更科さんが思ったよりも平気だった件
下のお話になりますので、苦手な人は申し訳ありません。
世の中、見たくないものは見なくていいということではない。
自分に関わりがあるのなら、なおのことだ。
今、私は真田殿を先頭に、蒼竜様、岡本様の後ろについてお城を歩いている。
『既にその・・・。』などと言われては、最悪、更科さんは殺されているのかもしれない。
私は怒気を撒き散らしていた。
そう言えば、黒竜様は我が子を奪われたその仇を取るために、実に二十年もかけてあちこち犯人を殺してまわっていたのだったか。私もその気持ちの片鱗が判るような気がした。或いは、黒竜様の融合した魂が、私の芯に語りかけているのかもしれない。
真田様は私達に、
「こちらにございます。」
と言うと、ふすまに向かって、
「蒼竜 雅弘がお成りにござりまする。
失礼仕りまする。」
と言ってからふすまを開けた。
まず、私の目に入った光景は、薄暗い行灯の光の中、布団の上で二人の女に両腕を押さえつけられ、男に右手で首を絞められながら責め立てられている更科さんだった。四人とも服を着ていない。更科さんからは動く様子もなく、されるがままだった。私は殺されたと思い、呆然として膝をつき、俯いて涙を流した。
更科さんを攻め立てていた三人の動きが止まり、こちらを見る。
と、そこで更科さんが静かな声で、
「ほら見なさい。
ちゃんと和人が迎えに来たでしょ?」
と男性に向けて言った。私は更科さんの声に顔を上げた。先程まで更科さんの腕を押さえていた二人は、慌てて着物のあるところまで這うようにして行き、着物で体を隠した。男性はそのままの体勢で、
「予は従六位上の次男、桜咲 堯之ぞ!
蒼竜某がどこの下賤の輩かは知らんが、いきなり無礼であろうが!」
と言い放った。すると更科さんが、
「いい加減、その粗末なのを抜いてください。
それと、青竜様に向かって下賤などと、無礼が過ぎますよ。」
と淡々と言った。私は更科さんが生きていたのを一瞬喜んだが、今がどんな状態かに気がついて、思わず桜咲様に怒気を放ってしまった。大気が震える。すると更科さんが男の体を押しのけて着物のところまで行き、着物を羽織った。桜咲様は更科さんが押しのけた時にそのまま倒れたので、さっきの怒気で気絶したのだろう。奥の女性も気を失ったようだ。青竜様は人間が放つ怒気ではなかったからか、動揺しているように見えた。更科さんは、
「和人、一応、心臓が止まっていないか確認して?
あと、遅い。」
と言った。最後の『遅い』という言葉には、私の怒気とはまた別の種類の怒気が込められており、私はちょっと怖かった。岡本様が慌てて桜咲様のところに行き、
「息をしておらん。」
と言った。蒼竜様は、
「面倒でも死なれたら困る。
気付けの魔法でもかけてやるか。」
と言うと、岡本様が、
「それには及びませぬ。
拙者も武士の端くれ。
その程度のことは出来ますれば、お手を煩わせたりはいたしませぬ。」
と言って、気付けの魔法を掛けた。桜咲様は、
「お主等、一体何者ぞ!
予をコケにした報いは受けてもらう・・・」
と言ったところで私は不快に思い、ひと睨みした。桜咲様は、
「ヒィッ”」
と肩をすくめて震え上がった。しかし、それでも桜咲様は私に、
「解っておるのだろうな。」
と怒った。すると、岡本様が一度桜咲様を見た後、私に向かって、
「これ!
