたようだ。
私は、
「だそうです。」
と言ったが、氷川様は、
「何か話しておったのか?」
と聞こえていない様子。私は、二度手間だなと思いながら、
「どうやら、狐同士だけで会話ができるそうです。」
と説明すると、佳央様が、
「じゃぁ、何で和人は聞こえたの?」
と質問をした。私は、
「私には、白狐が憑いているからのようです。
そのお陰か、小さく聞こえました。」
と説明した。古川様と氷川様の表情が曇る。
私は、
「何か、まずかったですかね?」
と確認したが、氷川様は、
「そうでもあり、そうでもない。」
と曖昧な返事。古川様が、
「前よりも、・・・狐憑きが進んでいる・・・かもしれない・・・わ。」
と深刻そうな顔をする。
私は、
「また、捕まるので?」
と質問をしたが、古川様は、
「一度、・・・結論が出てるから・・・ね。
多分、・・・大丈夫だと思う・・・わ。」
と答えた。ならば、あのような深刻そうな顔は止めて欲しい。
私は、
「それなら、良かったです。」
と胸を撫で下ろしたが、氷川様から、
「あまり、大っぴらにするでないぞ。」
と釘を刺された。私は、
「勿論です。
また、牢屋は勘弁ですから。」
と返すと、氷川様は、
「それならば、良い。」
と頷いた。
古川様が、
「それで、・・・子狐達は・・・どうする・・・の?
連れて帰るわけにも・・・いかない・・・けど。」
と話を戻す。
私は、
「一先ず、氷川様に悪さを働いたこともあります。
今夜はここに留置いて、明日対応を考えるので如何でしょうか。」
と言ったが、古川様は、
「それだと、・・・逃げられない・・・かな?」
と指摘する。子狐達も逃げる相談をしていた。
私は、
「大丈夫ですよ。
昼間も逃げませんでしたし、思ったよりも素直な子達のようですから。」
と指摘すると、氷川様から、
「山上は、甘いの。」
と一言。私が、
「逃げれば、次に見つけた時には祓いますので。」
と宣言すると、氷川様は、
「ならば。」
と了承した。私は、
「では、そういう事ですので。」
と子狐達に話す。
『帰れない?』
『そうじゃない?』
『逃げちゃえるね。』
子狐達が、コソコソと話し始める。
『どうする?』
『見つかったら、祓われちゃうよ?』
『そうだけど・・・。』
3匹目が日和った。
『一晩だけ?』
『反省部屋?』
『・・・今夜だけね。』
話が纏まったようだ。
私は、
「では、しっかり反省して下さいね。」
とそう伝えた。
行列を作り、屋敷への帰路につく。
ふと空を見上げると、空に浮かぶ物を見つける。
気が早い事に、もう凧を上げているようだ。
少し、ほっこりした気持ちになる。
大通りに入り、ふと視線がある事に気がつく。
振り向きたいが、我慢する。
小声で佳央様に、
「視線がありませんか?」
と確認する。佳央様も感じていたらしく、
「そうね。」
と同じく小声で返す。
私は、
「何者か判りませんか?」
と聞いたが、佳央様も、
「無理。
知らない気配よ。」
と判らない様子。古川様から、
「行列中・・・よ。」
とお叱りの言葉が飛ぶ。
私は、
「申し訳ありません。」
と謝り、行列を続けた。
感じた気配と、子狐達の所属している組織。
ひょっとして関連がないか等と思いながら、私は皆と歩調を合わせて歩いたのだった。
今回はネタを仕込みそこねたのですが、年明けという事で凧の話を一つ。
作中、(今回も強引ですが明らかに後書きのためとバレバレですが)「凧」が登場します。
この凧、江戸時代の頃は「いか」とか「いかのぼり」と呼ばれていたのだそうですが、これは、凧のバランスをとるために下に垂らした足が、烏賊に見えるからという理由からなのだそうです。
この「いか」、何故に「たこ」に変わったかと言うと、江戸時代、町中で喧嘩凧などをして屋根を壊したり喧嘩や事故で死人まで出していたとかで、江戸幕府が「イカノボリを揚げる事を禁ず」という命令を出したのだそうです。
で、呼称を変え「いか」ではなく「たこ」だと屁理屈をこねて上げ続けた事に由来するのだそうです。
あと、作中の「平気の平左」は、江戸時代ころの言葉遊びで音韻が似ている「平気」と「平左衛門」を並べて「平気の平左衛門」と言っていたのを、後に縮めたものなのだそうです。
もう一つ、二六時中は『すぐに帰ったので』の後書きでも説明した通り、江戸時代の頃は時間を十二支で表した関係上、四六時中(4×6=24時間=1日)ではなく、二六時中(2×6=12時=1日)と使われていた事に由来します。
・凧
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