拙者にも気持ちは判るが、一応、控えよ。
まだ、お公家様なるぞ。」
と叱られた。その言葉にようやく更科さんの言った言葉の意味が理解できたようで、桜咲様はガタガタと震えだしながら確認のためか、
「薫、先程、『青竜様』と申したか?」
と聞いた。更科さんは、
「さっき、私、『和人がやんごとなき方も連れてくる』と教えたではありませんか。」
と涼しい顔で指摘した。きっと、粗相をしでかすようにわざと竜人だと言うことを言わなかったのだろう。ちょっと、底が見えない気がした。更科さんは私を見て、
「その、和人。
後でよくお話しましょうね。」
と、さっきと打って変わってにこやかに聞いてきた。私は、
「分かりました。
でも、薫が亡くなっていなくて本当に良かったです。
その、ここで何が・・・」
と言ったところで、更科さんにジト目で睨まれた。私は、
「何でもありません。」
と答えるしか無かった。真田様や、岡本様が苦笑いしている。更科さんは私に、
「うん・・・。
その、後でちゃんとね。」
と言った。つづけて蒼竜様に向かって、
「お助けいただきありがとうございます。
この御恩は、一生忘れません。」
と言った。蒼竜様は、
「よい。
和人の嫁なら、今後も顔を合わせることになろう。
まぁ、色々と想定外はあったが・・・。
・・・まぁ、想定外ではあったがな。」
と、後半は顔をしかめつつ歯切れも悪かった。蒼竜様が同じことを二度も言ったということは、よほど想定外だったのだろう。私も冷静になって更科さんの行動を考えると、それが異様というか、異常に思えてくる。
うん。
気が付かなかったことにしよう。
岡本様が、
「蒼竜様、この者たちはどのようにしましょうか。」
と聞くと、蒼竜様は、
「強姦罪だとどうなるか?」
と岡本様に聞いた。岡本様は、
「庶民同士なら百叩きがせいぜいですが、お公家様なら何もないかと存じます。」
と答えた。次に蒼竜様は、
「では、不敬罪ならどうなるか?」
と聞いた。岡本様は、
「蒼竜様相手ですので、蟄居かと。」
と答えた。蒼竜様は、
「なるほど。」
と頷いた後、私に向かって、
「では、それで良いか?」
と聞いてきた。私は、
「どのような形でも、今後薫に手が出せないのでしたら依存はございません。」
と返した。すると蒼竜様は、
「相わかった。
そうだな。
筋書きとしてはこうだ。
拙者が部屋に入ると、奴が不敬を犯し公家ではなくなった。
奴が公家でなくなった後に、和人が怒気を放ち、気絶させた。
真田よ、そのように取り計らってもらえぬか。」
と指示をすると、真田様は、
「仰せのままにいたしまする。」
と返した。蒼竜様は、
「うむ。
任せたぞ。」
と言って、私達を伴って城の外に出た。
私は、
「お手間を取らせてしまい、大変申し訳ありませんでした。」
と言うと、蒼竜様は、
「なに、気にするでない。
明日からみっちりシゴイてやるから、覚悟いたせよ?」
と言った。すると更科さんが私に、
「明日から何をするの?」
と聞いてきた。私は、
「田中先輩のはからいで、明日から蒼竜様に体を鍛えてもらうことになったのですよ。」
と言った。すると更科さんは蒼竜様に、
「わがままを言って申し訳ありませんが、私もついていっても宜しいでしょうか?」
と聞いた。すると、
「ふむ。
拙者と人間では食生活が異なるからな。
飯の支度をしてくれるのなら助かる。」
と言った。すると更科さんは困った顔をしたので、私は、
「薫、勿論、私も手伝いますよ。」
と言った。それで蒼竜様は、
「お前たち二人は本当に仲が良いな。
まぁ、良かろう。
しかし、あのようなことがあっても動じぬところといい、奥方も只者ではないのではないか?」
と言った後、鑑定魔法を使ったようだった。蒼竜様は、
「奥方もまだ名付けをしておらぬようだな。
よし、お前もまとめてやってやろう。」
と言った。更科さんが、
「和人、名付けって何?」
とこっそり聞いてきたので、私は、
「神社で職業変更の祈祷をしてもらうことですよ。」
と答えた。そして、
「それにしても、薫もまだだったのですね。」
と聞いた。すると、
「それはね。
祈祷の回数を重ねると、段々とご利益が薄まるって言われててね。
それで、商家やお武家様の娘は祈祷していないことが多いのよ。
嫁いだ先に合わせて祈祷をしてもらったほうが、ご利益があるからいいでしょ?」
と説明してくれた。そして、
「でも、私は和人のお嫁さんに決まったから、もう祈祷してもらうこともないかなって思っていたけどね。」
と付け加えた。岡本様が、
「お前ら揃って、よくしてもらいすぎだぞ?
少しは遠慮というものをいたせよ。」
と言うと、蒼竜様が、
「よいよい。
和人には興味本位だし、奥方もついでゆえ、面倒なことなぞ、何一つもないからな。」
と笑顔で言った。
私は蒼竜様に、
「大変ありがたいことです。
明日から1ヶ月間、修行もよろしくお願いします。」
と言うと、更科さんが、
「和人、荷物が多くなりそうだけどお願いね。」
と言って手を合わせてきた。私は、
「別にいいですよ。
そのくらい出来ないと、修行はもっと大変でしょうし。」
と言って、更科さんの頭をなでたのだった。
桜咲様:蒼竜某がどこの下賤の輩かは知らんが、いきなり無礼であろうが!
更科さん:いい加減、その粗末なのを抜いてください。それと、青竜様に向かって下賤などと、無礼が過ぎますよ。
山上くん:(薫が生きてた!あ、いや、でもこの状況はひどくないか!)
〜大気が震える
更科さん:(あ、これ、気絶してるわね。)
山上くん:(公家相手にやってしまった・・・。)
〜桜咲様が下にいた更科さんに押しのけられて倒れ、今まで更科さんの影になって隠れていた部分が今度は不自然な光の筋で隠れる
蒼竜様:(うおっ!奴の、人間にしては大きくないか?粗末と言っておったが奥方はあれで足りんのか?え?本当か?)
真田様:(今の怒気はいったい・・・。平民が公家に対して放ったゆえ処罰せねばだが、先ずは蒼竜様の出方を待つか。)
更科さん:和人、一応、心臓が止まっていないか確認して?あと、遅い。